第五章 世界から嫌われても
【第五章 世界から嫌われても】
普段歩き慣れていないせいだろうか。社会科見学の翌日の日曜日は筋肉痛で、太股が張りっぱなしだった。特に外出をする訳でも無く、思い出に浸りながら過ごした。
翌朝には筋肉痛は収まった。祭からストラップを受け取る約束のために、通学路を歩いて校門へと着く。そこで数名の生徒が、チラシを配っていた。
興味本位で受け取ってみると、生徒会主導の高校のサイトが作られたという内容が書かれている。サイト名はスクールらしい。高校の表サイト的なものなのだろうか。
廊下を歩けば、そのポスターが目に付く。右下に生徒会の認め印もあり、それが高校公認であるというアピールのようだった。
教室へ着くと祭からストラップを忘れたと言われる。楽しみにしていたが、忘れてしまったものは仕方が無い。器の小さい男だと思われたくないという気持ちに背中を押されて、ストラップを渡すのはいつでもいいと返事をしてしまった。そこから会話には繋がらずに、祭は自分の席に戻った。
チャイムが鳴り響く中で、辰巳が遅刻気味に駆け込んできた。今日は珍しく佐藤先生が遅れている。
辰巳は即座に俺のそばに寄ってきて、一枚のチラシを机に叩きつけるように置いた。それは朝の校門前で配られていたスクールの広告だった。
「悠也、ニュースだ」
「知ってるよ。これだろ?」
後でサイトにアクセスしようと思い机の中に入れておいたチラシを出す。
「知ってるなら話は早い。もう中は見たか?」
「それはまだ」
「授業中にでもアクセスしといてくれ。昼にでも話そうぜ」
辰巳なりにホームルームのタイミングに合わせて会話を終わらせたようだが、まだ佐藤先生は来ない。辰巳は拍子抜けした様な表情を俺に見せる。すると、佐藤先生の代わりにカバ田が来た。
「今日は佐藤先生が体調不良で休みだから、世界史の授業は自習だ。連絡事項は以上」
淡々とした連絡が終わり、一時間目の授業が始まった。
授業中に例のサイトへアクセスする。トップページには「いじめをしない、させない、見逃さない」というスローガンが掲げられていた。村田伸吾が思い浮かぶ。
その内容は、生徒が勝手にホームページを作ると、陰口なんかの問題が起きるから、このサイト上に自分のページを作るようにと呼びかけるようなものだ。他のコンテンツは掲示板や、学校の予定表、生徒会からの連絡事項が書かれるようだ。もちろん俺達が彼らの傘下に入ることは無い。特に面白味の無いページをいくつか回って、授業に戻った。
四時間目の世界史の授業は自習だ。佐藤先生の代理で来た教師がプリントを配り、終業の合図はしないからチャイムが鳴ったら終わっていいと言い残して帰っていった。
「腹減らねぇ?」
配られたプリントを机の上に置きっぱなしにして、辰巳は俺の元にやってくる。
「とりあえず出るか」
俺はプリントを世界史の教科書に挟んでから席を立つ。今までの経験上、自習の時間に配られたプリントはテスト勉強に役立つ。
二人で昼食の菓子パンを手に廊下を歩いて、美術準備室を目指す。俺は授業をしている他のクラスの前を通る度に腰を曲げて人目につかないようにするが、辰巳は全く気にせずに堂々としていた。
美術室の中をそっと覗き、授業をしていないことを確認する。それから美術準備室に入った。
「まだ授業中でしょ?」
関水先生から言われてしまう。
「自習だから大丈夫。コーヒーのサービスはいかがですか?」
おどけながら辰巳が言う。
「折角だからお願いするわ」
関水先生は諦めたように俺達を迎え入れる。
「これ俺達から土産です」
ポケットから包装されたボールペンを出して手渡す。何の変哲も無いボールペンに、キャラクターが乗っているだけで相場の三倍程の価格になるディズニー特有の土産物だ。
「先生に土産買ったの? 聞いてねぇよ」
コーヒーを用意している辰巳が背中を向けたままで言う。
