第六章 ただ失くしただけじゃなくて
【第六章 ただ失くしただけじゃなくて】
ハーメルンとスクールの話は一気に学校中に広まった。刺激を求めている高校生にとっては恰好の話の種になったのだろう。殴り合う訳でも無く、罵り合う訳でも無い。けれどハーメルンとスクールは確実に喧嘩をしている。
ハーメルンのトップページに書き込んだ事については、スクールの方からねつ造でありハーメルンの陰口の一環というような声明が出された。その事に関しても、高校内で賛否両論に分かれている。俺達が揉めている中で、裏サイトだけは少し浮いた存在になっていて、どこか中立のような雰囲気すらあった。
ホームルームで五時間目に全校集会が開かれるという連絡があった。どうせ下らない事を延々と話すだけだろう。A4用紙一枚あれば伝えられる内容を、わざわざ全校生徒を集めて話す。世界には意味の無いものが多いが、もし意味の無いもののランキングを作ったとしたら、高校の集会は男の乳首と並んで上位に食い込むだろう。
昼休みが終わり、体育館で自分のクラスの列に辰巳と並んで腰を下ろす。暫くしてから全校生徒が集まり、集会は始まった。
「今日の集会の目的は、君達の中に心ない生徒がいるということと関係している――」
学年主任が長い話を始めた。裏サイトでの陰口を無くす。それがこの集会の目的らしい。何か知っている生徒がいたら名乗り出るようにと括られた話に、改めて意味の無さを感じる。
学年主任がステージを降りると、今度は一組の級長である村田伸吾がステージに上がった。前の集会で「いじめをしない、させない、見逃さない」と真顔で語っていたあいつだ。おそらく高校のスクールの管理人もあいつだろう。
「今、この学校には裏サイトとハーメルンという二つの悪があります。陰でこそこそと活動しないで、言いたい事があれば、はっきりと口にすればいいのに、それも出来ないでいる」
村田伸吾が言う。ハーメルンが悪になるのならば、ネット上のサイトや掲示板の全てが悪になる。
「現に私達の運営する高校のスクールに寄せられた声の中には、裏サイトとハーメルンが結託して高校の悪い噂を作っていたという話もあります。ここで裏サイトに書かれている内容を少しだけ紹介します」
村田伸吾は個人名を伏せながら裏サイトの書き込みを読み上げる。これは嘘じゃないだろう。俺の知っている噂もいくつか上げられた。
「また私達の呼び掛けにより、ハーメルンの方では連絡窓口を封鎖しました。これはハーメルンが裏サイトに情報を流していたという何よりもの証拠ではありませんか? 後ろめたい気持ちが無ければ、対策を取る必要はありません」
村田伸吾は俺達が相談窓口を閉じたことを引き合いに出す。どこか誇らしげなのが気に障る。後ろめたい気持ちは無くても、冤罪の恐れがあれば対策を取る必要が出てくる。
「現段階では、我が校の生徒に対してブログやサイトを作る時には、スクール上のページを利用してもらうように呼びかけをしています。これはみなさんと共に、ネット上での誹謗中傷を無くしていこうという試みです。やはりハーメルンは非協力的であり、そのせいで我が校のいじめを無くすことが困難です。こんな現状を見過ごしていいのでしょうか。みなさんの良心に問います。もしも何か知っていることや、聞いたことがある話があれば話を聞かせて下さい。先生方にも言いにくいのであれば、私達生徒会に来て下さい」
村田伸吾が一礼をしてからステージを降りた。少し上気した表情から、いかにも正義に酔っているという感じが出ている。
「なぁ悠也」
辰巳が声をかけてくる。
「何?」
「あいつ、気持ち悪いな」
辰巳はステージを降りて自分のクラスを目指している村田伸吾を指さす。
「今更知ったのかよ。俺はお前が早退した日、学年集会の時点で気付いたよ」
村田信吾を説明する中で「いじめをしない、させない、見逃さない」のスローガンを引き合いに出すと、辰巳は大きな声で笑って生徒からも教師からも注目を浴びた。
それから生活指導や校長の話が続き、最後に見覚えのある女子生徒がステージに立った。確か社会科見学に行く少し前、いじめが起きている班の問題を俺達が解決した時に、その班員だった子だ。
「私はネットいじめの加害者と被害者を知っています。確かに事の発端は本人達にありますが、それが大きな問題になった原因はハーメルンと裏サイトにあります。いじめについてハーメルンに相談したことにより、ハーメルンが裏サイトに書き込みをして、それを見た友人達はお互いにいじめを続けなければならないという空気になりました。結果として、今では問題は解決されましたが、ハーメルンと裏サイトが無ければ、より早く問題は解決出来たと思っています。どうかこれ以上私達のような犠牲者を出さないで下さい」
