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第三章 人知れず踊り、人知れず笑う

【第三章 人知れず踊り、人知れず笑う】

 空は雲に覆われて灰色だけど、俺の心は薔薇色だ。隣を歩く祭を見ながら考える。この状況を色で例えるなら薔薇よりも綺麗な色かもしれないが、俺の語彙の中にそれを表現できる言葉は無い。

 二人で高校を出て向かったのは、映画館付きの大型ショッピングセンターだった。ここに来たのは祭の論理を借りて、俺が誘ったから祭が行く場所を決めてくれと言ったことがきっかけだ。見たい映画があるらしい。タイトルは覚えていないが、とりあえず俺もずっと見たいと思っていたと同調しておいた。チケットを買ってから、映画が始まるまでの時間を潰す。

「まだ三十分ぐらいあるね」

「雑貨屋さん覗こうよ」

 雑貨屋さん、と語尾に「さん」を付ける祭をまた一つ好きになる。小さな発言や行動が、いちいち俺のツボを押さえてくる。

 雑貨屋を散策する。祭はたまに立ち止まり商品を手に取る。和気藹々と話しながらそんな事を続けていると、祭が河童のぬいぐるみに目を付けた。

 これの正式な名称はわからない。ぬいぐるみの下から、手を突っ込んで両手と顔を動かせるタイプだ。祭は手に付けて動かしている。

「河童だよ」

 祭が言うと同時に、ぬいぐるみの両手が上がる。

「可愛いな」

 ぬいぐるみに向かって言った。気持ちの上では祭への言葉だ。

「照れる」

 今度はぬいぐるみの右手が後ろ頭を掻く。その仕草があまりにも愛らしくて、胸の鼓動数が二倍近く跳ね上がる。

 祭は河童に飽きると、今度はパンダのぬいぐるみを手に付け始めた。

「こっちは口も動く」

 祭はパンダの口を開いたり閉じたりさせている。そんな癒し系と呼ばれるアイドルも色褪せるような微笑ましい光景を楽しんでいると映画の時間が近付いた。

 コーラとポップコーンを持って、シアターの一番後ろの席に座る。この場所は祭の希望だ。後ろに気を使わないで済むのが良いらしい。

「ポップコーンここにあるから」

 足下にポップコーンを指さす。祭の手が無理なく届く位置に置くという気遣いも忘れてはいない。

「わかった。ありがとう」

 話を続けていると、シアターが暗くなり、映画の予告が流れ始める。気になる予告が流れると軽く言葉を交わしたりもした。

 照明が完全に落ちて非常灯が消え、本編が始まる。お互い無言だ。当たり前と言えば、それもそうなのだが、なんとなく相手のことを考えてしまう。

 映画というデートの定番、もしかしたら脈があるかもしれない。映画という会話の無い空間、長く俺と話すのは辛いのかもしれない。ポジティブとネガティブが交互に出ては消えていく。

 映画は祭の好きそうなファンタジー物だ。不思議な力を持った笛吹きの少年と、高貴な身分を隠す少女、国王の崩御に伴って王座を狙う悪人面の大臣、人の言葉を操る狡猾なキツネ、迷いの森の魔女、ファンタジーのテンプレートを並べたような物語だが、映像は凄い。この世のものとは思えないような風景の中で物語が進んでいく。

 少年が少女にナイトの誓いをするシーンが印象に残った。何の変哲も無い掛け合いだ。少年の「ナイトになってやるよ」という台詞に始まり、「守ってくれる?」という少女の受けに、「守るさ。君を傷つけるこの世界の全てから」と答えを返す。「君を傷つけるこの世界の全てから」という言葉にハーメルンを作った頃を思い起こさせられた。

