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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
九章 真白なる夜に
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83話 構成員

 だから、『こちらより数が多い兵士たちに包囲された状態から、相手を倒す』というのは不可能なことだった。


 真白なる種族は強い。器用だ。賢い。

 魔法というものさえ今の彼らにはあったし、手にした武器はどれほど乱暴に扱おうが最後まで役目を果たしてくれるであろう、比類なき仕上がりのものだ。


 それでも、アレクサンダーがそうしたように、またたきのあいだに蹂躙できるわけがない。


 兵士たちは武装し、訓練し、街の平和を守ろうと決意し立ち塞がっている。

 しかも悪いことに、こちらの五倍はあろうかという数で取り囲んでいながら油断が一切ないし、隊の一部(とはいえ全体の四分の一には相当するであろう多数)が蹴散らされていても、動揺を見せることさえない。


 まぎれもなく、強敵だった。


 (あたま)もそうだが、アレクサンダーもまた、異常な存在だ。

 ヒトの平均から飛び出してしまったものだ。あれらの戦いぶり、やりくち、思考のありかたを参考にしてはいけない。


 あんな――

『大軍を単身で蹴散らす』『絶対的強者に一対一で競り合う』なんていう、英雄的行動が自分たちにできるなどと、思っては、いけないのだ。


 真白なる種族構成員の大男は、つい、笑った。


 傷だらけの顔を持つ男だ。

 真白なる種族の男性は大柄だが、飛び抜けて大きい。ただぶよぶよと大きいわけもなく、体にはがっしりとした筋肉がついていた。


 そして運命に愛されていると、最近まで、そう思っていた。


 なにせ自分はこの年齢まで生き抜いたのだ。

 顔の傷や火傷、体のいたるところにあるそれらだって、戦いでついた傷ではない。おもちゃにされてつけられた傷だ。


 自分を拘束する鎖を引きちぎる力を手に入れるのが早いか、それともいじめ殺されるのが早いか、そういう人生を送っていた。


 (あたま)に拾われなければきっと、いじめ殺されて終わっていただろう人生。

 大男は自由を手にした。もっとも、被差別種族ということは変わらない。

 少なくとも鎖で壁につながれてはいないだけの、その程度の自由だ。


 それでも彼は自分である程度行動を選んでいい権利を手に入れた。

 真白なる夜に所属するか、一人でやっていくか。

 盗みを働くか、それとも殺しを働くか。

 あるいは差別されることがわかりつつも、社会に戻るという手もあった。

 真白なる種族は差別されているが、そこには程度があるという。主人を選べるならば、マシな主人に仕えてそのまま過ごしていくことも、不可能ではないだろう。


 そのたくさんの選択肢を前にして――

 大男は、なにも選べなかった。


『自分で選び取る』という機能が育っていなかったのだ。


 だから、(あたま)を信奉した。


 手足という立ち位置は心地がよかった。あの頭に動かしてもらっているのだというのは誇らしかった。

 きっとなにかがあれば、この大きな体と強い力で頭を守ろうと心に誓った。命を懸けても守ろうと、そう思っていたし――

『自分を助けた者のために命を懸ける』というのは、彼にとって、ぞくぞくするような、とても気持ちのいい妄想だった。

 その役割(ロール)をしている自分は、なんていうか、格好よく、思えたのだ。


 それは忠義ではなく自己満足だった。

 格好いい自分を実現するための、尽力だった。


 けれど頭は自分が守らなければならないほど、弱くなかった。

 そもそも、自分も強くなかった。


 不死身を標榜(ひょうぼう)していた自分は、本物の『不死身の男』に打ちのめされた。

 無双の剛力を気取っていた自分は、自分よりはるかに小さな男に、簡単にのされた。


 自分が砕けた。


 そうして、等身大の自分が見えた。


 強くなく、賢くなく。

 大きいだけの、自分。


 自分のことを比類なき不死身の英雄だと思っていた。その妄想にひたる日々は心地よかった。

 過激派連中と大差ない酔いっぷり(・・・・・)だ。今となっては恥ずかしい。

 ただ、こんな自分にも分別がどうやらあってくれたようで、自分を倒した小さな『不死身』につらくあたって、恥を上塗りするようなことだけはしなかった。


 悔しいけれど。

 憎らしいけれど。

 それをおさえることができた。


「地味にいこうぜ」


 じりじりと迫る兵士たち。

 包囲された仲間たち。


 大男はその身長を活かして、兵士たちの全容を把握していた。


 絶望的な戦力差があった。

 今すぐアレクサンダーに助けを求めて、残りの兵たちも蹴散らしてほしいと叫びたかった。そうやって強い力に甘えるのがきっと、一番楽だ。

 思えば自分は、自分を救ってくれた(あたま)にも、そうして甘えていたのだろう。


 だから、この体は、ふわふわと大きいだけだった。

 ぎっしりと詰まった等身大の男になるためには、まだまだ足りないものが多すぎる。


「向き合ってわかったよ。ありゃあ、オレが突っ込んでも蹴散らすなんて無理だ。だから、端っこから削っていく作戦は使えない。……真白なる夜らしくいこう。(あたま)の作ってくれた霧に紛れよう。背後から、こっそりやろう」


 誰かが小声で言う。

 この状況で、背後からの奇襲など、それこそ(あたま)ほどの速さと、彼オリジナルの、誰も真似できない隠形(おんぎょう)術がなければ無理だ。


 だから、大男は笑う。


「もう少し霧を深くして、それから、陽動があれば、いける。――オレのでかい体の使い所だろ?」


 自分の弱さを思い知らされて、自分の力の大きさを知った。

 なにもできない自分を見せつけられて、自分になにができるかを知った。


 覚悟をするとは、こういうことだ。


 甘い英雄願望にひたって無茶な突撃をすることでも、格好良く命を懸けて大事な誰かを守ることでもない。


 格好のいい死に様なんか、できなくていい。

 英雄みたいな活躍なんか、できなくてもいい。


 ……まあ、できたらいいなという気持ちまでは否定できないけれど。

 それはそれ、これはこれ。

 大男は『やりたいこと』と『やれること』をしっかり認識することができるようになっていた。

 そして、『やらねばならないこと』が『やりたいこと』でなくとも、それを行うことができるようになっていた。


「兵士を引きつけて、あいつらにダリウスを助けに行かせない。地味で疲れる役割だけど、(あたま)はきっと、わかってくれる。オレたちにはオレたちの戦いがあるんだ。……やるぞ」


 ――だから、兵士と構成員の戦いは、静かに、地味に、行われる。


 それは最終的な勝敗を決定づけるような戦いではなかった。

 けれど勝敗を決める戦いをしている人たちを助けることができるかもしれない、戦いだった。


 どちらにも覚悟があって、どちらにも信念があって、どちらも油断なく、勝利するつもりでいる。


 深く深く、深く、濃くなった霧の中で――

 じりじりと、頂点(エース)ではない者たちの戦いが始まった。

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