ある選択は思いもよらないタイミングで裏目に出ることがある。それが今だ。いじめを解決するために悪者になるという手段を選んだのが俺である以上、これは全て俺のミスだろう。村田伸吾のような生徒会側の人間ではなく、一生徒の言葉であるから他の同級生にとっても問題を身近に感じ、ハーメルンの人気は落ちることになりそうだ。辰巳と顔を見合わせる。
「恩を仇で返しやがって」
「あの一件は当事者以外、恩だと思ってないからさ。仇も何も無いよ。あるのはただの勘違いだけ」
けれどこの場合は、ただの勘違いにハーメルンの立場を追いやられそうになっているから困る。次の作戦が思い付かないまま、集会は終わった。
六時間目のロングホームルームが始まる。課題は社会科見学の感想を班毎にまとめることだ。四人で集まり机を囲む。
ルーズリーフに出来事を書き出す。祭がそばにいる以上、落ち込んだ顔は見せられない。事務的に班長の役割を果たしていく。
「あの焼肉美味かったよな」
話を振っても誰からもテンションの高い返事は来ない。辰巳と春菜の顔に浮かんでいる落胆の色はそう簡単には拭えないようだ。空気を読めるのか、空気に染まりやすいのか、祭まで落ち込んでいるように見える。
「二人とも元気無さそうだけど、何かあったの?」
祭が心配そうに言うが、その声も普段と違って重い。
「何も無いよ」
辰巳が返事をするが覇気が無い。春菜の返事もそう変わりの無いものだった。
感想文やレポートなんてものは要領さえ良ければ、それほど時間はかからない。ロングホームルームが始まってから三十分ほどで仕上げて、佐藤先生に提出する。
「ずいぶん大事になったな」
佐藤先生はレポート用紙を受け取りながら言う。
「裏サイトとハーメルンですか?」
佐藤先生は頷く。
「もう俺達教師の手に余る問題なんだよ。実際に携帯電話を使いこなせてる先生なんていないからな。それで生徒会に任せてみたら、なんか凄いやる気でな。それが悪い訳ではないんだけど、心配はあるよ」
会話が終わり、三人の場所へと戻る。提出が終わったと報告してから、話を振るが誰も反応してくれない。もちろん軽い相槌は打ってくれるが、それ以上に話が続くことは無かった。
状況は悪化の一方を辿った。集会を皮切りにハーメルンに対して批判的な意見が多くなり、逆にスクールの方を支持する生徒が増えていった。
シャワーを浴びても、さっぱりしたのは体だけで、心までは晴れない。部屋のベッドの上で、裏サイトへとアクセスする。
裏サイトの書き込みを見ても、ハーメルンを許さないというような被害妄想が多いが、ここまで増えてしまうと、ただの被害妄想とは笑えなくなる。
やっぱ正義が好きなんだろう。自分が正しいと思えることをする。それで自分を信じられる。そのことを証明するように、語り継がれる物語では正義は必ず勝つ。悪のレッテルを張られたら、ただ負けるのを待つだけだ。自分を納得させるように考えを巡らせる。
そんなのは絶対に嫌だ。ハーメルンを作った頃の考えが頭をよぎる。俺達にとっての勝ちとは何か。裏サイトを潰すことが目標だった。それも完全に俺の私情で、ただ祭を守るためだけに、ハーメルンは作られた。だから俺が負けるというのは、祭のことを守れなくなる事に繋がる。
自分の中で一つの結論が導き出される。ハーメルンの終わりは近い。だから当初の目的だった裏サイトを潰すこと、それをたった一つの目的とするべきだ。
幸いなことにスクールがここまで大々的に俺達を敵視してくれたおかげで、ハーメルンのアクセス数が減ることは無く、逆に増えつつもある。またハーメルンに対して否定的な奴は、スクールに煽られた奴だろう。そう考えると俺達でも煽りやすいはずだ。
明日、春菜と辰巳を呼び出そう。ハーメルンに出来ることはたった一つしかない。俺達の敵は、スクールでは無く裏サイト、それを潰すための作戦会議をしよう。
春菜と辰巳は呼び出しに応じてくれて、放課後の喫茶「アカシア」に三人が揃う。こうして煙草の煙を揺らしていると、ハーメルンが作られた日を思い出す。
「あの日、ここで作ったんだよな」
辰巳が遠い目をして言う。
「うん。思ってた以上に大きいサイトになったよね」
春菜が言って、思い出話が始まる。昔の記事を見て、来た相談や、解決したいじめの問題と、話は盛り上がる。
「まだ思い出にするのは早いだろ?」
頃合いを見て話を変える。まだやるべきことが俺達には残っている。それを伝えるために口を開く。
「確かに今の状況を考えると俺達は劣勢だけどさ。でも諦めるには早いだろ? そもそも俺達は間違えてたんだよ。スクールを潰すとか、そんな風になったけどさ。もともとの目的は裏サイトを潰すことだろ? 今からでも遅くない、逆に言えば今じゃなきゃ間に合わなくなる。潰そうぜ。裏サイトを――」
思い付く限りの言葉で、二人に発破をかける。二人の表情は少しずつだが確実に、ハーメルンを起こした頃のそれに変わっていく。あと一押しだろう。
