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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
九章 真白なる夜に
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78話 不死身の男

「まさか、僕が『きっかけ』になるとはね」


 組織はいよいよ決定した『ダリウスを打ち破る』という目標に対して邁進(まいしん)を始めた。


 勝利条件が三段階に分けて立案された。

 敗北条件が整理され、敗北後の行動が相談された。


 戦略が決められた。

 戦術をみなが練り始めた。


 青年は、動き回り、激論をかわす『真白なる夜』の同胞たちをながめている。


 アジトがこれほどやかましく(・・・・・)なるのは、あの『過激派』がいた時以来ではなかろうか?

 まさか自分の管理下で、それも自分のきっかけで、これほど組織が熱気を帯びる日が来るとは、考えてもみなかった。


 青年にはたしかに、たまに気まぐれが起きる。

 けれどそれは、そう大きなことを起こすような気まぐれではなかった。


 無意識に、リスクマネジメントをしてしまう。


 あまり大きなコストのかかりそうなことを、青年は好まないのだった。

 自分が気まぐれでなにかをしでかしてしまっても、それはのちのち、あるべき場所にきちんと収束するようなことにしかすぎない。

 ただ、道行きが変わるだけで、未来は変わらない。

 そういうのが、青年の起こす気まぐれだった。


 けれど、この気まぐれは、未来が変わる。


 あるいは、どうしようもない『打倒ダリウス』の潮流を感じ、その波に乗っただけなのだろうか?

 本当に組織内でわいている『打倒ダリウス』の流れは止め得ないものだったのか?


 ……絶対に違う、と断言できた。


 青年はこの流れの止め方を、ごくごく初期のころに三つは思いついていた。

 そのうち最有力でもっとも簡単なのは、『アレクサンダーたちが街を出ていくのを待つ』ということだ。


 魔法、武器。これらも組織の構成員をその気(・・・)にさせる重大な要素だが、それ以上に組織の者たちに勝利を予感させるのは、やはり、アレクサンダーたちが味方につくという、そこなのだ。


 だから、彼らが街を出ていくまで待てばいい。


 アレクサンダー、イーリィ、サロモン、ダヴィッドという戦力が失われれば、みなも多少は冷静になるだろう。


 けれど青年はその道を選ばなかった。


 それは、青年自身が、ダリウスとの対決を望んでいたから、なのだろう。


 テーブルについて、にこにこと、組織の構成員を見つめながら……

 青年は、対面で座ってぼんやりしているアレクサンダーに、声をかけた。


「アレクサンダー、僕はね、とある妄想が頭によぎることがあるんだ」


「ん? それは俺に関係ある?」


「うん。その妄想というのが、まあひどい陰謀論で、疑心暗鬼のかたまりみたいなものなんだけれど、そういったものだけに、もしも、本当だったらおそろしいなと、そう思わせるに足るものなんだよ」


「へえ。どんな?」


「君が、なんらかの目的をもって、僕らにダリウスを倒させようと扇動している、という妄想さ」


「……」


「だって君の言動は、あきらかにそちらを向きすぎているからね。だから組織の(あたま)としては、そういったことも少し考えてみなければならない」


「……なるほどな。で、考えた結果、どう思った?」


「ないな!」


 青年ははしゃぐように笑って、


「君はもっと最悪(・・・・・)な男だと、僕は思っているんだよ。君にはこの街で成し遂げたいことは、本当になんにもない。仲間探しというのはあったけれど、それは終わっているしね」


「そうだな」


「君が僕らの味方みたいなポジションについたのも、ひどい奇跡か偶然にしかすぎない。君はノリに任せてここまで来て、ノリに任せてここにいる」


「……そうだな」


「君はね、よかれと思ってやったことが、偶然、事態を大きくしてしまう天運の中にいて、その性質を、自身では迷惑に思っているぐらいなんだ。違うかい?」


「そうだな! いや、わかってるじゃねーか! 言われてみたら俺、完全にそうだわ! 疫病神かなにか?」


「君はつくづく、僕にとっての不幸の使者だった。迷惑な男だよ、アレクサンダー。むかつくやつだよ、アレクサンダー。僕は、君を嫌わないといけない。ダリウス退治に向けて行動していなければ、ここで殺してあげた方が、世界のためになるんじゃないかとさえ思っているぐらいだ」


