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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
一章 アレクサンダーと森の奥地の恵み
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8話 『ずるい』

 その光景は、聖女の顔にわずかながらもおどろきをにじませた。


 花の咲き乱れる泉。さえずる小鳥。小動物。

 地面はみずみずしい緑色の短い草で覆われていて、なんとも言えない、甘い香りが鼻孔をなでていく。


 これで子供が五人倒れていなければピクニックでもしたくなるような光景だったけれど、残念ながら火急の治療が必要なので、アレクサンダーは景色をぼんやりながめるイーリィに言う。


「そこに倒れてる連中を治してくれ。頼む」


 イーリィは命じられるまま、少年たちをながめた。


 呪文の詠唱とか、魔力が光となって体からあふれ出すとか、そういうエフェクトはいっさいなかった。

 ただ見ているだけ。なのに声さえあげられなかった少年たちはうめけるぐらいに回復した。


 アレクサンダーは水と花の蜜を少年たちに与えていく。

 体温はまだ冷たいが、氷のようではなくなっている。この場所が暖かいお陰だろう。


 しばらく泉と少年たちのあいだを往復していると、一人が意識を取り戻すのがわかった。

 凍死&餓死しかけからの回復にしてはやたら早いが、これも聖女の権能なのだろう。

 目をこらしてジッとイーリィを見れば、彼女のスキル欄にすごいものが見えた。


『チートスキル』


 イーリィの強すぎる治癒の能力はなるほどあきらかに周囲と違うわけだ、とアレクサンダーは納得する。チートなら仕方ない。


 神がかっているが、神とは関係ないように思える。

 これはまったくのカンというか、ただのインスピレーションなのだけれど、ありがたい神様公認の能力ならば、『ずるい(チート)』なんていう文字を冠したりはしないだろう。

 もしくはアレクサンダーがずるいと思っているから、彼の目に『ずるい』と見えるだけかもしれないが、そのあたりは検証のしようもない。


 考えているうちにも子供たちは回復のきざしを見せ始めていた。


 どのようなケガでも病気でも、見ただけで一瞬にして治してしまう――そういう触れ込み、というかアレクサンダーの体の持ち主の記憶ではそういう印象だったけれど、どうにもそこまで便利な能力ではないように思える。

 少なくとも凍死と飢餓による衰弱状態にあった子供たちはゆったりとしか快方に向かっていない。たぶんアレクサンダーの記憶には、かなりのアレクサンダー補正がかかっていることだろう。


 さて、子供たちは治ってきた。しばらく休めばまた動けるぐらいにはなるだろう。


 こうなると問題はアレクサンダーたちが背負いカゴさえ持たされていないせいで満足に資源を持ち帰れないことだけだ。

 せっかく見つけたこの場所の食べ物や水を村に還元する手段がないのである。還元しないとなにが困るって、もちろん、村に戻る許しを得られなさそうなあたりだった。


 アレクサンダー一人であればしばらくここに住むのも選択肢に入る。というか、選択肢のトップだ。

 けれど子供たちは『村に帰る』ことを第一目標としているようだった。


 故郷の離れがたさはなんとなくわかる。

 特に十二歳程度の子供なのだ。見慣れない楽園よりもなじみのある地獄のほうが安心するなんていうこともあるだろう。まあ地獄は言い過ぎだけれど。


「……あ、そうだ。なあイーリィ」


「聖女と呼ばないといけませんよ」


「なんで?」


「そういうことになっているからです」


 イーリィの表情はどこまでも透明で、彼女の感情はどこまでも平坦だ。

 今口にしたのは誰の言葉なんだ、と苦笑いしてしまう。発言一つ一つにあらかじめ用意してあるテキストを読み上げている感が半端ない。


 彼女の言葉に合わせて『聖女』と呼んでやるのが正着なんだろうなと思った。

 でも、この人形みたいな女の子に台本を用意している黒幕にへつらうのがなんかイヤだったので、アレクサンダーは意地でも彼女を名前で呼ぶことにした。


「イーリィ、お前さ、ここで見たものを証言してくれよ。豊かな自然と、真冬でも暖かい気候があったって。俺たちはたしかに森の奥地で恵みを見つけたんだって、証言してくれよ」


「……?」


「なに? 難しい?」


「それは私の役割ではありません」


「お前、一生涯誰かに定められた役割だけこなして生きていくつもり?」


「……?」


「……おお、そうか。それ以外の生き方があるっていう可能性を示されたことがなかったんだな。カルチャーギャップだ。俺は職業選択の自由がある世界から来たもんでさ」


「あなたの言っていることは、なに一つわかりません」


「じゃあこうしよう。お前に頼んだことは、治療行為の一種だ」


「……証言、が?」


「そうそう。俺たちはお前が証言してくれないと死ぬ。お前がここにはたくさん恵みがあって、背負いカゴがあったって取り切れないのに、そういうのさえないならとても持ってこれないっていうことを、熱心に代行者に伝えてくれたら、俺たちは生きられるんだ」