「思い出してくれよ。あの頃、俺達がしようとした事が何だったのか。半分以上は辰巳の思いつきで作ったサイトだけど、でも今は高校を代表するサイトになってる。俺達にまだ影響力があるからスクールは潰しにかかってきてるんだろ? そんなの相手にする必要は無い。とにかく今は裏サイトを潰しにいこう。後はなるようになる」
一気に言い終えて息をつく。二人を見れば、もうこれ以上の言葉は必要無さそうだ。
「そうだね。スクールなんて別に気にしなければ良かった」
「悠也の言う通りだな」
裏サイトを潰しにいくという方向に話は動く。ハーメルンの持つものは、一日辺り全校生徒の半数以上のアクセスと、辰巳と春菜が書いてきた記事のファンだ。
今後の方針を考える。裏サイトを潰すために、今までのような人気の奪い合いは必要無い。裏サイトの管理人を見つけ出して、直接話を付ける。それ以外の方法は無い。
「とりあえずスクールとの潰し合いはやめて、トップページに裏サイトの情報を募る広告を出す。あと俺達への連絡窓口をもう一回開く」
「他に何かすることはあるか?」
「そうだな。裏サイトの管理人の噂を集めて欲しい。それで目星が付いたら次の作戦に出る」
一気にイメージが出来上がる。これはきっと俺達の最後の戦いになるだろう。ありったけの情報を集めて、それを武器に戦う。ハーメルンが出せる全ての力を出し切ると決めた。
ハーメルンが標的をスクールから裏サイトに変えたことは得策だった。スクールを見ればハーメルンがスクールに負けたような形になっているが、それを鵜呑みにするほど高校生という生き物は単純じゃない。裏サイトの書き込みや、高校内の噂を聞く限り、ハーメルンがスクールの相手をするのをやめたという見解が大多数のようだ。
ハーメルンの窓口を開けられることを待ち望んでいる生徒は思いの外多かったようで、裏サイトの情報の他にも、真面目、不真面目問わずに多くの相談も来た。それらに対して辰巳と春菜が素早く回答を載せていたことも、ハーメルンの好感度の上昇に繋がったようだ。前に信用が回復されてから窓口を開けると書いたが、窓口を開いてから信用が回復されていくという不思議な現象が起きている。
俺達は三人で昼休みの非常階段に集まって情報を整理し合う。
「ずいぶん情報入ったよね」
春菜が言う。
「そうだな。ハーメルンは以外と慕われてたみたいだな」
上機嫌に辰巳が続く。
高校内でハーメルンの人気は高かったようだ。スクールとの一件で、俺達の人気は地に落ちたと思っていたが、そもそもハーメルンの人気があることと、ハーメルンの味方がいることは意味が違う。ハーメルンを肯定する記事が書かれなかっただけで、内心ではハーメルンが気に入っていた生徒はいくらでもいたようだ。
「お互いに気付いたことを出し合おう」
言いながらルーズリーフを取り出した。三人で意見を出し合い、それを俺が書き留めていく。
「来たメールを見る限り、裏サイトが出来たのって去年だよね? それでサイトが管理されてることを考えると、今の二年三年が怪しくない?」
春菜の言うことは間違い無いだろう。卒業をしてまで裏サイトを管理するような酔狂な奴はいないはずだ。裏サイトの管理人は二年と三年に絞って考えてもいいだろう。
「多分、管理人は今二年の女だと思う」
辰巳が言うが、その真偽は定かじゃない。
「直感?」
「まさか。さすがにそこまで適当じゃねぇよ。昔の書き込みを見ると女ばっかりなんだよ。ただでさえ奥手な奴が多い高校だろ? それに裏サイトが作られた頃の書き込みを見ると、その頃に一年だった奴らの陰口が多い。なら広めるためにチェーンメールを撒いた奴も今二年の女かなと思ってさ」
裏サイトの管理人が二年の女だというのは有力な線だろう。それに俺の高校は一応進学校だ。三年は今、受験シーズンの真っ直中だ。わざわざ問題を起こしながら裏サイトを管理するメリットは無い。
「なるほど。なら一年の時の名簿から、陰口を書き込まれてる奴と、その周囲の奴を探して、消去方で考えるかな」
「うん。良いと思う。ちょっとだけ話変わるけど、私達の調査の進展をハーメルンのページとして作ったらどうかな? もちろん個人名は伏せてさ。見た人は自分の意見が反映されるから協力的になってくれると思うし、裏サイトの管理人にもプレッシャーを与えられると思う」
良い発想だ。これで裏サイトの管理人が危機感を覚えて裏サイトが無くなるなら、それで構わない。
俺達が一年だった頃の名簿を用意して次の作戦会議を迎える。スクールは俺達を意識するように裏サイトの情報を探しているようだがあまり進展が見られない。記事にもハーメルンの裏サイトの調査報告を引用したものが書かれている。
「裏サイトの調査報告、評判良いね」
春菜が言う。このページを作ってから、情報提供だけでなく、応援のメールも入るようになった。