「さわやかな笑顔浮かべながらすげーこと言うな! 俺もけっこう傷つきやすい純真な心を持ってるんだぜ?」


「あっはっは。……不思議なことを言うけれど、いいかい?」


「なんだよ。今さらためらうような発言かよ。マジでこえーわ。言えよ」


「僕は君のことを嫌うべきなんだけど、君には嫌われたくないんだよ」


「クッソ理不尽で笑う」


「なんだろうね。とても不思議だ。僕は自分の抱いている気持ちに戸惑っている。君はいろいろおかしなことを知っているようだけれど、こういう気持ちに心当たりはないかい?」


「さてな。俺はなんでも知ってるわけじゃねーんだ。ただ、お前がどんなに俺を嫌っても、俺がお前を嫌うことはなさそうだ。なんつーかさ、俺は――そういうおかしなヤツのことが、好きらしい。あきらかに浮いてる(・・・・)ヤツを見ると、声をかけずにはいられないらしいんだ」


「……」


「最初は一人旅のはずだったんだけどな。俺のどうしようもねー悪癖のせいで、気付けば五人パーティよ。……まあ、最初の二人にかんしては他にどうしようもなかったっつー感じだけどさ。サロモンとダヴィッドは完全に俺の趣味だな!」


「君、たぶん、行く先々でこんなことしてるだろう?」


「こんなこと?」


「僕らをこうして煽ったように、その向こう見ずな性分と、大きすぎる影響力と、後先考えない行動力で、いろんな世界を変えてきたんじゃないかい?」


「んー……あー……まあその、心当たりは、ないでもない」


「いつか、揺り戻し(・・・・)が来るよ」


「……」


「なにかを変えてしまったならば、その代償は必ず降りかかる。かわいそうにな、アレクサンダー。君は未来におとずれるその代償に、必ず苦しめられる。死ねない君は、死を選ぶことさえできない。きっと、がんじがらめで、不自由で、ひどい末路が君を待つ」


「こわいこと言うなよ」


「まあ、聞きなよ。そんな時だ。君が死にたくて死にたくて、でも、死ねない、そんな時だよ。君の首を刎ねてあげられる人材がいたら、素敵だとは思わないかい?」


「……ひょっとして俺、アピールされてる?」


「そうだね。僕は、苦しむ君の首を刎ねてあげたいと思っている。そのために、君の行く先々についていきたいと、それがどうやら、僕の心に起こった欲求のようだ」


「苦しむことは確定なのかよ」


「苦しんでいる人を知っている」


「……」


「だから、首を刎ねてあげるのさ。……ああ、うん、たぶんそれが、すべての動機なんだろうな。僕はねアレクサンダー、つらそうな人を見ると救ってあげたくなる性分のようだ。でも、僕にできることは、殺せそうな()の箇所に刃物を突き立てるだけで、それ以外の救い方はできない」


「でも、お前の目にも、俺は殺せそうに見えないんだろ?」


「うん、だから、同じ色をした男を、うまく殺してみせる。それで、君に証明しよう。僕は――殺せない男さえ、殺せるということを」


 人は寿命で死ぬ。

 人は病気で死ぬ。


 けれど、生物の弱点を見抜く目を持った青年は、『不死身』が実在することを知っている。

 いつか死ぬのは当たり前で、けれど、今、絶対に殺せない色をした生き物は、彼の認知範囲には存在するのだ。


 だから、青年は宣言した。


「不死身の男を殺してみせよう。いずれこの切っ先が君にもとどくのだと、ダリウスを殺して証明するよ」

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