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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十章 森の民の時間
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89話 幼い誓い/若かったころ

十章 森の民の時間

 昔々、大昔の話だ。


 瑞々しい緑色の髪をもった祖母は里一番の美女と言われていて、その祖母の語る武勇伝が好きだった。


 剛力無双の英雄と子を成しただとか。

 空を飛ぶ巨大な生き物を倒した男と子を成しただとか。


 西側からはいっぱいの人が流れてくる。

 森を通る男たちを招き、あるいは捕らえては子を成すのがこの里の『当たり前』だった。


 なにせ女しか生まれない一族だ。


 里の、子を産んだことのある女たちは『自分の相手がどんなにすごいやつか』をよく自慢した。

 そして、その自慢話の中でももっとも燦然(さんぜん)と輝くような、素晴らしい武勇伝を数多くもっているのが、祖母だった。


 まだ幼かったウー・フーは祖母に頭をなでられながらその武勇伝を聞くのが好きだった。

 祖母はいろいろな男と浮き名を流した豪傑だった。

 もちろん子も多く、その中の半分ぐらいは『森の民』として生まれたものだから、孫もたくさんいた。


 けれど、ウーはたくさんの孫の中で一番かわいがられていた。


 どうしてかわからないが、チヤホヤされるのは気分がいいものだ。

 ウーはかわいがられるのが好きだった。なんにもしなくても色々なものをもらえるのが好きだった。

 将来はいい男をひっかけてたくさん貢がせるつもりでいたし、きっとこの祖母の孫の自分なら、それは簡単だろうと思っていた。


 自分は特別なのだという自負に満ちた幼少期。


 きっと自分の祖父は特別な男で、自分の父も特別な男だったのだろうと信じていた。


 父や祖父の顔は知らない。


『森の民』は男たちに子を残させるけれど、子を残させるとさっさと里を追い出してしまうのが普通だった。

 生まれた子が『森の民』でない場合、十五歳まで育てて、それから男なら『森の民』と子を残させてから、女ならそのまま、森の外まで送っていくのが習慣だった。


 なぜなら、『森の民』は長生きする。


 とがり耳の、肌の真っ白でないほうの種族はまあまあ生きるけれど、それでも森の民ほどではなかった。

『森の民』と他の種族とでは、時間の流れが違うのだ。

 だから、『森の民』ではない者が里にとどまれるのは一瞬だけで、用件が終われば、すぐにでも彼らの時間(・・・・・)に返してやらねばならない。

 そういうしきたりが里にはあって、だから、ウーの父も祖父も、子種を残したら、すぐに彼らの時間(・・・・・)へと帰されたのだった。


 彼らの時間(・・・・・)に帰った男たちはきっと、また、英雄として活躍をするのだ。

 父や祖父もどこかでまだ英雄的活躍をしていることだろう、とウーは思っていた。

 ところが。


「お前のじいさんは、もう、とっくの昔にくたばっちまってるだろうな。お前の父さんも、まあ、実は死んじまってる。森の中をさまよって、この里に流れ着いて、お前の母さんと子を成して、そんで、回復することなく死んじまったよ」


「それはこの世界を創った『りゅうおう』の呪いか? それとも凶悪な魔物の毒か? あるいは、魔剣に寿命を吸われたか……」


 すると祖母はカッカッカと楽しげに笑う。


「いやあ、お前のじいさんも、父さんも、そんな、たいそうなモンを相手取るほどのやつらじゃあねぇなあ。お前の父さんは普通のやつだ。弱いから誰も子を成したがらなかったが、お前の母さんがみょうに入れこんじまって、お前ができた。お前のじいさんも、わしの相手にしちゃあ、説明しがいがないほど、普通だったよ」


「ウーは英雄の子じゃないのか!?」


「ああ、あんたは英雄の子じゃあねぇなあ」


「でも、ウーは、ばばあにいっぱいかわいがられているが?」


「そいつぁ、お前さんが、わしの話を楽しそうに聞くからさ。年寄りの古い武勇伝でも、まだ聞き手がいるとなると、つい、嬉しくなっちまってなあ」


 祖母はまたカッカッカと笑った。


 ウー・フーはひどいショックを受けた。

 特別だと思っていた自分の出自がなんにも特別ではなくって、それどころか、弱くて見所がなくて語りがいもない血がこの体には流れているのだ。


 祖母の武勇伝のどれかが自分の祖父だろうと思っていたのだ。

『自分の体にはこんな英雄の血が流れている』と思うと、なんだか自分には特別な力が眠っているような気分になって、とても嬉しかったのだ。


 でも、普通の祖父と父。


 はかりしれないショックでウーはしばらく寝込んだ。


 寝込んでいるうちに祖母は死んでしまった。


 村をあげての盛大な葬儀が行われ、祖母が成った樹(・・・・)にはたくさんの飾りがつけられた。


 祖母が死ぬ直前――完全に樹化(じゅか)する直前、「ウーには悪いことをしちまったかねえ」とこぼしていたようだ。


「どうしてウーは普通の男の、子供なんだろう」


 たくさんの先祖たちが立ち並ぶ森の中、先祖と同じく、寿命を迎えて樹になった祖母に問いかける。


『森の民』は寿命を終えると樹になる。


 晩年の祖母は次第に足が根っこになっていて、最後に話を聞いた時なんかは、片腕が枝になっていた。


 だからウーはこの場所まで来て、ここに根を張った祖母によく話を聞いていた。


 住居から少しだけ遠いこの場所は子供の足で来るのは不便で、だから、大英傑である祖母の武勇伝を最後の最後まで聞いていたのは、ウー一人だけだった。


「ウーは、英雄の子がよかった。……でも、ばばあは悪くない。ウー、ちょっとショックだったけど、でも、ばばあのせいじゃないし、かかあのせいでもない」


 祖母が成った樹は枝振りのいい大樹だった。

 それを見上げて、ウーは誓う。


「ウー、普通の男の子供でも、いいよ。ウーが自分の力で、ばばあみたいな豪傑になるよ。ばばあみたいに、いっぱいの英雄と子供作って、里を大きくするよ」


 幼いウー・フーは誓った。


 それは甘やかされるだけだった少女が初めて抱いた夢だった。

 出自や才覚など関係ない。自分の力で、憧れた祖母と並んでみせるという、今は亡き祖母との約束だった。


 樹化した『森の民』は、もはや、ただの樹だ。


 意思疎通などできない。


 それでも。


 ……それでも、風に揺れる葉擦れの音が、優しく、ウー・フーの頭をなでてくれたような、気がした。

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