ぬるいコーヒーをもう一杯
大学時代に知り合った、仲の良い友人Kという男がいる。
大学1年の時に知り合ったが、仲の良くなったのは2年生の時だったと思う。
いつの間にか一緒に過ごす時間が多くなり、互いの考えや将来の夢を語る間柄となった。
そんな友人Kと話す場所は、たいていどこかの喫茶店だ。
1杯300円のコーヒーを飲み干す間、お互いの考えをぶつけあう。
「将来は途上国で働きたいと思ってる」
と僕が発すれば
「目的は何?どうやって実現するつもりなの?」
とKから鋭い質問が返ってくる。
コーヒーの熱い内に会話が終わることはほとんどなく、たいてい、ぬるいコーヒーの何ともいえない後味を身体に残しながら店を出る。
漠然とした想いだけを持っている僕と、冷静に将来のことを考えているKとは、水と油ほど性格が異なる。
自分の夢や進むべき道がはっきりしているKは、案の定というか順調に誰もが知っている大企業に就職した。
一方の僕は就職活動を途中で辞め、はっきりとした目的のない状態で大学を1年間休学していた。
休学している間も、社会人となったKとは時々会っていた。
着々と社会人として成長しているKと飲むコーヒーは、いつの間にか僕を焦らせる飲み物に変わっていた。
Kと対等の関係でいたいと思った僕は、それから自分でも驚くぐらい真剣に自分と向き合い始め
「貧困に苦しむ人たちの力になる」
という夢を目指して行動するようになった。
そして卒業後、向かった道は『ボランティアで2年間アフリカへ行く』ことだった。
Kにも胸を張って伝えられた、自分で決めた道だ。
そんなある日、あれはアフリカへ行く前日だっただろうか。Kが、突然1通のメッセージを送ってきた。
君は自分にとって大切な存在だったわけです。
君に対しては競争という概念を持ったことがないという点で。
ただ、たくさんの約束をしてきたように思う。
何かを目指してたくさん約束をして、たくさん結果を共有してきた。
そういった約束が明らかに僕らにとって大切だったわけですね。
次に会うのは何年後だろう。
楽しみにしてますよ。
そして、楽しみにしてなさいよ。
僕を甘く見るんじゃない!
まずは4年目には会社で突き抜けてみせる!
お前も突き抜けてこい!
お互い突き抜けまくったら、またコーヒーでも飲んで話をしよう
普段冷静なKから送られてきた気持ちのこもったメッセージは、アフリカへ行く僕の不安を払拭してくれた。
それまで意識していなかったが、Kと喫茶店で語り合ったことの中にはたくさんの約束が存在した。
『簿記2級の取得』『◯◯企業からの内定』といった真面目なものもあれば『◯◯ちゃんに告白』といった他愛もない約束もあった。
叶わなかったこともあったが、Kと山のように交わしてきた小さな約束たちが僕を前へと進ませ、今の自分がある。
そんなことを感じさせてくれた、Kからの温かいメッセージだった。
ーーそれから5年が経った。
現在、僕はアフリカで会社を設立し、自分の夢への道を歩み始めた。
正直言って、アフリカでの生活は楽ではない。
信じていた現地人に騙されたり、路上でいきなり首を絞められ金品を強奪されたりと、常に神経を張って生きる毎日だ。
「ちょっとつらいな……もうやめようかな」
恥ずかしながら、そう思った瞬間は何度もあった。
それでもここまでやってこれたのは、Kの存在があったからだろう。
自分が挫けそうになっているこの瞬間、Kはどうしているだろう?と想像してみる。
すると、不思議と決まって100%、努力して前へ進んでいるKの姿が目に浮かんだ。
「諦めるのはまだ早いかな」
そうしてまた気持ちが切り替えられる。
Kは、近くにいなくても、直接言葉を交わさなくても僕を叱咤激励してくれる、特別な存在といえるだろう。
Kとは日本に戻る際、必ず連絡を取り合うようにしている。
今では年に1度会えればいいほうだが、会うと決まって喫茶店に行き、そこで何時間も語り明かす。
喫茶店のグレードは大学時代と変わらず、1杯300円。そこでコーヒーがぬるくなるまで話す。
ぬるいコーヒーを飲み切る頃には、また新しくいくつかの約束が交わされている。
「次に来た時は、俺の娘に会ってよ」
「うん、その時は僕の息子も連れて行くよ」
そんな小さな約束たちを胸に、僕は再びアフリカへ向かう。