「お前の物は俺の物、俺の物はお前の物なんだろ? だったら、この土産が俺達からでもおかしく無い」
辰巳の言葉を借りる。
「わざわざありがとう。大切にするわ」
関水先生から嬉しそうな笑顔を向けられて少し照れる。それと同時に土産を買っておけば何かと優遇してくれるだろうという打算的な考えに自己嫌悪してしまう。
すぐにコーヒーが出来上がり、少し早めの昼食の時間になった。
菓子パンのゴミを片付けてから二杯目のコーヒーを飲む。土産話が終わり、生徒会が作ったサイトの話になった。
「あのサイトは私も見たけど、そんなに上手くいくとは思えないわ。ハーメルンって方をやってる子の方が頭も切れそうだし」
この誉め言葉は嬉しい。けれど俺達がハーメルンを作ったということは、発起人の三人以外には秘密という約束になっている。おもむろには喜べない。
「そうですよね。学校公認っていうのは俺達からすれば刺激に欠けますから」
「新しい校則作ろうとしてるらしいぜ。ホームページを作る時は、学校への申請を必要にしたいらしい」
辰巳が携帯電話の画面を見せてくる。そこには今辰巳が言ったことがそのまま書かれていた。
「無理だろ? ただでさえインターネットは匿名性が高いんだからさ」
そんな話をしていると美術準備室のドアがノックされる。
「隠れて」
焦った関水先生から小声で言われる。その様子を見る限りノックした相手に心当たりがありそうだ。まだコーヒーが半分程残った紙コップを持ったままで、準備室から美術室へと繋がるドアをそっと開けて出る。
「関水先生、いらっしゃいますか?」
カバ田の声だ。生徒に対しては決してしないが丁寧な物言いも出来るらしい。関水先生は軽く俺達に目配せをした。美術室から、準備室での話を聞こうと聞き耳を立てる。
「どうぞ」
関水先生はカバ田を迎え入れた。関水先生の声のトーンは俺達と話していた時と違い、教師のそれになっていた。
「それにしても暑いですな」
カバ田が世間話を振る。中の様子は見えないが、会話は聞こえてくる。多分暑いのはカバ田だけだ。ペンギンやアザラシは寒さを凌ぐために脂肪をため込む。カバ田は単に太ってしまっただけだと思うが、その脂肪は寒い場所で生きる動物と同じ役割を果たしてしまっているのだろう。
「もうすぐ夏ですね」
関水先生はそれに合わせる。いわゆる大人の対応だ。
「今度、職員同士の親睦を兼ねて、二人でどこかに出掛けませんか?」
カバ田の言葉を聞いて、辰巳は笑いを堪えている。気持ちはわかる。これはデートの誘いだ。親睦を何と兼ねるのかが気になる。
「お気持ちは嬉しいのですが、最近は何かと忙しくて」
関水先生は嬉しいという心にも無い社交辞令を入れながら丁寧に断る。
「そうですか。忙しいと言うと美術部の活動などですか?」
カバ田は無理に会話を続けようとしている。
「そんなところです」
「それなら新学期の時点で廃部にしてしまえば良かったのに。部員も実質は三人で、残りは不良と何を考えているかわからない奴だけでしょうに」
不良とは辰巳のことだろう。俺に対するカバ田の評価は、何を考えているかわからない奴らしい。前の集会での行動が響いたのだろう。後悔は無い。
「それ以上うちの部員を悪く言われると私も怒りますよ」
関水先生は少しだけ言葉を強くして言う。
「これは失礼。しかし部活にも出ないで、部室に寄りついて、先生としても迷惑しているのではありませんか?」
カバ田は得意の嫌みな言い方をする。好かれたい相手に皮肉を言うなんて、俺からすれば考えられない。けれどカバ田の話し方は素なのだろう。悪びれた節を感じない。
「迷惑なんてことはありませんよ。むしろあの二人が部員の作品を評価して、部員のやる気が出るなんてこともありますし、ただ作品を作るだけが美術部の活動ではありません。作品を鑑賞して感性を養うというのも、私の美術部の活動です」
関水先生は「私の美術部」という部分を強調した。暗にカバ田が部外者ということを伝えようとしている。
