10-14 堕ちる、誤る
朝になった。
泣き腫らした目に手を当てて、治す。
パチンと指を鳴らして制服に着替えて、魔法で髪を結う。
学年対抗戦最終日。
早く、アリアーデに会いたい。
寝室から出ると、リーンが朝食を準備していた。
「リーン、おはよう」
「アリア様、おはようございます! あれ? 一人で髪の毛セット出来たんですか?」
もしや、アリアーデは出来ないのだろうか。
「おかしい……?」
「ちょっと見せてください」
回り込んで確認するリーン。
「えぇっ!? ハーフアップの編み込み!? しかも綺麗に出来ています!」
リーンが驚愕している。
「ふふ……これでレイさんも引退ですね! いつも転移してセットしてもらってて、大変だなって思ってたんですよ」
胸が痛む。
彼女の心の拠り所。
私は、それを壊したことがある。
朝ごはんはトーストと卵とサラダ、そしてスープ。
どれも美味しかった。
「ご馳走様でした。リーン行ってくるね」
知っているつもりだった。
だが実際には何も知らなかった。
私も、彼女も、同じ場所に立っていたと言うのに。
パチン。と指を鳴らして正門に転移した。
「アリアさん、おはようございます!」
ラファニエル・ユーリスだ。
「おはようございます、ラファニエルさん」
「えっ……どうして、ラファと呼んでくれないのですか?」
ああ、嫌だ。
彼女は彼を拒絶していない。
共感している。なぜ、ラファと呼ばないのかと。
「ごめんなさい。昨日の事があったので、誤解されると思いまして……」
「ああ、競技のですね。僕は嬉しかったですよ? むしろ、僕の両親に関係を説明するのに苦労しました」
彼の両親が来ていると言うことは、すでにアリアーデが白い魂の持ち主であることはバレている。
「ご迷惑をお掛けしました」
「えっ? 怒られるどころか褒められてしまって。あの……もしよかったら、今日一緒に周りませんか?」
当初の予定では、アリアーデにラファニエルといるところを目撃させて、私の感情を思い知らせるつもりだった。
だが今は、そんなとこはどうでもよくなっていた。
むしろ、私の感情をこれ以上アリアーデに知られたくはない。
この醜い独占欲は、彼女が知るにはまだ早い。
「私はもう……」
「僕を一人にしないでください……」
ドキッとした。
信じられない。
胸に手を当てて、確かめる。
これはリアの感情ではない。私のものだ。
「……一緒に行きましょう」
私はラファニエルの手を取った。
リア、申し訳ありません。少しだけお借りしますよ。
あなたの手は、最後に私が握りますから。
「ありがとうございます……」
ラファニエルと手を繋いで歩く。
昔の自分を思い返す。
これは、昔の自分を慰める行為だ。
彼女の優しさを借りた、ただの自己満足。
この体にいるせいか、素直に自分の気持ちに従える。
すんすん。
いい匂いがあちらこちらからしている……。
「今日は僕の奢りですよ。この前の分もありますから」
では遠慮なく、いかせてもらおう。
片っ端から目についた屋台の食べ物を買い漁り、ベンチに座って食べる。
素晴らしい。食欲とは、制御できるものなのだろうか?
未知の欲望に導かれるまま、私は心ゆくまで楽しんでしまった。
「ふふ、そんなに嬉しそうにしていただけると、僕も嬉しいですよ」
「ラファ、ありがとう。とっても楽しいよ」
♢♢♢
見てしまった。
ラファに微笑む自分を。
苦しい、痛い、やめてくれ。
私は、この感情をまだ知らなかった。
名前の知らない感情は、私を焼き尽くして拷問のように離さない。
狂気に似た、感情。
だめだ。やめて。もう、耐えられない。
ラファが私の髪についた花弁を払っている。
触らないで。
それ以上私に触れないで。
気付いていないの?
周りの人達は、ラファ達の事を微笑ましく見ている。
だって、昨日の今日であんなに仲良くしていたら、私の告白は成功したようなものじゃないか。
最悪だ。
自分のしたことへの罪悪感と、ハンスの感情が混ざっている。
どうやって、止めればいい……?
この感情を、ハンスはどうやって止めていたの?
転移して準備室の引き出しを漁る。
葉巻だ。
あれがないと、耐えられない。
でも、もうない。
私が辞めてと言ったから、もう、どこにもない。
胸が焼かれるように痛い。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
許して。
軽々しく奪ってなんて言ってごめんなさい。
もう誰にも優しくしないから。
これからはハンスだけを見て、他の誰もいらないから。レイも、ラファも、誰もいらない。私の世界はハンスだけでいい。
だから、だからもうおしまいにして、私の体を返して。
でないと――
ふと、感情が薄れる。
ハンスの体が感情を抑えてくれている。
ああ、ハンスはこの感情から逃げなかったんだ。
この感情を受け入れて、飲み干して、私をただ待ち続けていた。
ハンスの強さは、これなんだ。
怖いよ。怖いけど、逃げてない。
だから、私も逃げちゃだめなんだ。
何かしていないと、落ち着かない。
分身だけじゃ、足りない。
ハンスはいつも余裕そうに見えていた。
見せていた、だけだった。
だったら、私も同じようにしないと。
毅然と、何事もなかったかのように振る舞えないと。
――隣に立ったことにはならないから。
だから、待つよ。
あなたを信じて、ここで待ってるから。
会いに来てね。




