間話 お役立ち執事
チチチチと鳥の鳴く声が聞こえる。
バルコニーから差し込む光が少し眩しい。
「姫様、おはようございます」
「レイ、おはよう」
ネグリジェを着た私は、ベッドサイドへ腰を掛けて、レイから暖かい濡れタオルを受け取り顔を拭く。
爽やかな香りがするのは、きっと柑橘類でタオルを香り付けしているからだろう。
タオルをレイに返してドレッサーの前に座る。
レイは初めてなのに手慣れた様子で私の髪を梳かしていく。
私は鏡に映るレイの片眼鏡の奥にある、金色の魔眼を眺めた。
彼は代々優秀な執事を輩出するクレバンス伯爵家の息子であり、その中でもただ1人だけレガリウスの魔眼を受け継いでいる。
「魔眼の攻略法か……」
昨日思ったのは、魔眼をどうにかしないと私に勝ち目はないってことだ。
「片目を閉じましょうか?」
レイはウインクするように片目を閉じて作業をし始めた。
「そうじゃないんだよねぇ……」
彼が持つ魔眼は、普通の人間には不可視な魔力や魔法の残滓を見ることができる。
なので主戦力が魔法の私は、この魔眼に対して不利を強いられる。
「冗談です。そうですね……金策中なので伝えようか迷ったのですが、もしかすると魔具で対処できるかもしれません」
「魔具か……」
魔具がゲーム作りに使えるかもと思って調べてみた事があったけど、素材確保と加工技術が難しくて諦めたんだった。
「魔眼と似たような効果が出せる魔具があるの?」
「まだ見た事はありませんが、可能性はあるかと」
ふむ。魔具は基本的に少量の魔力で魔法効果を発現できる道具だから可能性はあるかも? ただ、技術者も少なければ金額も高い。
今までレイはこういうことを言ってはくれなかったけど、少しは仲良くなれたってことかな?
「わかった。考えとくね」
私はパチンと指を鳴らして魔法で普段着に着替えた。
すると、驚いたようにレイが私を凝視した。
「着替えはいつもそのようにしているのですか?」
「え? だってもうエレナいないじゃん?」
いつもはエレナが着せ替えてくれていたけどもういないし、この方が早くて楽ちんだからね。
服が汚れた時にエレナに見つからないように編み出した魔法でもある。
それがどうしたんだろ?
「いえ、私としたことが……気づきませんでした」
「便利だよ? レイもやればいいのに」
汚れても破れても元通りだしね。
それからなぜか、いつもよりテンションの低いレイが寝室の扉を開けて、私は執務室のいつもの椅子に座った。
「レイ、今日の新聞お願い」
さすがに昨日の今日で暗殺の件は載ってないだろうけど、念の為確認しておこう。
「どうぞ」
まるで私が新聞を欲しがるだろうとわかっていたような素早さで新聞を渡された。
……レイってどこまで私の欲しい物を予測してるんだろう。
だめだ、好奇心が抑えられない。
「レイ、トランプ」
「どうぞ」
「レイ、爪切り」
「どうぞ」
!?
レイのポケットは異次元に繋がっているのだろうか。
もしかして……。
「レイって、私のパンツ持ってたりする?」
「……何を仰っているのですか?」
だよねー! よかった、持ってなくて!
ニコっと笑った私は、胸を撫で下ろして新聞に目を通す。
大きな見出しのコラムが私の目に飛び込んできた。
"聖女を超えた聖女! 天才美少女アリアちゃん!"
せっかく取り繕った笑顔もまた半開きの目に戻る。
見出しが最悪。このコラム書いた人誰?
下の方にペンネームs.kと書かれた文字を見て、ため息が出た。
サンクタ・クランツェフト。私の姉だ。
「頭が痛い……」
「どうぞ」
間を空けずにレイが渡してきたのは鎮痛剤と水。
なぜか少しイラッとして、私はレイを無視して新聞を読み進める。
大丈夫だった。
特に暗殺の件は載っていなかった。
「今からの予定は?」
「来週から向かう公務先であるアインシュタット領の水上都市アインバーグの重要人物のおさらいと、視察する精霊祭の歴史の勉強がございます」
グェ……。冒険したいとは言ったけど、公務をしたいわけじゃないのに……。
「こちらをどうぞ」
「手紙?」
レイは私のひどい表情を見かねてか、手紙を渡してきた。
誰からだろう?
