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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
九章 真白なる夜に
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79話 革命前夜

 準備は慎重に。

 決行は迅速に。


 革命は決定的に。


 勝利は鮮烈に。


「みんな知っていることとは思うけれど、僕たちは、弱くない」


 アジトは街の地下に張り巡らされた下水施設の一部にあった。

 暗く、じめじめして、そして閉塞感のある、穴蔵。


 革命決行をすぐそこに控えた夜だった。


 青年はアジトにいる同胞たちに檄を飛ばす役割を負っている。


 なぜか隣にはアレクサンダーがいて、それは、青年も、また、真白なる夜の構成員たちも、誰も疑問に思わない位置のようだった。


「この穴蔵に閉じこもって震えるだけの日々はもうすぐ終わる。僕らはダリウスとその軍隊を倒して、僕らの力をこの街に示す。それを不可能と思っている者は、ここには一人だっていないだろう」


 青年はかたわらのアレクサンダーを見た。

 アレクサンダーは、肩をすくめてから、仕方なさそうに頭を掻いて、一歩だけ前に出る。


「あんまり煽るようなことは言いたくねーんだよ。だから、俺は、あんたらを萎えさせるようにがんばってみるぜ。……いいか、この革命の先には、なんにもねーぞ。あんたらはダリウスを倒して、軍隊を蹴散らして、そうしてその後、街のトップ(・・・・・)には絶対に(・・・・・)おさまれない(・・・・・・)


 構成員たちは、アレクサンダーを見ている。

 おどろいている者は、誰もいなかった。


「まあ、前々から懸念してた通りだな。世知辛い話さ。あんたらを差別して、あんたらを格下に見てきた連中は、暴力を示したところで、絶対に従わない。むしろ、あんたらに対して一丸となって抵抗する可能性さえある。なにせ、あんたらはたとえ勝利したとしても、『少数派』だ。大多数が、あんたらを差別して生きていて、この街じゃあ、それが当たり前だ。人は数に屈することはあっても、能力に屈することはねーんだ。天才の天敵は愚衆なんだぜ。それをあんたらは知ってるはずだ」


 構成員たちは、アレクサンダーの言葉を待っていた。

 そんなことはわかっている、とばかりに、まっすぐにアレクサンダーを見て、待っていた。


「街に残ろうと思うなら、あとはもう、血みどろの戦いしかない。抵抗勢力を潰して潰して潰して潰して、そのあいだにあんたらも死んで死んで死んで、残りが一人になるまで戦い続けることになる。意味があるとは思えない。やめた方がいい。俺が判断する立場だったら、『やめとけ』と言う。でも」


「でも、そうじゃない」


 青年が言葉を引き継ぐと、アレクサンダーは肩をすくめて、一歩引く。


「僕らには最初から未来なんかなかった」


 生まれた時から状況はどうしようもなく詰んでいて、覆しようがないほどに救いなんかどこにもなかった。


 ただ、白い種族に生まれついてしまっただけで、どれほどのものをなくしてきただろう?

 ただ、白い種族を生ませてしまっただけで、どれほどのものを犠牲にさせてきたのだろう。


 間違っているに決まっていた。


 平等。


 誰を愛してもいいし、誰に愛されてもいい。

 誰にとっても理想のはずのそんな世界は、けれど、来なかった。


 自分が一番下になるのが怖い人たちは、絶対に自分が一番下にはならない構造を支持した。

 そして、その人たちはたくさんいた。

 どうしようもないぐらい、たくさん――多数派、なのだった。


「すべてアレクサンダーの言った通りさ。僕らはダリウスを倒したところで街のトップには立てない。この街でふんばろうと思えば、僕らに上に立たれたくない人たちとの争いで、この海は真っ赤に染まるだろう。だから――僕らは『勝ち逃げ』をする」


 その言い方に、笑いが起こった。


 青年は述べる。


「旅をしよう。僕らの強さを証明して、僕らの優秀さを証明して、僕らに負けたとこの街の連中に思い知らせて、僕らは新しい居場所を目指して、旅をする。こっそりと夜逃げをするんじゃない。僕らはこの街に負けて追い出されるんじゃない。この街に勝って、見逃してやる(・・・・・・)んだよ」


 このつらい街を逃げ出したいと思ったことは、きっと、みんな、あるのだろう。

 青年にはなかった。青年は最初からこの街の側だったから、この街から出るという発想がなかった。


 なら、他の者たちは?