「そうですか。では私はこれで」
関水先生の言葉を理解したのかわからないが、カバ田は美術準備室を出ていくらしい。少し時間を置いてから戻った方がよさそうだ。小声で辰巳と話をしていると準備室へ繋がるドアが開き、関水先生が出てくる。促されるままに、準備室へと戻り、また席に着く。
「よく来るのよ」
関水先生はうんざりしたように背もたれに寄りかかる。その声のトーンは、もうカバ田と話していた時のものでは無くなっている。
「もしかして俺達、先生に迷惑かけてます?」
カバ田との会話を聞いていて、心配になって口にする。
「しおらしいこと言うじゃない。そっちの方が可愛いわよ」
返事はそれだけだが余計な言葉が無い分伝わるものがある。大丈夫だから気にするな、なんて言われたら逆に気にしてしまう。
「俺って不良なのかな?」
辰巳が首を傾げる。それは素朴な疑問だが、それ以上の何がある訳でもなさそうだ。
「それはあなたが決めることよ」
「俺なんて何を考えてるかわからない奴らしい」
口を挟む。
「そこに関しては否定しきれないわね」
「前に案外わかりやすいって言われましたよね?」
喫茶店での会話を思い出す。
「そうね――なんか悠也君と話してると、自分の言葉には責任を持たないといけないって感じさせられるわ」
「それは俺も思う。悠也って小さいこと覚えてるんだよな」
俺が小さいことを覚えているのでは無く、辰巳や関水先生の言葉が印象に残り過ぎるだけだと思う。
四時間目の終わるチャイムが鳴り春菜と祭がやってくる。春菜の手には一枚のチラシがあり、なんだか既視感を覚える。これから机の上にチラシを置いて、知っているか聞かれるのだろう。その予想は見事に的中した。
「どう思う?」
生徒会主導のサイトに魅力を感じるかと春菜に聞くと、春菜はすぐに納得してくれた。
それから関水先生を挟んでの土産話が始まる。照れくさいから決して口には出さないが、この四人が仲良くなれたということは本当に嬉しい。自分が好きな奴同士で小さな社会が出来上がり、その中で日々を過ごす。そんな生活がこれから続くと思うと、今日が終わるのが寂しくて明日が来るのが待ち遠しい。
祭からストラップを渡してもらえないままで、忘れられているのかと小さな落胆を感じる。けれど、いつでもいいと言ってしまった以上催促することも出来ずに悶々と日々を過ごす。そんな中でスクールからハーメルンに対して、傘下に入るようにとの連絡が三回来た。
サイトを潰してページを作ることはしないで相互リンクという形でかまわないという申し出は、向こうからすれば最大限の譲歩だったのだろう。けれど断り続けてきた相互リンクを張れば、俺達は学校のスクールの一部になるような印象を与えることになる。一度目は丁寧に断り、二度目は軽くあしらい、三度目は無視をすることにした。
それから徐々にスクールが頭角を現し始めた。ダンス部や吹奏楽部や軽音楽部のようないくつかの部活は、自分たちのページをそこに作り、演奏会などの情報を載せている。その他にもクラス単位でのページが作られていた。ホームページを作りたいけど、何をしていいのかわからないという生徒達に受けが良いようだ。
スクールには一つの掲示板があった。その掲示板は、いじめの被害報告と目撃報告が書かれている。「いじめをしない、させない、見逃さない」もここまでくれば認めざるを得ない。そこには匿名の書き込みもあれば、名前を出しているものもある。その多くは裏サイトでの書き込みに対する被害であった。
ここに問題はあった。これは被害では無く、誰かの被害妄想だ。その掲示板の書き込みに、ハーメルンに相談した事が裏サイトに書かれているという内容がある。これは見過ごす訳にはいかない。
その件について話し合うために、俺は辰巳と春菜を放課後の喫茶「アカシア」に呼び出した。
三人でいると祭がいないことを寂しく思う。何かが足りないと感じる程に、俺にとっては四人でいることが普通になっている。