 約二時間が過ぎて、映画が終わる。スタッフロールが流れ終わったところで祭は口を開いた。

「良かったね」

 もしかしたら泣いていたのかもしれない。目が少し赤い。余韻に浸っているような表情に色気を感じる。

「世界観が凄いよね」

 返事をして、映画の話で盛り上がりながら、映画館を後にした。

 ショッピングセンターを出ると、外は雨が振っていた。それほど強い雨ではないが、駅まで歩くことを考えると傘が欲しい。

「小さいけど傘あるから大丈夫だよ」

 祭がスクールバックから花柄の折り畳み傘を出した。いわゆる相合い傘だ。雨なんてものは無くなれば良いと思っていた俺だが、生まれて初めて雨に感謝した。

 小さな折り畳み傘では雨を避けきれない。祭が俺を濡らさないように、傘を俺の方に傾ける。気を遣わないでいいと言っても聞き入れてもらえなかったため、俺も祭が濡れないようにと近付いた。祭との距離が近くて照れる。

 寄り添って歩いている途中で雨は止み、祭は傘を閉じる。今日はもう少し降ってくれればいいのに。なんてわがままを心の中に浮かべた。

 祭は自宅に夕食があるということで、帰宅することになる。その時にお互いの電話番号とアドレスを交換した。俺は特に行く宛も無く、寄り道をせずに家に帰る。今日の出来事を思い返して、映画の内容があまり頭に残っていない。これが惚れた弱みというものだろうか。思い浮かぶのは祭のことばかりだった。


 翌日の放課後に辰巳と二人で街へと出た。お互いに金の持ち合わせが無く、喫茶店には入れずに人混みの中をぶらぶらと歩く。

「もうすぐ社会科見学だな」

 辰巳が話を振ってくる。

「空港だよな」

 社会科見学は、修学旅行の前準備の一環だ。修学旅行の空港集合に備えて、各自空港までの道のりを確認するという目的があるらしい。

「そう。折角だし、どっか遊び行こうぜ」

 都内の行ってみたいスポットを考えていると、すれ違った女の人が振り向き、辰巳を呼び止めた。

「あれ? 辰巳。奇遇だね」

 女の人のテンションは高い。

「そうだな」

 辰巳がうんざりした表情を浮かべる。あまり会いたくなかった相手らしい。

「そっちの子は友達?」

「そう。こいつが悠也」

 辰巳の返事を聞くと女の人は、頭の先からつま先まで観察するように俺を見てから口を開く。

「そっか。君が噂の悠也君ね。こいつ馬鹿だけど、根は悪い奴じゃないからよろしく。それと――」

「もうやめてくれよ。姉貴」

 辰巳が焦りながら話を遮る。噂の悠也君という言い回しが気になる。

「こいつは相沢美里、俺の姉貴」

 辰巳が美里さんを指さすと、彼女はぺこりと頭を下げた。

「辰巳の姉貴です。美里って呼んでね」

 美里さんが、笑顔を向けてくる。年齢はわからないが、確実に世間の言う美人の部類に入るだろう。派手な外見は辰巳と同じだ。

「悠也です」

「美里です。よろしくね」

 辰巳を見ると困ったようにそっぽを向いている。いつも堂々としている辰巳の弱い一面が垣間見えた。

「姉貴、俺達そろそろ行くぜ」

「なら、これで美味しいものでも食べなさい」

 美里さんは千円札を二枚辰巳に手渡して去っていった。その背中に向かって礼を言うと、大きく手を振られて、俺も同じように大きく振り替えした。

「金も入ったし、行くか?」

 辰巳が自分のペースを取り戻して言う。何処へ行くかという確認はいらないだろう。

 喫茶「アカシア」のアイスコーヒーを飲みながら、次の社会科見学について話し合う。お互い都内に出るなら遊びに行きたいという気持ちはあるが、どこへ遊びに行けばいいかわからない。