「でもなんでここまでスクールと差が付いたんだろうな」
辰巳が口にする。
「もしスクールに協力して裏サイトを無くしたところで、スクールと生徒会の功績になるからだろ? ハーメルンは管理人もわからないし、名前を出さないから、あくまでハーメルンの功績になるんだよ。そこじゃないか?」
ここにきて名前を出さないことが強みになった。ハーメルンが象徴である意義が最大限に生きている。
「始めようか」
一年の事の名簿を出して、裏サイトの陰口と照らし合わせていく。裏サイトの発足当初の書き込みを見る限り、それほどの数はいらないようだ。名前が伏せられている中で、数少ないヒントを頼りに陰口を言われていた生徒を探す。
結果として二人の名前が上がる。そこに祭の名前があったことが意外だった。一年前にいじめを受けていたようだ。
「祭ちゃんも苦労してたんだな」
辰巳が呟く。書き込みを見る限りでは、被害に遭っていたのは二人で、陰口を言っていた側も三人だ。当事者であるこの五人が揃って一年三組であったことは、偶然では無いだろう。
「一年三組だった奴って周りにいる?」
二人に向かって聞く。
「俺、三組だったって言わなかったっけ?」
辰巳が言う。これで条件は揃った。
「この書き込み入れてる奴に心当たり無い?」
辰巳は唸りながら頭を抱えている。
「あんまりいじめが目立ってなかったんだよ。でも女の子が三人で仲良さそうだったのは、確かこの子と――」
辰巳は名簿を指さす。その指が名前に当てられゆっくりと下がる。坂井由香里、清水渚、鈴村佐里、出席番号順に三人。一年の頃、出席番号の前後は友人が出来やすかった覚えがある。坂井由香里と清水渚という名前は覚えがあった。前にハーメルンでいじめの問題を解決した時に、いじめられていた女の子だ。去年のいじめる側が今年はいじめられる側になったという訳だ。罰が当たるということはあるらしい。とりあえず三人の名前をルーズリーフにまとめた。
「流れとしては、この三人の誰かが陰口を言うために裏サイトを作ったんだろうな。その後で裏サイトは広がった。辰巳ってこの三人のリーダーって言えばいいのかな。一番目立ってたのって誰かわかる?」
頭の中で簡単なイメージが出来上がるが、その三人の内の一人を特定出来ない。辰巳は考え込んでいる。
「でも私達みたいに三人でサイトを作ったのかもしれないよ」
返事は辰巳からではなく春菜からきた。そこで気付く。俺は裏サイトの管理人が一人という前提で考えてしまっていたが、その確証なんて無い。むしろサイトを作って三人で管理をしていたという方が自然だ。
「この三人って連絡出来る?」
辰巳の携帯電話には同級生のアドレスが百人入っている。三人全員というのは都合が良すぎる。けれど一人ぐらいは連絡が付くだろう。
「鈴村佐里なら連絡取れる。後の二人はアドレス知らないけど、時間貰えればなんとかするぜ」
予想した一番少ない数だが問題は無い。
「いや。一人いれば十分だ。そこの三人が裏サイトの関係者なら、まだ繋がってるはずだろ」
「もう作戦はあるんだな」
そんなことは当たり前だ。ここまで条件が揃って、作戦の一つも立てられないようじゃハーメルンの参謀は務まらない。
「もちろん。まず新しいサブアドを作って、そこから鈴村佐里にメールを送る。もちろんハーメルンの名前は伏せてな。内容は、興味本位で裏サイトの管理人を探してみたから正解か不正解か教えてくれって感じでいい」
「もし彼女が裏サイトの管理人なら嘘つかない?」
「返事なんてどうでもいいんだよ。俺達は三人もいるんだからさ。一人がメールを送って、二人がメールを開いた時の反応を見る。そこでどの程度動揺するか見て、判断すればいいよ」
昼休みの終わりまではまで時間がある。善は急げだ。俺がメールの送信を担当して、春菜と辰巳の二人が鈴村佐里のクラスへ向かうことになった。
教室へ戻ると、辰巳から準備が出来た合図の着信が入る。すぐに用意しておいたメールを送った。
その後、二人が教室に戻ってきた。すぐに二人から報告を聞く。
「動揺って言う程では無い気がしたな。春菜ちゃんはどう思う?」
「私も一緒。変なメールが来て驚いたって以上の反応では無かったと思う」
思っていた程の収穫は無い。結果として返信が来たら俺が揺さぶりをかけてみるという話に落ち着いた。
午後の授業中も返信を待ったが来ることは無かった。ハーメルンの名前を伏せて動いた以上、裏サイトの調査報告に今日の内容を書くことは出来ない。そのため裏サイトの昔の書き込みを辿り、発足当時のメンバーの目星が付いたというような内容を論理的に書いた。
部屋の窓から身を乗り出して煙草を吸う。風は仄かに暖かく、月が大きい。灰皿代わりにしている蓋付きの缶コーヒーの中に、吸い殻を捨てて、窓を閉める。裏サイトの管理人を見つけるために出来ることを考えていると、携帯電話が鳴った。
――土曜日って空いてる?