「なんか俺達のことを潰しにかかってるような気がしないか?」
くわえ煙草のままで辰巳が言う。俺にしても同じ感想を抱いていた。俺達が情報を流しているという話は、向こうの掲示板を開けば、目に付く場所に書き込まれている。
向こうの連絡が三回で終わったのは、仏の顔も三度までという諺に乗っ取ってのことだったのかもしれない。
「本当にひどいよね。私達は何にも悪いことしてないのに」
その通りだ。注目を集めるために生活指導の情報を流しはしたが、それ以上に学校にとって不利益になることをした覚えは無い。けれどハーメルンは今や高校内で裏サイトと並んで影響力がある。それを味方に出来ないのであれば、潰してしまえという発想は理解出来ないこともない。もしも逆の立場であれば、俺も同じことを考えただろう。
「俺達に出来ることは、早急に裏サイトを潰す方向で動くか、ハーメルンのいじめ相談窓口を閉めるかだと思うんだけど、どっちが良いかな」
辰巳と春菜の顔を見る。
「裏サイトを潰すって答えたいけどさ。すぐに実行できる方法が無いだろ? とりあえずは相談窓口を閉めるぐらいしか対策の取りようが無いよな」
辰巳が言う。不本意だということが顔に出ている。
「残念だけど私も賛成。疑うなら相談してこないって言い分は通用しないよね?」
「そうだな。問題は情報が流れてることだから、ハーメルンに窓口がある限り、疑いは晴れないだろうな」
全員一致でハーメルンの相談窓口を閉めることが決まった。それなのに全員が不満を抱えているというのは皮肉な話だ。けれど他に方法は見つけられずに、ほとぼりが冷めたらまた窓口を開くという形で、納得せざるを得なかった。
携帯電話でハーメルンにログインして窓口を消していく。嫌な作業だ。俺達がハーメルンを作ってから、サイトを管理するのは時に面倒ながらも楽しい仕事だった。辰巳と春菜が記事を書き、俺はそれを支える。それは俺に出来ることで、俺の仕事だった。けれど今はやりたくもない作業を強いられている。
「終わったよ。相談窓口、いじめ窓口、両方閉めたから」
返事は無い。
「落ち込んでも始まらないな――美味いものでも食いに行こうぜ。秘密兵器があるんだ」
辰巳は無理に声のトーンを上げて、内ポケットから封筒を取り出す。その中には数十枚のグルメカードが出てきた。
「美里さん?」
辰巳のテンションに引っ張られるように言いながら顔を上げる。
「おう。この前姉貴が友達と何か食えってくれたよ」
「そういえば辰巳君のお姉さんって何してる人なの?」
春菜の顔色も幾分か良くなっている。さすが辰巳だ。その場の空気を変える力を持っている。
「キャバクラで働いてるよ。高い金払ってあんなのと飲む奴の気が知れねぇよな」
辰巳は自分の姉をこんな風に言うが、あれだけの美人が隣に座ってくれるなら、金を払ってまでキャバクラに行く男の気持ちもわからなくはない。
「とにかく金の心配はいらねぇからさ」
「祭も呼んで良い?」
俺が言おうとしていた事を春菜に言われる。辰巳が頷かない訳が無い。春菜が連絡を取ると、祭はまだ部活で高校にいるということで、三十分ぐらいかかるらしい。
さっきまでの重苦しい空気は吹き飛び、カバ田が関水先生を口説いているという話から馬鹿話が始まり、祭が来るまでの時間を潰して、駅へと向かった。
祭が来てから入った店は、高級そうな焼き肉屋だった。辰巳は泡銭を使いきるという一言の後で、近くにある一番高そうな店を選んだ。制服姿の高校生が入れるかという心配があったが、その点に関しては何も問題無く、高校生を相手にしているとは思えない程の接客で席へと案内される。その時に俺は一応グルメカードを取り扱っているかという確認をしておいた。取り扱っているから大丈夫だという事を、最上級の敬語で伝えられた。
案内された座敷は、汚れ一つ無く、真新しい畳に高そうなテーブルと座布団、料理をこぼしでもしたら法外な値段を請求されそうだ。
