10-16 またしても何もしらない私
緊張する。
訂正するだけなのに、ドキドキが止まらない。
好きな人の名前をみんなの前で呼ぶとか、どんな公開処刑だよ……!
こんなことになるなら、あの時ハンスの名前を言えば良かった。
ほんと最悪……。
あれ?
でも、ノアール先生の名前を呼べばいいのか、ハンスの名前を呼べばいいのかどっちなんだ?
だって、ハンスの名前を呼んでしまったら、政治的にやばくないか?
え、どうしよう。
誰か……教えて……!!
広い講堂の中、私は競技代表者席に座りながら左右をきょろきょろと助けを求める。
「良かったですね、アリアーデさん」
「え?」
隣に座っているラファが声を掛けてきた。
「終戦したと聞きましたよ」
は?
いつのまに?
私は右目を閉じて、レイの視界を見た。
メモ用紙がレイの手には握られている。
えーっと、なになに?
"先ほどハンス様から、レガリウス帝国の再建が正式に宣言されました。正統後継者の名乗りを受け、クランツェフトとの軍事的対立は内政問題として整理され、双方は相互不可侵条約を締結。戦争状態は正式に終結いたしました。”
「あはは……そうですねー」
え、ちょっと待って。
この状況で、私がハンスの事好きって言わないといけないの?
ふざけてない? 大丈夫?
私、すごい場違いじゃない?
「こんにちわー! また会いましたね! バレッタですよ! 本日も司会進行務めさせていただきます」
お前は……!!
またしても私は揶揄われてしまうのか!?
「アリアーデさん、大丈夫ですか?」
こそこそと横からラファが話しかけてきた。
冷や汗が止まらない。
私の瞳孔は開ききっていることだろう。
「それじゃあ、競技優勝者の表彰から始めますね! アリアーデ・クランツェフトさん、どうぞ!」
幽霊のように立ち上がった私は、ふらふらと前に出る。
壇上に上がり、学院長から優勝旗をもらう。
「では、アリアーデさん。優勝に際して、一言お願いします」
バレッタから拡声魔具を渡されて、私は固まる。
「あ、あの……わ、私は……」
声が震えて上手く発声出来ない。
「競技で……私が言った好きな人は……ラファニエルさんじゃなくて……」
目が泳ぐ。
泳いだ先にノアール先生がいた。
口元に手を当てて、必死に笑うのを堪えている。
なんだ、このやろう!
私が必死に言おうとしてるのに!!
「そ、そこにいるノアール先生の名前は、偽名です!!」
ノアール先生に指を差して、当事者に仕立て上げる。
「私はそこにいる、ハンス・レガリウスのことが大好きです!!」
ざわめきが会場を埋め尽くす。
学院長なんか、もうおじいちゃんなのに開いた口が塞がってない。
こうなったらやるしかない!
バレッタに優勝旗を押し付けて、宣言する。
「レガリウスは今日再建したらしいですけど、あなたの隣に立つために、私はクランツェフトの皇帝になりますから!」
はぁ、はぁ。
緊張で酸欠になりそうだ。
ハンスはゆっくり立ち上がった。
周りはしんと、静まり返る。
薄く笑みを浮かべて、言った。
「正式に名乗りましょうか。私の名は、ハンス・レガリウス。再建されたレガリウス帝国の正統後継者です」
ハンスは手を胸に当てて、紳士的に名乗った。
ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえてきた。
「――そして、彼女の好きな男です」
その言葉が出た途端、指笛と歓声があがる。
会場が沸いている。
主に男子生徒がうるさい。
なんだろう、ここはラップバトル会場だろうか。
「おおっとー!? これは熱い展開になってきたぞー!?」
バレッタが私から拡声魔具を奪い取って実況を始めた。
「ちょっと待ってください!!」
ラファニエルが突然立ち上がり、待ったをかけた。
え、なんで!?
「僕も、参加します」
さらに会場は興奮状態となった。
「ラファ君!? ま、まさか……君はアリアーデさんのことが好きだったのかぁー!?」
バレッタが動揺している。
「だったら、ノアール先生……ではなく、ハンス陛下! あなたはアリアーデさんのことを愛しているのだろうかー!!?」
みんな答えを知りたいのか、すぐに静かになった。
バレッタ、やればできるじゃないか!!
このままハンスを煽り倒してやろうよ!!
「ええ、もちろんですよ」
そ、即答!?
「な、なんとぉー!! あの女子人気ナンバーワン、ノアール先生がレガリウス皇帝なのも驚きだがぁ! アリアーデさんを愛していたぁーー!! 今のお気持ちは?」
バレッタは拡声魔具をこっちに向けてきた。
こっちに振らないで!!
「や、あの、み、見ないでください!!」
「おおっと!! またしても顔を覆ってしゃがみ込んでいるぞぉー!!」
バレッタちがう!
実況するのは私じゃない!
「これは歴史の転換点かぁー!? それともただの青春かぁー!?」
「ただの青春で終わらせるわけにはいきませんよ、先生!」
ラファが真剣に抗議している。
なんなの? 私帰っていい?
「おや、ラファニエル君。どうすると言うのですか?」
指の隙間から見えるハンスが、心なしか楽しそうなのが腹立つ。
「アリアーデさん。あなたが皇帝になると宣言するなら、僕はユーリスの王として立ちます。その時に、ユーリスとして、あなたに最も価値ある条約を提示します! 先生、勝負を受けてください!」
じょ、条約!?
何それ、どういう勝負なわけ!?
思わず立ち上がってラファを見た。
「その勝負、受けましょう。――リア」
ハンスの一言で、会場がまた静まる。
「あなたに選ばれてみせますよ」
次は女子からの嬌声が上がった。
ハンスの色気に当てられて、人が倒れる音がした。
ハンスがこちらに歩いてきた。
「優勝スピーチは、これで十分でしょう」
私に手を差し出してきた。
「なな、なんということでしょう! ええ。もう誰もあなた達を止める人はいません!! どうぞ、抜け出してください!!」
な、バレッタ!?
仕方なくハンスの手を取ると、ハンスはそのまま私を抱き寄せて、パチンと転移した。
♢
ここは学院の屋上だ。
「楽しかったですねぇ」
柵に腕を乗せて、ハンスは遠くを眺めて無邪気にくすくすと笑っている。
こんなんじゃ、責めるに責めれないよ。
「はぁ。その勝負、私も入れてよね」
よくわからないけど、これは多分一番内容の良い条約選手権だ。
私も何か良い条約を考えないと。
「ククク……これはですね、男と男のケジメの付け方なのですよ」
ラファと、ハンスの?
「え、喧嘩してたの?」
「まさか。あなたの未来の設計図を、どちらがより美しく描けるか。そういう勝負です」
その勝負、参加したい……。
すごく参加したい。
「……ラファ、今頃怒られてるだろうね」
「そうでしょうね。ですが、彼は引きませんよ」
「なんでわかるの?」
「あなたを本気で見ているからです」
そっか……。
ハンスとラファの間に何かあったんだろうな。
どうしてみんな、そんなにまっすぐなんだろう。
まっすぐに、私と向き合ってくれる。
「仕方ないなぁ……今回は私が審判だね。ルールは私が決めるから、覚悟してよね」