 発想がなかったのかもしれない。

 つらいけれど、出ていくつらさに比べたらきっとここの方がマシだと、そう判断したのかもしれない。


 けれど、どうにもそうじゃないらしいことが、最近、わかってきた。


 アレクサンダーが、水を差す。


「旅暮らしはマジでつらいぞ。普段は仲良く話してる相手と、簡単にギスギスするぞ。食糧の確保は困難だぞ。水の確保も難しいぞ。それは、人数が増えるほど、大変になっていくぞ」


「承知の上だ。対策は立ててある。僕らには魔法があって、それが多くの問題を解決してくれる。僕らの立てた計画が、きっと旅暮らしを快適なものにする」


「『やっぱり、街に残ればよかった』だなんて思っても、もう戻ることはできねーぞ」


「だから後腐れなく出ていけるように、準備をした」


「お前らは」アレクサンダーは、構成員たちを見回した。「後悔するぞ。あとから、絶対に。『(あたま)の気まぐれのせいで安住の地を出て行かざるをえなくなった。あいつのせいだ』って、そこの男を責めたくなるぞ」


 それに応じたのは、もちろん、(あたま)たる青年ではなく、アレクサンダーの言うことならたいていは従うヘンリエッタでもなかった。


 名もなき構成員。

 体は大きくない。頭のめぐりは悪くないが、真白なる種族としては平均的。これといった特技もなく、けれど、他のメンバーに比べれば、少しばかり環境に恵まれて、多少は太る余裕のあった、少年。


 彼は熱に浮かされもせず、かといって冷笑的でもなく、普通に笑って、普通に述べた。


「でも、勝って立ち去るのは、とても気持ちがよさそうだ」


 (あたま)たる青年は笑った。


 アレクサンダーによる『現実の突きつけ』は予想していたより容赦がなくて、とてもじゃないが、気持ちよくノリノリで、勢いで革命に挑むなんていうことはできないほどだった。


 それでも、みんな、ここにいる。

 ここに残って、革命の決行に備えている。


 どうやらみんな――


「うん、結構。どうやら僕らはみんな、一発かまして(・・・・・・)やりたい気持ちがあったらしい」


 逃げるのも負けるのも、イヤだった。

 みんな、誇りがあった。それは驕りかもしれなかった。

『優れた自分たちが、劣っていると思われたままでいるのは、イヤだ』。

『街を出ていくにしても、逃げたと思われるのだけは、絶対に、イヤだ』。


 勝ちたい。


 とにかく人生で一度でも勝利したかった。

 鮮烈に。絶対的に。文句のつけようもなく! 自分たちがいつ思い返しても『あの勝利は気持ちがよかった』と思えるほどの、勝利がほしかった!


 生まれた時から敗北者で。

 虐げられるのが当たり前で。

 正しいことは通らなくて。

 数が少ないというだけでうつむいて生きていかなければならなかった。


 だから、勝ちたい。


 自己満足、上等。

 敗北したまま生きて、みじめに死んでいくより、人生に一度でも、胸をはれる勝利が、ほしい。


「お前らが選んだんなら、部外者の俺から言えることはなんにもねーな」


 肩をすくめて、アレクサンダーは笑う。

 歯を剥き出しにした、どこか凶暴性を感じさせる、悪役そのものといった笑みで、


「さあ、冒険だ。気持ちよく勝って、新しい世界に旅立とう。露払いは俺がやる」

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