祭からのメールだった。予定の確認もしないで、空いていると即答する。祭からの誘い以上に優先すべき事は無い。無理矢理にでも空ければいい。それから何通かのやりとりをして、待ち合わせの時間と場所が決まった。
約束の土曜日、駅前で道行く人を眺めながら祭が来るのを待つ。待ち合わせというものが、こんなに緊張するとは思ってもみなかった。初めて二人になった日は偶然の出会いで、放課後に流れで祭を誘った時は高校からそのまま出掛けた。だから改めて二人で待ち合わせをするのは初めての経験だ。
電車の来る音が聞こえる。すぐに改札から人が出てきて、その中に祭の姿を見つける。相変わらず空気が違う。青い花が咲き乱れる中に一輪だけ白い花があるような、本人の主張が強いわけでは無いが何故か目立ってしまう。遠目に眺めていると、祭と目が合う。
「ごめん。待たせちゃった?」
俺に駆け寄って来て、胸の前で手を合わせる。祭の振る舞いは、良く出来た映画のワンカットのようだ。
「俺も今着いたところだよ」
こんなことを言いながら、本当は三十分前に来てコーヒーを一杯飲んでから、頃合いを見て改札の前に出た。これは絶対に遅刻しないようにと念には念を入れての行動だ。
祭の服装は社会科見学の時とは印象が違う。編み上げられたサンダルと白いワンピース、ただそれだけのコーディネイトが祭の魅力を最大限に引き出している。
「行く?」
祭の言葉に頷いて、二人で駅を離れる。昼前だったが店が込み合う食事時をずらして昼を食べることになり、近くにあったカフェに入った。
店内の雰囲気が若い。そう感じるのは喫茶「アカシア」に入り浸っているからだろうか。デザインの良いテーブルやイス、必要性の感じないランプ類、レジ前で注文して商品を受け取るというスタイルも最近の流行だ。この空間はあまり落ち着かない。この店に唯一の美点があるとすれば、それは喫煙席があるということだ。ここのところ禁煙のカフェが増えている。
お互いにランチセットを注文して、喫煙席に座る。マグカップと日替わりのベーグルが乗ったトレイが二つテーブルの上に並ぶ。
ベーグルにかぶりつく。固めのパンが噛みちぎりにくい。祭は紙ナプキンでベーグルを持って、上品にその小さな口に運んでいる。違う世界の生き物を見ているようだ。気品があって、美しくて、可愛らしい。その昔、王族の女性が姫様と呼ばれていた頃、兵士達はこんな気持ちで姫を見ていたのだろう。
食事を終えて、コーヒーを飲みながら、この後の予定を立てる。空は雲に覆われているが日はまだ高い。少し早めだが昼食も終わっているため、常識の範囲内なら、どこへでも行けるだろう。
潮風が頬を撫でる。さっきの話で水族館へ行こうということになり、すぐ電車に乗って、一番近い水族館に向かった。
歩くだけで汗ばむ。もう海に入れそうだが、海開きまではまだ一週間程ある。
「気持ち良いね」
祭が大きく体を伸ばすと、偶然空に太陽が出る。まるで祭は世界に喜ばれているようだ。強い風が祭のワンピースの裾を揺らして、歩いているだけなのに踊っているように見える。不思議なことに祭の足元に出来ている影までもが、一つの芸術品のように感じた。
夏の海といえば水着という方程式には当てはまらなかった。不満がある訳では無いが、見られることなら祭の水着姿を見てみたい。
海沿いにある水族館へと向かう。砂浜には建設途中の海の家があり、海には海開きまで自分達の場所だと主張するかのようにサーファーが浮いている。
学生のチケットを二枚買って水族館に入る。薄暗い館内には独特の臭いが漂っている。
指定の順路をゆっくりと歩く。あまり他の客の姿は無い。水槽の一つ一つは、どこかの海を切り取ってきたかのように見える。
「おでこにょーんがいる」
訳のわからないことを口にして、祭が水槽の前で立ち止まる。その水槽を眺めてみると、祭の言いたいことがわかった。額が延びて出っ張っている変な魚がいる。なんだか誰かに似ている気がする。
生物が環境に適応して進化するのならば、どんな環境で生きればこんな魚になるのだろうか。水槽の脇にあるパネルを見ると、正式名称がわかった。
「あいつナポレオンフィッシュって言うんだって」
フランス革命の英雄は海洋学者から嫌われていたのだろう。あの魚に名前を入れるなんて、ほとんど嫌がらせだ。現にこうして、自分の名前と功績と共に、魚の名前までも語り継がれている。
「なんか佐藤先生に似てない?」
祭が声を潜めて言うと、点と点が繋がって線になる。誰かに似ていると思ったのは佐藤先生だ。
「かなり似てる」
そっくりだった。きっと佐藤先生の前世はナポレオンフィッシュなのだろう。
どちらともなく歩きだして、また順路を追っていく。時折立ち止まって水槽を眺める祭のペースに合わせながら進む。少しずつ会話が減っていく。普通のカップルと比べて今の俺達が交わしている言葉は少ないだろう。お互いにぽつりぽつりと言葉を口にはするが、会話と言うより独り言を共有するような感覚だった。