「ここって凄く高いらしいよ」
春菜が小声で心配そうに言う。
「大丈夫だよ。金はあるからさ」
辰巳は気楽に言う。
祭は遠慮がちにメニューの中の安いものを探している。
「祭ちゃん遠慮しないで大丈夫だよ」
それに気付き辰巳が言う。
「でも遠慮しちゃうよ」
「大丈夫だって、俺にしても姉貴から貰ったグルメカード使うだけだからさ」
それから辰巳は二人の好き嫌いを確認してから四人用のコースを注文した。その姿が妙に堂々としている。辰巳は身丈に合わない高級店でも物怖じしない。焼き肉屋にコース料理があることに驚きながらも、その時に駄目もとで灰皿を頼んでみたら、店員はすぐに灰皿を用意してくれた。こういう店は逆に未成年の喫煙に寛容らしい。
テーブルの中心に低めの火鉢が置かれて、その中には炭が真っ赤に燃えている。ご飯やスープやキムチが運ばれて、すぐに肉が来る。肉が運ばれてくる度に、産地や焼き方の説明を受けるが、焼き方以外はあまり理解出来ない。
「どんどん食ってよ」
辰巳は言いながら肉を焼いて配る。こういう店だというにも関わらず説明された焼き方を無視して、普段行く食べ放題の焼き肉屋と同じような感覚で、大雑把に網の上に肉を置いていく。
「凄い。口の中で溶ける」
春菜が感動しながら焼けた肉を口に入れる。祭も行儀よく箸を進めている。
「焼くの代わるか?」
「いいよ。趣味みたいなもんだから」
言いながら辰巳はトングで取った肉を直に口に運ぶ。神経質な俺には出来ないが、説明によればこの店の肉は生でも食べられるらしい。辰巳の腹の心配はいらないだろう。
美味い肉に舌鼓を打ちながら、白米を口に運ぶ。この米は確か魚沼産とか言っていたと思う。そんなことが頭をよぎり米の一粒がひどく貴重な物に思えてきた。
一通りの食事を終えて、食後のコーヒーを飲みながら、煙草の煙を揺らす。
「美味しかったね」
春菜が満面の笑みを浮かべる。
「そうだな。姉貴に感謝しねぇと」
辰巳は煙草の灰を落とす。
満腹感と満足感に満たされながら、コーヒーを飲み終えて席を立つ。会計の時にレジの横で料金を見ると、液晶画面に四万八千円と出ていた。一人辺り一万二千円だ。辰巳はそれをグルメカードで支払い店を出た。
「ごちそうさま」
辰巳に向かって言うと、春菜と祭も同様に礼を言う。
「気にすんなって。それにしても美味かったな」
辰巳が店の入り口を眺めて言った。俺も今後暫く来ることが無いであろう店を目に焼き付けた。
焼き肉が美味かったと昨日の幸せを引きずったままで、高校への電車に揺られる。そこでハーメルンが相談窓口を閉めてからの高校スクールの様子を見ると、ハーメルンと裏サイトがいじめの元凶になっていて、スクールの功績でハーメルンの窓口が閉められることになったというような記事がトップページに書かれていた。
とりあえずそれは否定しなければならない。ハーメルンにアクセスしてトップページに窓口を閉めた理由を書き込む。スクールに書かれていた裏サイトとの繋がりを全否定して、保身のためでは無く、あくまで信用を取り戻すために窓口を閉めたと書き綴り、最後にハーメルンの信用が回復されればまた窓口を開く日が来ると締めくくった。
スクールがハーメルンを潰しにきていることは昨日の時点で半信半疑だった。掲示板のハーメルンについての書き込みも偶然と言えばそれまでだった。けれどこの一件で確信に変わった。スクールは間違いなく俺達の敵だ。どんな対策を取ろうか考えながら、高校へと向かった。
昼休みに三人で集まる。深刻な話になりそうだったため美術準備室は避けて、完全に人気の無い場所を探し、春菜の提案で非常階段に向かった。
俺の高校には非常階段がいくつかある。その中でも南側にある屋上へと繋がる階段は人目に付きやすいため、特別教室のそばにある北側の非常階段に出た。他の生徒の姿は無い。
非常階段は校舎の北側のため日当たりが悪いが、吹き抜ける風は暖かい。三人で階段に座り込む。
