91話 嘘の代償
「ふさわしい男がいなかった」
ということで乗り切った。
多少どころではなく強引だったけれど、『森の民』はあまりものを深く考えない性質を持っている。
なにせ彼女らの寿命はあまりにも長く、時間感覚はあまりにも長命視点だ。
『どれ、ちょっと考えてみよう』だなんて思ったが最後、百年も二百年も思索にふけることになりかねない。
だから、森の民は『深く悩まない』ことを美徳としていた。
その中にあって、ウー・フーという少女は『深く悩む』し、『よく考える』性質を持っていたと言えるだろう。
すでに百年生き、うっかり気づけばそろそろ生誕から二百年が過ぎ去ろうとしている。
だというのにウーの頭はどこまでも『短命種』式だった。
しかし、その森の民にしてはよく思考する頭の使い道はといえば、『嘘をついてチヤホヤされる』方向ばっかりだ。
しかも百年以上かけて重ねた嘘はもう本人でもどこがどうなっているかさっぱりという状態になっていて、うっかり忘れていたことを指摘されたり、あるいは前に語ったことと矛盾したりすることを指摘されると、さらに嘘を重ねて……という有様だった。
ウーには嘘をつく以外になにもできない。
が、なにもできないからといって、人から見上げられるのをあきらめたり、寝ているだけで崇められるような存在になるのをあきらめたりはできなかった。
楽して、ちやほやされたい。
それはいつしかウーの人生の抱負になっていた。
がんばるのが嫌いだった。
なにもできないのがわかっているから。
才能が人並みにさえないのはなんとなく察するところだった。
だから、なんにも努力しない。
だって、人と同じぐらい努力して人よりできなかったら、才能のなさが証明されてしまうではないか。
ところが努力しない限りは可能性が残り続ける。
『本気でやれば、できるかもしれない』という可能性が。
ウーは自分の無能を証明したくなかった。
妄想の中でぐらい人並み以上でいたかった。本気を出せばなにもかもがうまくいくのだと思い込んでいたかった。
大人になってからの日々はウーの可能性を奪うことばかりが起きる。
やれ男を捕まえろだとか、やれ木の実を集めろだとか、やれ野生動物を狩ってこいだとか……
ウーはあらゆる『実践』から逃れ続けた。
口八丁でうまいことやったと思う。
もともと『森の民』はあまりものを食べないし、根拠地であるこの森は、たまに魔物が出るけれど、それは連れてきた男たちに狩らせるし、安全だ。
けれど、時代がウーに都合の悪いように変遷していく。
だんだん、男が減ってきた。
西から定期的に流れてきていた男たちが、目に見えるほどに減ってきたのだ。
男たちは子をもたらすし、男たちは森の民に贈り物をするし、男たちは技術や文化、食料などをもたらす。
森の民は『旅人』とともにあった。
その旅人が、減ってきている――というか、ほとんどいなくなってきている。
森から外に出て、男を捕まえる必要が出てきた。
その時代の長老が発令した。
「森を出て男を連れてくる者が必要じゃの」
何名かが選ばれるらしい。
ウーは『絶対に選ばれたくない』と思いながら存在感を消していた。
旅とか無理だ。
楽していたい。横になってだらだらしていたい。食べ物と飲み物ぐらいは自分でどうにかしてもいい。だからどうか男探しの旅になど選ばれないでくれ……と必死に祈った。
ばばあ、ばばあ。豪傑にして英傑のばばあ。
今は大樹になって里を守っている、フーばばあ。
どうかどうか、かわいい孫の願いを聞きとどけたまえ――
「旅の長は、ウー・フーでええじゃろ。なんかすごいやつじゃからな」
「んむううううう!」
ばばあああああああああ!
ウーが叫ぶと周囲が勝手に叫びに呼応した。
どうやら旅人に選ばれたのが嬉しくて雄叫びをあげたと解釈されたようだった。
無理もない。
ウーの話の中のウーは、完璧で、勇気があり、男に対する手管に長け、その実力の多くを隠している、次代の英傑だった。
そしてあまりものを深く考えないことを美徳とする『森の民』たちは、ウーの話をだいたいそのまま信じた。
なので、『完璧で勇気があって男に対する手管に長けその実力の多くを隠しているウー・フー』が、里の危機を救うための重要なメンバーに選ばれるのは、必然だった。
つまり、ウーが旅に出されるのは、嘘の代償だった。
「ウーは四人ぐらい選んで旅立ちの用意せえ。男をがっぽがっぽ連れてくるの期待しとるからの」
「ちょ、長老! 腹が痛い!」
「そのうち治る」
「い、いやあ、この腹痛は治らんかもしれん……さっきとて腹が痛くて叫んだんじゃ」
「なるほどのう」
「わかってくれたか」
「それはアレじゃろ、アレ、ほれ、なんといったかの……『想像妊娠』というやつじゃ」
「いや絶対違うじゃろ!?」
「里の誇る大英傑フーばあさんに連なるウーは、男を連れてくる旅を任じられ、想像の中ですでに妊娠しとる。つまりこの旅は成功したようなもんじゃ。ウーに栄光あれ! かの未来の英傑は、必ずや男を連れて里に戻るであろう!」
男! 男! 男! 男!
里人たちが声を合わせて叫んだ。
物静かでのたのた動く森の民にはありえないテンションに、森は震え、鳥が大騒ぎし、どこかで仲間かと思った狼の遠吠えが聞こえた。
こういう全員がいっせいに騒ぎ出す状況ではウーの口八丁もどうにもならない。
単純に超うるさくて、誰もウーの話を聞いてくれないからだ。
「ウーは行かんぞ!」
思いっきり叫んでも、男コールにかき消される。
こうしてウーは男探しの旅に出る感じにされてしまった。