期間展示であるクラゲのコーナーで時間を調整して、イルカショーを見て、土産物屋に寄ってから、水族館を出た。特に誰かに土産を買うということはしなかった。
外に出ると潮の香りが漂ってくる。太陽は低くなり、まばらな雲が空を包んでいる。自動販売機で飲み物を買ってから海の方へと向かう。砂浜に続いていく階段に腰を下ろして、煙草に火を点けた。
「知ってる? イルカって人間みたいな生き物なんだよ」
祭の言葉に頷く。イルカは知性が高いと聞いたことはある。だからこそ調教により、音楽に合わせてのジャンプや、自然界では絶対に必要無いであろう愉快な動きまで出来る。
「イルカは群れの中でいじめがあるの」
祭はそれから黙り込んだ。何か言わなければいけないと思い、イルカとクジラの違いは大きさだけという事を説明してみるが、祭は相槌を打っただけだった。
水族館の中ではそれほど気にならなかったが、間が持たずに缶コーヒーを開ける。祭も同じように缶のミルクティーを開けようとするが、力が無いようで開かない。
「貸して」
祭のミルクティーを開けてから渡す。
「ありがとう」
祭は受け取り、それを一口飲んだ。俺は二本目の煙草に火を点ける。
「話したいことがあるんだ」
沈黙を破るように祭は口を開く。その表情には決意のようなものが見える。返事の代わりに目を合わせて頷くと、祭は深呼吸をしてからゆっくり話し始めた。
「最近、高校でさ。裏サイトとかハーメルンとか話題になってるよね。それで、裏サイトの方の管理人――私なんだ」
急な告白に衝撃を受けて、何も言えなくなる。
「引いたよね?」
祭は寂しそうに俯く。
「そんなことないよ。驚いただけ」
なんとか言葉を口に出した。もう訳がわからなくなっている。祭の陰口が書き込まれていた裏サイトを潰すためにハーメルンを作った。けれど裏サイトは祭が作ったもので、それを潰すことは祭にとっては不都合なはずだ。今までの自分の行動を否定も肯定も出来ずにいると、祭は話を続ける。
「私ね。一年生の時にちょっと敵作っちゃってさ。陰口とかひどかったんだ。辛くて学校行かなくなるぐらい。一週間だけ登校拒否したんだよ」
裏サイトの管理人を探していた時に、裏サイトの昔の書き込みを見て、そこに祭の陰口が書かれていた。けれど登校拒否したというのは初耳だった。
「それでね。その時に高校の裏サイトを作ったの。そうすれば陰口の内容が私にも見えるでしょ? 自分が何を言われてるのかわかれば、自分の悪いところがわかるから。自分の悪いところを直せる。その方が陰で何を言われてるかわからないよりは良いと思えたの」
悲し過ぎる話は繋がっていく。一年の頃の祭は諦めなかっただけだ。環境を恨まずに、その環境を変えようと足掻いた。その結果として突きつけられているのが、高校の敵という今の立場だ。
「悠也君がどのぐらい裏サイトについて知ってるかわからないけど、かなりひどい書き込みも多いんだ。前の全校集会でも言ってたけど、裏サイトは大きくなり過ぎちゃってさ。そのせいで傷ついてる子がたくさんいると思うの。こんなつもりじゃなかったのに」
こんなつもりじゃなかった。よく安っぽい推理小説の犯人が言う台詞だ。けれど祭の口から出た同じ台詞は、あまりにも重い。
「ハーメルンってサイトの方でね。今、裏サイトの管理人を探してるみたいなんだ。書いてあった記事を見る限り、私だってわかるのは時間の問題だと思う。私、どうすればいいかわからないよ」
俺達は知らず知らずの内に祭の事を追いつめていたらしい。やってきたことが全て裏目に出てしまった。本当は祭を守るはずだった。そのために裏サイトを潰す予定だった。お互いに口を開かずに、間の抜けたトンビの鳴き声と、波の音だけが聞こえている。
「もういいだろ? 裏サイト潰しちゃえよ」
考えた末に出た俺の結論だ。今ならまだ間に合うだろう。ハーメルンが掴んでいた情報は、裏サイト関係について言えば最先端だ。まだスクールや他の生徒にはわかっていない部分を考えると、このタイミングで裏サイトが無くなれば、祭の名前が表に出ることは無いだろう。
「でも怖いの。また私の陰口を言われたら、今度は何もわからないままで言われ続ける」
祭の目尻に涙が滲んでいる。隣で震える弱々しい肩を抱き寄せたい衝動に駆られるが、それは祭のためでは無く、俺のための行動になるような気がした。
「今は昔とは違うだろ? 祭は一人じゃない。俺も辰巳も春菜もいる。三人全員、祭の味方だから」
衝動は行動に移せず通り過ぎた。祭は頷きながら、ハンカチで涙を拭っている。
「でも――たまに。本当にたまになんだけど、四人でいると孤独な気分になることがあるの。私の事をシカトしたりしないのはわかってるし、みんなが優しいのはわかってるんだけどね」