「あいつら俺達に喧嘩売ってるよな」
辰巳が言う。
「きっと怖いんだよ。ハーメルンが本気になれば、あんなサイト潰せただろ?」
「潰せたって過去形なの?」
「そうだな。窓口を閉めたのは失策だった。俺達が負けたって形になってる」
だから俺はハーメルンのトップに、スクールの影響を否定する言葉を書いた。けれどそれに効果があるかわからない。
誰も口を開こうとしない。問題は昨日よりも深刻だ。そんな時に俺の携帯電話が鳴る。
学校のスクール経由のメールだ。内容は傘下に入らなければハーメルンを潰しにかかるというもので、これが最後の忠告であると書かれていた。二人に携帯電話を回す。
「返り討ちだよな」
辰巳が呟く。
「そうだな。向こうが手段を選ばないなら、こっちだって同じだ」
もともとスクールの存在まで否定する気は無かった。向こうは、向こうなりのやり方で高校の中にあるいじめを無くそうとしているのがわかっていた。けれどハーメルンを潰す訳にはいかない。今だって裏サイト上には誰かの陰口が書き込まれているだろう。もしもハーメルンがスクールの下につけば、ハーメルンの発言力や影響力は小さくなることを免れられない。そうなれば守りたい相手を守れなくなる。
「もう作戦あるの?」
「これから考えるんだよ」
基本的に俺はスクールの評価を落とすことをせずに、ハーメルンの評価を上げるという対策を取ろうと思っていたが、それもこれまでだ。相手がハーメルンの評価を下げる気でいるのなら、俺達も同じようにスクールの評価を落とせばいい。
「スクールの弱点って何だと思う?」
考えを広げようと二人に話を振る。俺には見えていない何かが見えるかもしれない。
「やっぱ健全って部分じゃないかな? 人気があるサイトにはミステリアスな印象が必要だって、悠也も昔言ってたよね。スクールには健全って印象を大事にし過ぎて、影みたいな物が無いじゃん。だからその健全な印象をひっくり返せばただの薄っぺらい存在になると思う」
「俺もそれは思うな。教師の手先みたいなのって、なんか違うだろ? それとやっぱ面白さには欠けるな。間違った事を書かないで、綺麗言ばっかり口にしてさ。なんか教科書みたいなんだよ。あいつら」
話が広がっていく。この二人と話していると、自分とは違う目線で物が見える。
「そうだな。二人は教科書に間違いがあったら、どう思う?」
「俺は気付かないだろうな」
辰巳にまで聞いた俺が馬鹿だった。
「信用出来なくなる?」
待っていた答えを春菜が口にしてくれる。
「そう。俺達はスクールと喧嘩しよう。揚げ足を取りまくればいい。生徒はハーメルンよりも、スクールに対しての方が厳しい目で見る。きっとボロが出る」
断片的な思考が繋がっていく。勝てるというイメージが頭に浮かぶ。
「それで喧嘩どうやって買うんだ?」
辰巳に聞かれるがそこに関しては問題無い。スクールの奴が気付かずに恰好の材料をくれた。
「これをそのままトップに書く。その下に軽く啖呵でも書けばいい」
さっきスクール経由で来たメールをもう一度二人に見せる。すぐに作業に入った。ハーメルンのトップページにメールの本文を張り付けて、その下にこれはスクールから送られて来たもので、俺達は徹底抗戦するという内容を書き込む。
「これからだね」
春菜が口にする。その口調には確かな決意が見て取れる。為す術も無いままに黙っているのは、俺達の性に合わないようだ。ここには確実に、熱意に満ちた空気がある。暗い顔はもう必要ない。目的はスクールを返り討ちにする事だ。
「この作戦のキーポイントは、生徒から支持されることだ。人気がある方が生き残り、人気が無い方が消える。新しいコンテンツに情報操作。俺も頑張るから、二人も頑張ってくれ」
言い終えると二人は頷く。それから辰巳が拳を突き出す。言葉は必要無い。俺と春菜も拳をそこに出して、言葉も無いままに、勝利の誓いを立てた。