「そういえば班まだ決まってないよな」

 辰巳が言う。

「次のホームルームじゃない?」

「そうだな。春菜ちゃん誘おうぜ」

「春菜の仲良い子ってどの辺りだっけ?」

「わからねぇな。しいて言えば誰とでも仲良いよな?」

 春菜は分け隔たり無く人と接する。そのせいだろうか、特別仲が良いという相手が思い浮かばない。

「こっちで決めちゃって大丈夫だろ。誰かいるか?」

「祭は?」

 即答してしまう。すると辰巳がにやついた顔で俺を見る。

「やっぱお前って祭ちゃんのこと好きなの?」

 唐突な質問をぶつけられる。返事に困っていると、辰巳が口を開く。

「わかりやすい反応だな。ハーメルンの参謀はポーカーフェイスが苦手か?」

 完全に面白がられている。

「まぁ俺も友達としてお前のことは応援してやるよ。祭ちゃん誘おうぜ」

 俺が何を言う訳でもなく計画が定まっていく。祭のことを好きだと言い切れなかった情けない自分を隠すように煙草に火を点けた。

 その後、社会科見学で同じ班になろうというメールを春菜と祭に送り、二人から良い返事を貰えた。もしも班決めがクジ引きになってしまったらという部分も辰巳がどうにかしてくれるらしい。これで準備は整った。


 社会科見学の班を決めるホームルームで、級長の司会の下に意見が出揃う。班を自由に決める派とクジで決まる派の二つに分かれているが、どちらに決まってもそれほど問題は無い。辰巳の人間関係を頼りに、この高校の好きな女の子の連絡先をおしえてやるという条件で級長を懐柔してある。

 多数決の結果、自由に班を決める事になり、難無く決まる。奥手な奴の多い俺のクラスでは、男女混合の班は俺達だけで、他は男同士と女同士の班が出来上がっていた。

「悠也、班長よろしくな」

 辰巳に言われて仕方なく班長に就任する。名簿を作るための用紙に班員の名前を記入して、やるべきことは終わる。

「じゃあこれから社会科見学の通過ルートを各班で決めて下さい」

 級長が言った。これからホームルームの残り時間を使ってルート決めをすることになる。原則として現地集合の現地解散だが、空港の指定された場所に行き、教員のチェックを受けなければならない。ここが学校行事の面倒なところだ。

「悠也とも話したんだけどさ。即行で社会科見学のチェックだけ終わらせて、俺達の行きたいところ遊びに行かない?」

 辰巳が提案すると春菜が頷く。祭にしても異論は無いようで、俺は班の行動表に「空港屋上」とだけ記入して提出した。集合場所から一番近いチェックポイントだ。

 辰巳は俺を気遣って春菜と二人で計画を練っている。一緒にいて思うが、二人の波長は近い。春菜が会話の要所で笑い声を上げている。辰巳のおかげでと言えばいいのだろうか。自然に俺と祭は二人になった。

「行きたい場所ある?」

 祭に聞いてみる。

「ディズニーシー?」

 何故か疑問形の返事が来る。

「ディズニー好きなの?」

「そうじゃなくて、ディズニーシーに行ってみたいの」

 女心はよくわからない。ディズニーが好きな訳でも、ディズニーランドに行きたい訳でも無く、ディズニーシーに行きたいらしい。

「行こうよ。俺も行ったこと無いし、興味はあったんだ」

「本当に? 男の子ってああいう場所苦手だと思ってた」

 会話が盛り上がっていったところで、辰巳に口を挟まれる。

「邪魔して悪いな。どんな感じ?」

「そっちは?」

「ランドかシーかで悩んでる」

 辰巳と春菜も似たような会話をしていたらしい。

「ならシーにしよう」

 社会科見学の予定は決まった。残り時間を四人で話しているとホームルームの終わるチャイムが鳴った。


 ハーメルンのアンケートを社会科見学で行く場所という内容で集めたら、思った以上に盛り上がった。東京タワーや浅草や後楽園のような東京観光の定番スポットから、渋谷や六本木のクラブやライブハウスまでも上がっていた。ディズニーランドにも何票か入っていたが、アンケートを見る限りディズニーシーを選んでいる生徒はいないようだった。

 社会科見学を一週間後に控えた日曜日に辰巳と洋服を買いに行く約束をした。待ち合わせた駅にあるドトールで煙草を吸いながら文庫本を開く。時間にルーズな辰巳に合わせて、辰巳との待ち合わせには早めに行き、喫茶店で時間を潰すというパターンが定着している。