おそらくハーメルンが原因だ。少なくとも俺は辰巳と春菜に対して強い仲間意識がある。それは二人にしても同じことだろう。祭を含めた四人でいるときは、そういうものを感じさせないように振る舞っていたつもりだった。けれど感受性の強い祭だからこそ、感じ取ってしまったものがあるのだろう。
「今日と同じ事、二人に言えるか?」
酷な話だというのはわかっている。だけど辰巳と春菜に限っては、この話を聞いた後で祭の扱いを変えるということは無いだろう。二人の承諾を取れなければ、ハーメルンの事を話す訳にはいかない。
祭は頷いてから携帯電話を取り出した。
「出来れば電話じゃなくて、直接会った方が良いと思うよ」
「違うよ。裏サイトを消すの。一人になったらまた迷いそうだから、悠也君と一緒にいるときにやっておこうと思って」
祭は携帯電話に目を落とした。裏サイトを消しているのだろう。手持ちぶさたになり、煙草に火を点ける。ハーメルンはこれからどうなるのだろうか。裏サイトを潰すという目的は達成された。また俺の目的である祭を守るという部分についても、俺達がいる限りハーメルンが関与する必要は無いだろう。不謹慎ながらも寂しいという気持ちがある。裏サイトを潰す過程を俺は楽しんでいたのだろう。またハーメルンには愛着もある。けれどもう終わった話だ。
「ちゃんと消せたよ」
祭が顔を上げる。裏サイトは完全に消えた。
「頑張ったな」
ここは頭を撫でるタイミングだと思ったが勇気が出ない。すると祭の笑顔に打算的な考えは吹き飛ばされた。それから祭は自分の鞄から何かを取り出す。
「遅くなってごめんね」
渡された物はディズニーシーで買ったペアのストラップだった。さっき祭の携帯電話にも付いていたのを思い出す。
「ありがとう。忘れられたと思ってたよ」
皮肉にならないように注意をして冗談っぽく言う。
「忘れる訳無いよ。本当はね。高校で忘れたって言った日も持ってきてたんだ。なんか渡したら約束が無くなっちゃう気がして」
可愛いことを言う祭を横目に、自分の携帯電話に渡されたストラップを付ける。揺れるディズニーのキャラクターを見ていると、祭が自分の携帯電話を近づけてストラップ同士が重なる。
「カップルみたいだね」
祭は言う。月並みな台詞に照れてしまう。やっぱりポーカーフェイスは苦手だ。自分でもわかる程に顔が熱くなっている。けれど幸いなことに夕日が空と世界を染めて、顔の赤さもその一部になっているだろう。
それから俺達は海沿いのレストランで夕食を食べてから帰りの電車に乗った。地元の駅で先に電車を降りて、手を振って祭を見送る。名残惜しいが仕方が無い。祭を乗せた電車を見送って、完全に電車が見えなくなってから駅を出た。
薄暗い帰り道、辰巳と春菜にメールを送る。祭の名前は出さずに裏サイトが無くなった事を書いてから明日の用事を聞く。祭は空いているという話だったから、辰巳と春菜を呼び出せれば事は終わる。
今日の出来事を思い出しながら歩く。デートだったのだろうか。同い年の男女が二人で水族館へ行く。世間的には確実にデートだ。けれど祭がどう思っているのかわからない。
自宅に着くとすぐに携帯電話に返信が入る。春菜は明日空いているらしい。辰巳の返事が来たら連絡すると返事をした。春菜とメールのやりとりを何通かして、夜十時を過ぎてから辰巳の返信が来る。今日はバイトだったらしい。明日は五時までシフトに入っているということで、待ち合わせは六時、喫茶「アカシア」を指定した。三人の返信が来る前に瞼が重くなり、布団に横になった。
午後五時半に喫茶「アカシア」に着く。まだ三人の姿は無いが、まだ三十分前なのだから無理もない。一足先にテーブル席に座り、アイスコーヒーを注文する。
三本目の煙草が吸い終わる頃に春菜が来た。それから六時ぴったりに祭が来て、いつも通り少し遅れて辰巳が来た。
空気が重苦しい。その原因は祭の暗い表情だろう。不安な気持ちが痛いほどに伝わってくる。辰巳と春菜もその空気を察して、押し黙っている。
「あのね――」
祭が意を決して口を開く。弱々しく言葉を紡ぎながら、昨日の話を二人にする。昨日よりも話にまとまりがあり、一人で密かにリハーサルしたのではないのかと思わせる。言い終えてから沈黙が続く。ここで俺が口を開いてはいけない。祭の言葉は俺ではなく、辰巳と春菜に向けられたものだ。
「辛かったんだね」
春菜がその大きな瞳に涙を浮かべながら言う。
「頑張ったんだな」
辰巳は言葉に詰まり煙草に火を点ける。
「まだ友達でいてくれる?」
祭が心配そうに口にした。
春菜は鼻声で何かを言いながら頷く。辰巳も言葉代わりの笑顔を向けて首を縦に振った。
「これで俺達が祭の味方だってわかってくれた?」
