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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十章 森の民の時間
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93話 旅(偽)

「ウーは旅に出る」


 現在の長老にそう宣言すると、里をあげての祭りが催された。


 ウーが旅立つこの日と、男を連れて帰る日は、きっと、里でいつまでも祝い続けられる日となるだろうと言われた。


「仲間はいらない。ウーは一人で行く」


 その理由について、ウー・フーはこう語った。


「森の外は危険じゃろ。だって、西からいつも来てた男どもが、急に、ぱったりと来なくなった。なにかあるに違いない。そんな危険な場所に出向くのは、ウーだけでええ。他の者は足手まといなんじゃ」


 その気高い勇気は強く称えられ、ウーにはたくさんの食料と飾りが持たされた。


 また、木の皮をつなげた衣装ではなく、外に出る旅人用の、しっかりした衣服と、ブーツが用意された。

 これは過去に村に来た男が、愛した森の民を連れ出そうと持ち込んだものだった。

 しかし時すでに遅く、男が愛した森の民は樹化してしまっていたため、里で保管していた『とっておきのもの』だったのだ。


 ウーははき慣れないブーツというものの、脚をあんまりにも締め付けるのに最初脱ぎたがったが、これが小石を踏んでもとがった木の枝を踏みつけてもぜんぜん痛くないのを知ると、たいそう気に入った。


 服も体をあまりにぴったり覆うのはむずがゆかったけれど、木の皮よりよほど通気性がよく、伸びるので動きやすく、こちらも気に入った。


 ただ、胸あたりにつけさせられた黄金の飾りは重かったので、早いうちに外そうと思った。

 しかしこれは魔除けなのだというので、なかなか、外すのにも勇気がいりそうで、外す決意をするのが早いか、重さに慣れるのが早いか、どっちが先かは微妙なところだった。


 こうしてウーは旅立った。


 服と靴をまとい、荷物を抱え、そして里人にいつまでもいつまでも見送られながら旅立ち……

 森を西へ西へと進む。


 そうして三日ほど歩き続けて、まだ森の出口が見えないのを知ると、もう一日だけ歩き、それから、そのあたりで足を止めた。


 休憩ではない。


 このへんで百年ほど過ごすつもりだ。


 旅など馬鹿馬鹿しくてやっていられなかった。

 だから里人に見つからないあたりで時間をつぶそうというのは、最初からそのつもりだったのだ。


 それに、さっき里の者たちに語った予想はウー自身も信じるものだ。

『西から来ていた男たちがぱったりといなくなった』『危険ななにかが西にいるに違いない』。

 そんな危険なものと遭遇する可能性は避けたい。


 ウーは死にたいと思うことがよくある。


 しかしそれは、『痛くなく』『怖くなく』『気づけば命がなかった』という死に方をしたいのであって、痛いし怖いし疲れるし、へたすると大怪我だけ負って死にぞこねるかもしれない可能性に身を投じたいという意味ではなかったのだ。


「姉ちゃん、ウーは英傑になるぞ。ここで百年、ウーが旅したかのような(・・・・・)話をいっぱい考えるんじゃ」


 度胸がない。能力がない。

 だが、英傑にはなりたい。


 後世の先の先まで自分の名が遺るのはたしかに気持ちがよさそうだ。できればそんな伝説を自分も打ち立ててみたい。

 だが、がんばるのは死んでもいやだ。

 がんばらずに名を遺したい。がんばらずに『がんばったね』と言われたい。活躍せずに英傑になりたい。


 だったら、自分の英雄譚を創作する(・・・・)しかない(・・・・)


 幸いにもウーはその場その場で嘘をでっちあげる能力だけは高かった。

 少なくとも深く思慮しないことを美徳とする森の民を騙せる程度の力はあった。


 ならば、百年、腰を据えて、『嘘』を練り上げ続ければ?


 それはきっと、後世まで語り継がれる冒険譚となり、ウーは英傑として疑いない地位を手に入れるだろう。


 次期長老も夢ではないかもしれない。


「くふふ……ウーはやるぞ。それに、この位置で見張っていれば、男がうっかりおとずれたら連れ帰ることもできる。完璧じゃな。ウーは……うむ。『ウー』は英傑っぽくない。もっとそう、『わし』じゃ。フーばばあみたいな英傑には、ふさわしい言葉遣いがいる。さあて、まずは、『大冒険をしたのに男を連れ帰れなかったのはなぜか?』を考えんとな……」


 ウーはこうして、物語をつづり始めた。


 頭の中で練り込み、考えていく。


 ウーは短命種的思考をする方ではあったが、それはやはり、長命種の中では、というだけの話。

 思索にふけってしまうと百年二百年は悩み続ける羽目になると言われる通り、ウーは自分の英雄譚を考え、気づけば、百年が経っていた。


 ……それは、種族の特性というよりも。


 生まれて初めて、全力を出したからかもしれなかった。

 全精力をそそぎこんで一つのことに打ち込んだから、時間の流れが早かったのかもしれない。


 気づけばウーの真っ白だった髪はいつしか半分ほど緑色になっていた。


 そうして百年と少しかけて作り上げた物語は頭の中で完成し、これを語ればみなが自分を英傑と称えること間違いなしと確信し、ウーは意気揚々と里に帰った。


 装備は百年使い続けてもまったくくたびれることがなかった。

 よほどいいものを素材として使ったのだろう。

 ……そう、この素材の謎もネタになるかもしれない。この装備を贈った男の子孫とも出会ったことにしよう――ウーはつらつらと考えながら里に戻り、そして……


 変わり果てた里の姿を目撃する羽目になった。

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