開けてみたら、手紙にはリーブス・オブロン侯爵の名前が入っていた。
「あなたの母君の好きだった温室でお話しましょう。だって……」
まさかのお茶会へのお誘いだった。
もしかしたら私が産まれた時に亡くなった母の話が聞けるかもしれない。
「勉強が終わりましたら、温室へ参りましょう」
「うん!」
少しやる気が出てきた。
さすがレイ。私のモチベーションすらもコントロールしてしまうとは……。
♢
温室の中に入ると、通路から奥の広間まで全て同じ花で埋め尽くされていた。
「なんで紫陽花……?」
しゃがんで花をまじまじと見てみた。
全て同じ色で咲いている。紫陽花にしては珍しい白色の花弁だ。
「殿下の母君がこの花を愛していたんだよ」
「わ、びっくりした」
いつのまにか後ろに瑠璃紺色の髪で髭の生えたイケメンおじさんがいた。
レイはすっと身を引いてどこかへ行ってしまう。
「こうやって話すのは初めてだね。私はリーブス・オブロン。君のお父さんとは腐れ縁でね。よく小言を言わせてもらってるよ」
「アリアーデ・クランツェフトと申します。お父さまがお世話になっております」
立ち上がってカーテシーをすると、微笑まれた。
「その年で立派だよ。私の息子のドミニクは、君より5歳年上なのにあまり喋らなくてね。恥ずかしいことだが、屋敷から出てこないんだ」
ふむ、引きこもりか……。
「息子さんは何か好きな物はないのですか?」
だいたいの引きこもりは、エサで釣れば出てくるはずだ。エサがなければどうしようもないけど……。
「ふむ……。まぁ、立ち話もなんだ。そこに座って話をしよう」
温室の広間にあるガーデンチェアに腰を下ろすと、お茶の準備をしていたらしいレイがすかさずティーテーブルの上に2人分の紅茶と茶菓子を置いた。
「美味しい。息子の好きな物の話だったか」
ずずっと紅茶をすすったリーブスさんは、遠い目をしながら話し出した。
「息子のドミニクは好奇心旺盛で、小さな頃は君のようにゲームを喜んでやっていたものだ。……もう5年も会っていないから、今は何をしているか……」
ゲーマーで引きこもり?
だとしたら是非お友だちになりたいんだが?
「是非お会いしたいのですが、どちらにいらっしゃるのですか?」
「それは大変ありがたい話だね。ドミニクは今、アインシュタット領のアインバーグの屋敷にいる」
アインシュタット領のアインバーグ?
「たしか、来週から精霊祭が始まるところですよね?」
「ああ。きちんと勉強しているようだね」
「えっ、そ、そんなことは……」
やばい、詳しい事は全然覚えてない。
後ろにいたレイをチラッと見ると、こっそりカンニングペーパーを渡してくれた。
「ええと……リーブスさんの奥さんの甥の人が治めているのがアインシュタット領で、アインバーグにお屋敷があって、精霊祭は年に1回のお祭りで、5年ぶりの開催……」
「ははっ。無理しなくて良い。実は今日君を呼んだのは、息子の様子を見に行ってほしいからなんだ」
ぐぬぬ……地理と人の名前を覚えるのは苦手なの!!
「もちろん、任せてください!」
「ありがとう。歳が近い君の方がきっとドミニクも話しやすいだろうからね」
リーブスさんはそう言って、私に袋を渡してくれた。
「君がお金を稼ぐのに必死になってるって聞いたからね。ほんの気持ちだよ」
「!? ありがとうございます!」
レイに受け取ってもらい、リーブスさんは去っていった。
お金をくれるなんて、なんて良い人なんだ……!
こうなったら意地でも息子さんとお友達になるぞ!!