俺が言うと祭が今にも泣きそうな笑顔を浮かべて首を縦に振った。辰巳と春菜に目配せをする。二人の目から肯定が伝わってくる。承諾は取れた。次は俺達の秘密を明かす番だ。
「次は俺達の番だな。代表頼むぜ」
辰巳は吸っていた煙草を灰皿で消す。煙草を消すという行為に何かの意味があるような仕草だった。辰巳が作ってくれた話しやすい空気の中で口を開く。
「俺達は昨日まで祭の敵だったと思う。多分、この三人は高校の中で祭のことを一番本気で探してた。もちろん祭のことが嫌いとか、そういうんじゃない。俺が思ってた以上に運命が残酷だっただけで――」
言葉を繋いでいく。俺達は裏サイトを憎んでいた訳じゃなくて、ただ単に陰口みたいなものを無くそうとしてた。祭の話を聞いて、祭に敵意みたいなものは無い。そういう気持ちを伝えようとすると、話が仰々しく長くなる。
「悠也長いよ」
春菜に口を挟まれる。それなら手短にしよう。
「俺達三人がハーメルン。裏サイトの敵で、祭の味方だよ」
祭は呆然としている。俺の話が伝わりにくかったようで、祭の隣で春菜が代弁してくれている。こういう話は女同士の方が良いらしい。春菜はハーメルンが祭を守る気でいたことや、裏サイトを潰そうと思った経緯を掻い摘んで説明した。
「裏サイトなんて、必要無かったんだね」
祭が呟く。その言葉の裏には今までの自分を否定するニュアンスがある。
「そんなこと無ぇよ。ハーメルンが動く前まで、俺は楽しく使ってたぜ」
笑顔の辰巳が言う。それから辰巳は自ら流した自分の噂を若干大袈裟に話して、女の子二人を笑わせた。集まった時に流れていた重い空気は完全に無くなり、俺達は和気藹々と馬鹿な話を続けた。解散の時間まで、笑い声は絶えなかった。
裏サイトが無くなっても、俺達の中でハーメルンをどうするかという話は出なかった。これは俺の判断に委ねるという意味なのだろうか。不要となった裏サイトの調査報告のページを消して、ハーメルンの今後は決めかねたままで月曜日を迎える。
高校では噂話のアンテナの高い奴が、裏サイトが無くなったことを得意げに話していた。そういう奴が知り得ない秘密を四人で共有しているということが嬉しい。それが四人をより強く結び付けているような気がする。
スクールの方では裏サイトが無くなったことをまるで自分達の努力の結果であるかのように記事にしていた。これは別にかまわない。本来の目的は、ハーメルンもスクールも同じだ。スクールが力を持って、学校のネット関係を規制してくれるのであれば、俺達としても好ましい展開だ。
火曜日の朝、通学電車の中でハーメルンにアクセスする。これは日課になってしまった。授業中に教師に見つかるリスクを背負うよりは、優先席を避けた電車の中の方が良い。そこで辰巳の記事の更新が目に付いた。
――嘘と冗談 早速始めるぜ。俺のバイトの専門用語シリーズを楽しみにしてくれてるみんな。一週間ぶりだな。今日は約束の「プリーズ」を解説しよう。「サンキュー」に並んでよく使われる言葉だが「サンキュー」よりも簡潔だ。「プリーズ」は二つの意味がある。一つは「お願いします」という意味だ。これはほぼ直訳だし簡単にわかるだろう。二つ目は「教えて下さい」という意味がある。例えば、ハンバーガーにチーズを乗せるかどうかを聞く時や、副材料の数を確認する時に使用する。また「プリーズ」と言われたら「サンキュー」と返すのが礼儀になるからこの部分をよく覚えておくように。以上。
ハーメルンの今後の話が出なかったのは、言うまでもなかったのだろう。裏サイトが無くなり、目的を失っても、ハーメルンは終わらない。
教室では裏サイトが無くなったという話を昨日以上に耳にすることになった。噂は広がるのが早い。また一日というのは話に尾ひれが付くには十分な時間だった。裏サイトが無くなった理由は管理人が見つかったからという話があり、それを見つけたのはハーメルンだという見解が多いようだ。大方間違いは無いが、若干訂正がある。裏サイトの管理人は見つかったのではなく名乗り出て、ハーメルンが動いて見つけた訳では無い。けれど俺達が裏サイトの調査報告のページを消したことは、その噂の裏付けとして十分なものになっているらしい。スクールにある裏サイトが潰れたことを自分達の功績にしようとしている記事は今や笑い話になっている。
「やっぱり話題になってるな」
休み時間に辰巳が近付いてきた。最近は髪の手入れをしていないようで、根本が黒くなりプリンのようになっている。
「他に話題の無い学校だからな」
辰巳は視線をそばで談笑しているクラスメイトに移す。彼らの会話の要所に裏サイトやハーメルンといった単語が出ている。噂話が絶えることは無い。裏サイトが無くなったことは、噂話をする場所が一つ減っただけ、そんなことを思わされた。
それから俺達の会話に春菜と祭が混ざり、チャイムが鳴ると共に終わった。