「……でも、それは……私は、神に授かった力でみなさんを治すのが役割なので」


「お前の目と耳と頭と口は誰から授かったんだよ」


「……それは……父と、母?」


「父と母は誰から体を授かった? その父と母は? さらにその父と母は? 最初の『ヒト』は誰が生み出した?」


「……最初のヒト?」


「そうだよ。人類の始祖だ」


「そんなの、考えたこともありません」


「たぶん神様だ。だから、お前の耳目も言葉も、神様のたまものだ。そのたまもので、俺たちを救う。お前がいつもやってることだ」


「……それは……なにか、違う気がします」


「じゃあ見殺しにする?」


「…………」


 その言葉は捨て置けないものだったらしい。

 イーリィはしばらく視線をあちこちにさまよわせていた。初めて直面する押しの強さに困惑していたのかもしれない。


 アレクサンダーの言葉はマニュアル通りの対応以外する必要がなかったイーリィに、マニュアル以外の決断を強いるものだった。

 そうすると初めて生じるのだ――『責任』が。


『お前の意思で、俺たち六人を見殺しにするのか?』


 あまりにも卑怯な問いかけだ。あんまりにも生き汚い。

 しかしこうするしかないのだった。

 村から英雄(いらない)扱いされた子供たちが再び村に迎え入れられるには権力の後ろ盾が必要で、イーリィは村では二番目ぐらいの権力者なのだった。

 しかも世間を知らない十一歳(こども)なので、こうして悪い十二歳(おとな)の毒牙にかかるのだった。


「……胸が、もやもやします」


 イーリィは不満そうな顔をする。

 アレクサンダーは気に入った答えをもらえた、というように笑った。


「それは『悔しい』って感情で、『ずるい』って感想だ。お前の役割に入るか入らないか微妙なラインの『救済』を、屁理屈と感情論で断れないように持っていった」


「……ずるい」


「そう、ずるい。お前は従うしかない。従わないためには、俺以上の屁理屈と、俺以上にお気持ちに働きかけるなにかが必要で、お前には、どっちもない」


「……あなたはあるのに?」


「だってお前、ヒキコモリじゃん。人と会話とかほとんどしないじゃん。身につくわけねーよ、こういう手練手管」


「……」


「きちんと証言できたら、次は『楽しい』か『面白い』を教えてやる」


「……楽しい、面白い」


「そうだ。そっちの感情はもやもやしないぜ。スカッとする。興味はないか? まあ俺たちが村に帰らせてもらえないと、教えることはできないんだけどさ」


 アレクサンダーはイーリィからハッキリと『証言する』という言質をとろうとしているのだった。


 イーリィはまた視線を泳がせた。

 あたりには美しい自然と、それから、倒れ伏し、うめき、それでもだんだん血色がよくなってきている子供たちがいた。


 イーリィは胸に手をおいて、もう一度、今度はアレクサンダーをまっすぐ見上げて、言った。


「ずるい」


 これ以上の感情表現が彼女にはわからなかった。


 アレクサンダーはどうでもよさそうに「で、どうしてくれるって?」と問いかける。


 本当にどうでもよさそうだった。実際、すでに子供たち救済活動に飽きていて、ダメならダメで仕方ない、と思い始めていた。

『一緒に戦った戦友だ』という盛り上がりは、戦闘から時間が経つにつれて薄れていって、今ではまたモブABCDEに戻りかけていたのだった。


 だってアレクサンダーにとっては別に恩義もなにもない子供たちなのだ。

 たまたまそこにいただけの哀れな被害者たち。彼らには同情もするし、もしも亡くなったなら心が痛くもあるけれど、思い出に変わるまで二日とかからない自信があった。人間はそういうものだと彼は思っている。


 だからイーリィの返事が間に合ったのは、本当に、ギリギリだった。


「証言します」


「じゃあよろしく」


 イーリィと五人の子供たちを抱えて村まで運ぶタスクが増えてしまった。どうにか三往復ほどで済ませたいところだ。

 相手は子供だが、自分の体はイーリィと変わらないぐらいで、倒れ伏している少年たちよりも小さいのだ。どういう担ぎ方がいいかな、と少年たちの運搬計画を立てるアレクサンダーの耳に、


「……ずるい」


 小さな声がとどいた。

 それは非難という感じではなく、初めて手にしたもののかたちや重さをたしかめるような、そういう響きだった。

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