 携帯電話が鳴り、辰巳からの着信だと気付き電話を切る。合図の様なものだ。着いたら電話をしてくるという事は、電話に出なくとも内容はわかる。喫茶店を出て改札の前に向かうと辰巳の姿があった。ファッション雑誌のストリートショットのように、人混みの中で浮いている。辰巳はジーパンにジャージというラフな服装をしているが、よく見ると細々とした部分で色が合わせてあったり、柄を揃えてあったりしている。

「相変わらず時間にルーズだな」

 駅の時計を見上げながら声をかける。三十分の遅刻だ。

「悠也が早すぎるんだよ。待ち合わせに遅れるのが時間にルーズなら、待ち合わせに早く来るのもまたルーズだと思わないか?」

 妙な理屈を並べられて、遅刻の件をうやむやにされる。

「後でコーヒーでも奢るよ。それで無かったことにしてくれ」

「別にかまわないけど、今日はどうした? ずいぶん景気が良いな」

「姉貴に社会科見学の服を買いに行くって言ったら、買い物頼まれてさ。その手数料として小遣い貰った」

 辰巳は嬉しそうに財布を叩いた。

 電車に揺られること三十分で目的地に着いた。アウトレットモールは日曜日ということもあり、かなり込み合っている。人と人の間をすり抜けながらお互いの目的の店に入った。

 店員の白々しい誉め言葉を聞き流しながら、数件の洋服屋を廻る。その結果としてブランド名が印刷された紙袋が手にある。それから辰巳が美里さんから頼まれていた買い物を済ませた。

 買い物を終えて、軽い食事をするためにファーストフード店に入る。お互いにハンバーガーのセットを頼んで席に着く。

「やべぇ。頼み忘れてた」

 ハンバーガーを食べている途中で、辰巳が嫌そうにピクルスを抜く。

「辰巳ピクルス嫌いなの?」

「おう。ピクルスとアボカドだけはどうしても食えない」

 それから禁煙の店内を出て、煙草を一本吸ってから、アウトレットモールを後にした。


 喫茶「アカシア」で今日の締めに、辰巳が奢ってくれたコーヒーを飲んでいると社会科見学の話が出る。

「チケットどうする? 今ならコンビニで学割みたいなのやってるけど」

「俺さ。割引チケットって嫌いなんだよ。なんかプライドと引き替えに値引きされてるみたいでさ。いいから、まかせとけよ。チケットの四枚ぐらいなら、金かけずに調達出来るぜ」

 辰巳がどこからチケットを調達してくるのかわからない。危ない橋を渡ろうとしているんじゃないかと不安にさせるような言い回しだが、俺の知る限り辰巳はそこまで馬鹿じゃない。何か独自のルートを持っているのだろう。

「俺の分ぐらいは払うよ」

「いらねぇよ。お前の物は俺の物、俺の物はお前のものだ」

 前に辰巳の口から聞いたことがある。けれど少し意味合いが違うような気がする。

 不意に携帯電話が鳴る。確認するとハーメルン経由のメールだった。相談窓口から送られている。

 ――友達がいじめを受けています。私には何が出来ますか? 私は何をするべきですか?

 メールを読み終えて、携帯電話を辰巳へと手渡す。受け取った辰巳は、煙草をくわえたままメールを眺める。

「どうする?」

 辰巳は携帯電話をテーブルの上に置いてから言った。

「春菜に返事を書いてもらうか――俺達で足掻いてみるかだな」

 返事をしながらメールの返事を書く。いじめを受けているのが誰か、どんな手口か、原因は何かという三点を聞く。ハーメルンが動くとしても、春菜が返事を書くとしても必要な情報だ。

