82話 兵士
『つらい役割だ、やめておけ』
おそらく、この街で『兵士』と呼ばれる職業に就いた者の多くが、親や、兄弟や、同じ道を志さなかった友に、そんな注意を受けた。
思いやりからの注意だ。それはわかっている。
……きっと、つらいのは真実なのだろう。それも、わかっている。
兵士とは、統合区画長ダリウスの手足だ。
この街には法があり、この街には犯罪がある。
その法を法たらしめるのが兵士なのだった。罰を受けるべき者を捕らえ、罰を受けさせるのが、兵士と呼ばれる者の役割だ。
けれど、法は必ずしも正義ではない。
法を破った者は、必ずしも悪人ではない。
そんなことはみんな、薄々感づいている。
『仕方なかった』犯罪などいくらでもあった。『どうしようもなくって』罪を犯す以外の道がなかった者などたくさんいた。
それどころか、兵士などやっていると、悪人なんかごくごく少数なのだということを思い知らされる毎日だ。
自分を悪だと自覚しながら悪事を働く者の、なんと少ないことか。
純粋な悪意や高潔な殺意など一つたりとも見たことがなかった。
『だって、仕方のないことだったんだ』
法を犯した者の常套句だ。
そしてその言葉が発せられる時、もちろん一切の共感が許されないような醜悪さをにおわせる場合もあったけれど、大多数は本当に、無常や悲哀を感じさせる、こちらの方がいたたまれなくなるようなものばかりだった。
この街には禁止事項が多すぎた。
どうしてなかなかそのことに気付けなかったのか不思議なほどに、この街は息苦しくて、そして、少しでも環境が違えば、きっと、自分たちも法を犯していたのだろうなと思わされる犯罪ばかりが起きた。
それでも、ここにいる。
盾と剣を構え、犯罪者の正面に、いる。
兵士たちは後悔しながら生きていた。
この街の窮屈さと、そのせいで生まれる犯罪者に胸を痛めていた。
『ダリウスの手駒』『情けを忘れた法の番人』『区画長の威を傘に着る、偉そうな連中』『血も涙もない、第六の種族』
いろいろな呼び名があった。
そのすべてが自分たちを嫌っていた。
それでも、彼らはここにいる。
兵士として、ここにいる。
目の前には犯罪集団『真白なる夜』の構成員たち。
生まれた時から差別されることが決められた種族。
きっと彼らがこうして蜂起したのは、どうしようもない状況があったのだろうと、そんなことがわからない兵士は一人もいない。
生まれつき差別される運命を背負った彼らの悲哀に思いをはせずにいられるほど、兵士たちは無情ではなかった。
ものを考え、ものを感じ、人の言葉に傷つき、迷い、立ち止まる、どこにでもいるような、『人』でしかなかった。
だから彼らは、自分の意思で兵士をやっている。
己を鍛え上げ、誹謗中傷に耐え、つらい役割を負い、命がけで犯罪者と対面する。
兵士たちがそうしている動機は様々だ。
ただし、これだけは、みな、同じだろう。
兵士たちは、ダリウスを信じていた。
あの男以上にこの街を正しく導ける者はいないと信じている。
生まれた時にはなんにでもなれたはずの彼らは、自分の意思で、ダリウスの兵士となることを選んだのだ。