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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十章 森の民の時間
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95話 英傑(偽)

「里の真ん中に突然空いた大穴から、細長いばけもの(・・・・)が出てきました」


「親や祖母や曽祖母や曽々祖母たちは必死に応戦し、幼い我らを逃してくれました」


「そうして、時の長老が、最後にこう叫んだのです。『英傑ウー・フーを待て! やつがお前たちを導いてくれるじゃろう!』と」


「なので我らは交代で前の里に遣いをやり、そこに帰ってくるあなたを待ったのです」


「よかった。若い我らは男の連れ込みかたも、授かり部屋での作法も、ましてあのばけものをどうにかする方法など、想像もつきません」


「けれど、英傑ウー・フーが帰ってきた」


「ウー・フー!」


「ウー・フー!」


「ウー・フー!」


 やっべぇ気持ちいい。


 ウー・フーはしばらく崇められる快感で失神しそうだった。


 知らないところで自分が伝説の人物になっているのが、まさかこれほどまでに気持ちがいいとは思わなかった。

 若者たちはきらきらと輝いた目で自分を見て、自分の名を叫び、讃えている。


 広場のテーブルの一番いい席に座らされ、果物や木の実を運ばれ、髪や首、腕には『飾り』が運ばれてくる。


 しかも絶え間なく自分を絶賛する言葉が響き、自分を称える叫びが耳を叩く。


 ウーは望んでいたものがここにあるのを知った。


 しばらく気絶しかけながらひとしきり崇拝の快楽を味わって……


 唐突に冷静になった。


 母ちゃんは?

 姉ちゃんは?


 少なくともここにはいない。

 そうだ、大人たちはみな、前の里で、細長いばけものとやらに応戦したのだという。

 そうして前の里には誰もいなかった。


 高床式の木組みに葉をかぶせた家々はそのままに、人だけが消え失せていた。

 ばけものと戦った人たちの痕跡(・・)さえなかった。


 あの場所に入ることさえ避けていた若者たちが、痕跡(・・)をわざわざ片付けたとも思えない。

 つまりは、丸ごと食われたか、さらわれたか……『細長いばけもの』がどんなものだかは全然わからないが、若者の口ぶりからして話が通じる相手とも思えない。

 たぶん、食われたのだろう。


「…………」


「英傑ウー・フー」


「んあっ、な、なんじゃ?」


「我らはみな、髪も真っ白な若輩です。緑の御髪(おぐし)を持つ者は、もはやあなたしかおりません」


「じゃなあ……」


「我らの長老になっていただきたい」


「……」


 自分のことを伝聞でしか知らない世代にちやほやされている。

 崇められ、食べ物や飲み物が勝手に運ばれ、座っているだけで、首に、腕に、飾り付けがされていく。

 次期長老になってくださいと懇願された。


 夢が全部叶っている。


 ただ、ここに、当然いると思っていた、母と姉がいない。


 ウーは苦悩した。


 なぜ、人生はこんなにもうまくいかないのだろう。

 うまくいけば、そのぶんだけ、なにかを失う。


 どうして自分ばかり、こんな苦境に行き合うのだろう。

 ただ、がんばらず、疲れず、痛みも苦しみもなく、無限に愛される人生を送りたいだけだったのに、どうして……


 こういう困った時に相談できる母と姉はもういない。


 だから、ウーが自分で考えて、自分で決めるしかない。

 自分で努力するしかない。


 でも、どうしたらいいか、わからない。


 ウーはどうしようもなかった。どうしようもないやつだった。

 自分のどうしようもなさに愕然とする。まさかここまでだったとは思わなかった。

 愕然とするウーは、いつもやっていたことをするしかなかった。


 誰かどうにかしてくれ、と祈る。


「わかった。わしが、長老となろう」


 とりあえず目の前のちやほやされそうな選択肢をとり、大変なことも、つらいことも、『勝手にどうにかなってくれ』と祈りながら生きていく。


 今まで、そうしてきた。


 そして――


 若者たちの歓声を聞き、新長老ウー・フーを祝う声を聞きながら――


 きっとこれからも、誰かに救われることを願って生きていくのだろうな、と思った。

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