「足掻くとしたら、お前はどうする?」

「ハーメルンで情報提供者を探して、犯人に呼びかける。こっちはわかってるんだぞって」

 俺の返事を聞くと、辰巳の腹は決まったようで、電話で春菜を呼び出している。

「三十分ぐらいで春菜ちゃん来るってさ」

「話が早いな」

 春菜が来るまで本題には触れずに会話をしていると、また携帯電話が鳴る。メール画面を開くと、さっきのメールの返事が来たようだ。

 ――いじめられている友達の名前は出したくないんですけど、手口は裏サイトでの中傷とクラスでのシカトで、原因は多分社会科見学の班決めの時にあぶれた子を自分の班に入れた事じゃないかと思います。本当に優しい子なんで。

 メールを確認して考える。社会科見学の班決めをしたということから学年は俺達と同じだろう。一人称が私の文章から察するにおそらく女の子だ。いじめの手口が裏サイトの中傷なら、いじめられているのは誰かわかりやすい。そこから辿って、社会科見学の班が同じ子を探せば、いじめている側も絞れる。

 辰巳にメールを見せた後で、高校の裏サイトに入り、中傷をされている同学年の女子生徒を探す。社会科見学と中傷をキーワードに調べると、すぐに二人の女の子が目に付く。

 清水渚と坂井由香里、この二人のどちらかが被害にあっているのだろう。清水渚は主に軽い女という表現に悪意を持たせたような言葉が目立ち、坂井由香里は良い子ぶっているというような印象の書き込みが多い。相談者のメールを見る限りでは、坂井由香里が有力だ。俺の考えを話してから、辰巳の考えを聞く。

「俺は悠也の分析はちょっと的外れな気がするな。中傷っていうのは悪意を持ってする訳だし、こっちの高山渚も単に社交的なだけじゃないのか?」

「なるほどな」

 行動面で辰巳に負けるのなら素直に受け入れられるが、今のように考える場面で劣るのは少なからず悔しい。

「考え過ぎると直感が鈍るぜ」

 辰巳に言われてしまう。それから出来るだけ多くの情報を収集しようと、裏サイト内を検索するが特に何も見つからなかった。

「おまたせ」

 喫茶店のドアが開かれると同時に春菜の声が聞こえてくる。

「その服、良く似合ってるよ」

 辰巳が春菜を誉める。小粒な花柄が散りばめられたワンピースに、デニム地のライダースという服装は、確かに春菜のキャラに合っている。

「そう? ありがと」

 照れもしないで春菜は言った。

 春菜がカフェモカを注文して、それが届くまでの間に、俺は今の状況を説明した。

「そっか。社会科見学までにどうにかしないとだね」

「なんで?」

 春菜の設けた期限に対して疑問が浮かぶ。

「だって相談した人が友達って事は、社会科見学も同じ班だろうし、多分犯人も同じ班にいるでしょ? だからそれまでに解決しないと、その子達の社会科見学が楽しくなくなっちゃうよ」

 春菜が的確な事を言う。この程度の事に気付けないなんて、さっき辰巳に遅れを取ってから調子を崩してしまったようだ。気を取り直して煙草に火を点ける。

「とりあえず情報収集からだな。ハーメルンのページ一個増やしてもいいかな?」

「うん。でも何をするの?」

「イジメの相談窓口みたいなさ。匿名でも構わないことにして、メールで情報送ってもらえば、対応しやすいだろ?」

 話はまとまり、ハーメルンのイジメ対策窓口が作られた。

「一つ提案があるんだけどさ」

 辰巳が口にする。また俺は何かを見落としているのだろうか。心配しながら次の句を待つ。

「話は変わるけど、社会科見学までに四人で遊びに行かない? どこかの放課後にでもさ」

 話が変わるという前置きを付けるタイミングが間違っている。

「うん。行きたい。私は今週なら空いてるからいつでも大丈夫だよ」

「俺は――」

「いつでも大丈夫――だろ?」

 辰巳に言葉を遮られてしまう。けれど言おうとしていた事を一字一句間違えずに代弁されると頷く以外の事は出来ない。

「ちなみに俺は明日がバイトで、その後なら予定無いからさ。後は祭ちゃんの都合だけだな」

 祭の予定は春菜が聞いてくれると言うので、その言葉に甘えることにした。早速、春菜が祭にメールを送ってくれたが、すぐに返信は来なかった。


 翌日の昼休みには相談された話の輪郭がはっきりと見えた。

 ハーメルンの方では多岐に渡る情報が集まった。意外だったことは懺悔のメールが来たことだ。イジメをしていた事を謝りたい、イジメをやめたいけど友達の都合でやめられない、そんな内容のメールが何件も来た。

