97話 その男たちは
その日、見張り隊長の若い森の民は、初めて『男』に触れることになる。
長老ウー・フーに怒鳴りつけられて男の確保に来たはいいものの、男の確保とかやったことがなく、方法も知らなかった。
しかしウー・フーは偉大なる長老だ。
きっと教えずともやり方がおのずとわかるとお考えなのだろう。
三人の男たちはなにごとかを話していた。
言葉は、わかる。
どうやらここにいないさらに四人の仲間がいるようで、その人たちについて話しているようだった。
そうして談笑していた男の一人――とがり耳の、真っ白い、左右で瞳の色が違う、一番でっかい男が、談笑の調子のまま、言う。
「ところでアレクサンダー、すごい人数に見られているようなのですが、どうしましょう?」
気付かれていた。
森の民たちは全員でびっくりして、全員で顔を見合わせた。
どうしよう。
どうしたらいいか全然わからない。
おろおろしている。
そのあいだに、とがり耳の、真っ白ではないほうが、つまらなさそうに鼻を鳴らす。
「ふん。隠れ潜むしかできぬ弱者どもめ。我は興味がわかんな。倒すなら貴様らでやれ」
すると、一番森の民と体格が近い、耳の丸い男が肩をすくめた。
「サロモン先生はいちいち物騒でいけない。仲良くしたくて隠れながら様子をうかがってるだけかもしれないだろ?」
「こんな未開の森にいる生き物が友好的であるものか。連中はな、縄張りを侵した我らの様子をうかがっている。そうして隙ができれば喰らうつもりだ。アレクサンダー、貴様は野生の森を知らんのか?」
「よく知ってる。野生の森で一回死んでるから。でもまあ、いいじゃねーかよ。俺たちは虐殺の旅をしてるわけじゃねーんだ。むしろやってることの規模のわりには、すごく命に配慮してると思うぜ? これからもそういう命にエコな旅でいこう。ん? 命にエコってどっちだ? 減らすのか守るのか? まあいいか!」
「あっはっは。アレクサンダー、ところで、本当にどうします? イーリィさんたちが水浴びから帰られるまでに皆殺しにしておきますか? ほら、そのあとが僕らの水浴びの番でしょう? ちょうどいいのでは?」
「物騒の極み」
「いやでも、霧を出していいなら、十数えるうちに全員の首を刎ねられますよ。あれらはそういう簡単そうな色をしている。まあ、僕の視界では人型に見えるんですがね」
「人型だってわかった上で『皆殺し』とか言ったのお前!?」
「アレクサンダー、僕はね、人と人だからといってわかりあえるとは考えていないのですよ。ほら、僕ってば被差別種族だったでしょう? いやまあ人種とは関係ないか。あっはっは」
「お前の冗談はわからねーんだよ! ああもういい! 俺が対応するから、お前ら手を出すなよ!」
「アレクサンダーがそう命じるならば、僕は従いましょう。あなたに危機が迫らない限りは大人しくしていますよ」
「我はなにもせんとさっき述べたぞ。貴様らで勝手にやれ。弱者狩りは面倒この上ない」
話がまとまったらしく、男の中で一番小さいのが立ち上がり、森の民のひそむ方向を向いた。
「というわけで言葉が通じるなら出てこい。出てこないならお前らが隠れてる樹を切り倒して無理やり出てこさせるぞ」
こわい。
森の民たちは困った。
しかし、最後には信仰がまさった。
それは神を奉じ祈りを捧げるといった人造神話に対する信仰ではない。
自然崇拝に近いものだ。
彼女らは寿命で死ぬと樹になる。
そこらにある樹々は、そのすべてが、忘れ去られているだけで、遠い祖先かもしれないのだ。
それらをむやみに切り倒すことを森の民は嫌悪していた。家や家具に樹々を使うさいにはいちいち樹々に敬意を払って切らせていただき、先祖に守護をお願いするのがしきたりだ。
それを無造作に切り倒すと言われては、出て行かざるを得ない。
森の民たちはぞろぞろと男たちの前に姿をあらわした。
「……なんだこの褐色ロリ集団は」
耳の丸い男がつぶやいた。
どうやらすぐに襲いかかってくる様子はなさそうで、森の民の見張り隊長はひとまずほっとした。
対話を試みてみる。
「あー、我ら、森の民。お前ら、男。違うか?」
緊張しすぎていた。
耳の丸い男が頭をかく。
「サロモン、敵意はなさそうだぞ。……ああ、なに? まあ、俺たちは男だけど……それが?」
「男、連れていく。長老がそうせよと」
「…………わけがわからねーな。なあ、その『長老』ってやつは、もう少し流暢に話せるのか?」
「長老はすごい」
「わかったわかった。とりあえずそいつに会わせてくれ。事情とかもそこで詳しく聞いた方がよさそうだ」
男がついてくる!
森の民たちは喜んで髪の毛をざわざわさせた。
「うわっ、キモっ!」と耳の丸い男が言った。
かくして見張り隊長は「じゃ、じゃあ……」と一番小さい男の手を握った。
連れていくのにこうしたほうがいいかと思った。たぶんそういう理由で体が勝手にそうしたのだと思う。
初めて触る森の民以外の人の手は、どことなく硬くて冷たいように感じた。
ドキドキする見張り隊長の耳に、白肌でないほうのとがり耳の男が「また首を突っ込むのかアレクサンダー」とため息まじりに言う声がとどいた。