 休み時間毎に辰巳が何気なく他のクラスを回り、シカトされていると思われる生徒を上げて、それを春菜が女子トイレで仕入れてきた情報と照らし合わる。その結果、二人の名前に辿り着いた。清水渚と坂井由香里、どちらかが関係しているのではなく、言ってしまえば二人ともこの問題の当事者なのだろう。

 簡単にまとめれば、原因は清水渚が自分の社会科見学のグループに坂井由香里を誘ったことにある。社会科見学のグループは俺達の場合四人班になったが、班毎に人数が違う。高山渚は、あぶれた坂井由香里を自分の班に誘った。それが班の他のメンバーにとって面白くなかったのだろう。ダンス部の女子生徒達で構成された班は、どちらかと言えば派手な生徒が目立つ。そのため真面目な坂井由香里は場違いな雰囲気がある。そのため、この二人が陰口の標的になったのだろう。

 そんな話を昼の美術準備室でしていると、春菜が俺の携帯に入ったメールを見せてくれと言ってきた。メール画面を開いて、春菜に手渡す。

「このメールって、今の話と被らない?」

 俺と辰巳に見えるように春菜は、手に持った携帯電話を机の上に置いた。

 ――私は今、イジメをしています。原因は社会科見学の班決めで、勝手に他の子を入れた友達をシカトしようってノリになってずるずると続いています。もうこんなことやめて、仲良くしたいのに。どうすればいいですか?

「確かに、内容は一致してるな」

 メールを読んで思う。匿名のメールだが、サブアドレスは使われていない。そのアドレスを辰巳の携帯電話で検索すると、出た名前は清水渚や坂井由香里と同じ班の女の子だった。

「確実だな」

 辰巳が携帯電話の検索結果を見ながら呟く。

「いじめっていうのは始めるのは簡単なんだけど、やめるのが難しいんだ。本人達がやめたくてもね。いじめを始めるきっかけっていうのは見つけやすいんだけど、やめるきっかけが見つけにくいんだ」

 春菜の意見は含蓄深い。俺なりにいじめをやめるきっかけをどうやって作るか考える。

「なら俺達が悪者になったらどうかな? その主犯格の子達は裏サイトの書き込みに煽られたって事にしてさ。いじめをやめるきっかけにはならない?」

 思い付いた事を口にする。

「それで十分だよ。メール私に任せてくれない?」

 女心は女にしかわからない。メールは春菜に任せることに決まり、俺と辰巳に出来ることは無くなった。

 昼休みが終わり、五時間目、六時間目は音沙汰無く過ぎた。放課後も特にやることを思い付かずに、真っ直ぐ家に帰った。

 シャワーを浴び終えて、部屋でだらだらと時間を過ごしていると春菜から一斉送信のメールが来た。春菜が送った内容と、相手の返信の内容を載せてあるメールに目を通す。この問題は解決の方向へと向かったようだ。けれど、この話だけでは、いじめられた側が納得出来ているのかわからない。

 メールを読み進める。最後に追伸と書かれて、その下に祭の返信が来て四人で遊ぶ日程が決まったということが付け加えられていた。

 翌朝に例の問題の結果がわかった。仲良さそうに笑顔を浮かべながら昇降口を歩く女の子の一団。そこには、清水渚、坂井由香里、その他にも数人の女子生徒がいる。下調べをしていたため、彼女達が社会科見学の班であることはわかっている。この話を早く辰巳と春菜に届けようと、階段を一段飛ばしにして教室へと向かった。

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