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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
一章 アレクサンダーと森の奥地の恵み
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7話 聖女/お人形

 勝てる準備を整えていどんだので、勝った。


 リアリスティックな話だった。救いなんかなにもない。死ぬ予定だった子供たちは、死なないだけの苦境を超えたから、生還へのキップをつかんだ。


 奇跡があったとすればアレクサンダーの肉体と魂だろう。

 アレクサンダーの体に出現した誰かは、刺されてもかき混ぜられても死なない体を得ていた。だから死なずにタンク役を続けられた。


 興奮とか火事場の馬鹿力とかそういう要素も大きかったんだろう。


 だからトレントを倒したあと、子供たちが続々と倒れた。


 もうとっくに限界だったのだ。

 空腹と寒さは彼らの活力を限界ギリギリまで奪っていた。狼もどきどもを倒しているあいだにも子供たちは倒れそうだったけれど、それでも、気力で耐え抜いた。


 その気力を支えていたのが『このあとに控えるボス』という緊張だった。

 それが取り除かれたら倒れるのは必然で、いきなりバタリと倒れ、どんどん衰弱していく子供たちを前に、アレクサンダーはしばらく呆然とした。


 そうか、とっくに限界だったのか、と気づいたのはたっぷり数分を無駄にしたあとだった。


 助けたいと思った。

 愛着がある。信頼がある。

 ともに目標に向け努力して達成した彼らはとっくに『仲間』だった。労せず安寧だけつかもうという、わがままなモブではない。戦友なのである。その命を救いたいと思うのは当然だった。


 どうしたら彼らを助けられるかを考えなければならない。


 この世界には魔法はあってもショボくて、きっとおそらく奇跡はない。神様に祈って解決するような物事は、一つだって――


「……『聖女』!」


 アレクサンダーはその存在を思い出した。


 どのようなケガも病気もたちどころに治してしまう存在だ。

 それがどの程度の権能なのかはわからないが、少なくとも、聖女の視界内におさめることができれば、このまま死ぬことはないだろうと思われた。


 村人たちが飲み食いをして、眠り、暖をとる生活をしているのだから、栄養失調や脱水症状や凍死への対策は必要なのだろう。

 けれど、聖女が子供たちを死の淵にとどめているあいだに、温かくして栄養を与えれば、きっとどうにかなるだろうと思った。実際はならないとしても、今は『なる』と決めつけて行動を開始する。


 そうなると問題は『ここに聖女がいないこと』だった。


 アレクサンダーの記憶だと、聖女の権能がおよぶのは『彼女の視界内』だった。

 視界に収めるとたちどころにどのような不調も治してしまう、というのは、視界にいなければその御利益はいただけないということだ。


 聖女は村の中、神殿の一室、花の香りがする部屋にいる。


 ここは森の奥だ。視界が通るはずもない。


 倒れ伏す五人の子供たちを聖女のもとに連れていけるか?

 だめだろう。この空間と村のあいだには雪深い森がある。そんな場所に連れだして無事にすむ状態とも思えなかった。

 そもそも、アレクサンダーでは、腕力ではなく体のサイズの問題で、五人の子供たちをかついで村に戻ることができない。縄などをつけて引きずるのはあまりにも論外だ。木立に体をぶつけてそれがトドメになりかねない。そもそも縄もない。


 ならば聖女をこちらに連れてくればいい。


 助けを求めるか? 偶然このあたりを通りかかる奇跡に頼るか?


 いや、誘拐だ。それ以外にない。


 口減らしに出されたうちの一人が戻ってきて『仲間を治療してほしい』と言ったところで聞き入れられるわけがない。

 森の奥で恵みを見つけたんです、と訴えても嘘だと思われるのがオチだろう。


 ここにある資源のいくらかを持っていけば多少は信憑性が増すかもしれないが、資源の総量がわからない状態で村が――代行者が六人もの人間を村に戻すかどうかがわからない。

 最悪、資源を持ち帰ったアレクサンダーだけを村に戻し、他の五人は『彼らは神のみもとに旅立ちました』とかなんとか言ってあの世に送り出す展開も考えられた。


 決断したので足を動かす。

 仲間たちはここに残していく他にない。

 この状態の少年たちがモンスターに襲われたら完全にアウトだけれど、さすがにそこまではケアできない。みんなの運勢を信じるしかなかった。


 アレクサンダーの体はおどろくべき速度で雪深い森を駆け抜けていく。


 森と村は近い。それでも、けっこうな距離がある。

 全速力で行くしかないだろう。なに、心配はない。多くのゲームはマップ移動では疲れないし、走って疲れるゲームでもしばらく呼吸を整えればスタミナゲージが全快する。


 狼もどきどもの視線を受け、森を駆け抜ける。


 十分も駆け抜けただろうか。あるいはもっと短い時間かもしれない。


 村が見えた。


 見張り番はなく、木の壁に囲まれたその村は完全に門を閉ざしていた。

 いちいち開門を呼びかけるのももどかしく、壁を跳んで越える。

 一足飛びで越えることはかなわなかったけれど、木材と木材のスキマに指を差し込んでよじのぼる。腕力も敏捷もずいぶん鍛えられていたらしく、すいすいと垂直な壁をのぼることができた。


 村の敷地内に降り立てば、雪をかぶった土の地面が柔らかく出迎えてくれる。


 雪雲のすきまから差し込む日を見るに、時刻はどうにも昼ごろのようだった。トレント退治は長引いてしまったらしい。

 つまり子供たちはほぼ二日ほど飲まず食わずで戦い続けたのだ。そりゃあ疲れてぶっ倒れるわ、と改めて自分が人から外れた機能を持っていることを自覚した。


「アレク――」


 すれ違う人はきっと知り合いだったのだろう。おどろいたような顔でこちらを見ていた。

 話している余裕はない。雪がしんしんと降り積もり、人の全然いない村広場を抜けて、聖女の住まう神殿へとたどりついた。


 それは立派な木造の建物で、もともとは村長の自宅兼モンスターに壁が破られた時の要塞という役割を持つものだった。

 地下には武器と食料の備蓄があるはずで、それは『税』という名前でさえないものの、ほとんど税として村人から取り立てているものだった。


 要塞のようなものとはいえ、今は壁も破られていないから、神殿は閉ざされていない。


 中に入る。木製の綺麗な廊下が続いている。

 体に残っている記憶を頼りに進んでいくと、次第に花の香りが濃くなってきた。


 聖女は花の香りのする小部屋にいる。


 アレクサンダーが今使っている体の持ち主はその小部屋を『神聖だ』と感じていたようだが、あいにく今のアレクサンダーにそんな素敵なセンスはない。


 その小部屋は綺麗な座敷牢だった。


 扉にある小窓のみで外界と接する座敷牢。

 一歳年下であるはずの聖女は小窓越しに視線を交わすだけで、その姿を外界にさらしたことはない。


 たどりついた聖女の部屋の前で、アレクサンダーはやや固まる。


 ノックするか、声をかけるか。

 そんなことを考えてしまったことに笑って、扉を蹴り開けた。


「ついてこい」


 中を確認する前に告げた。


 室内へ視線を向ければ、そこは文机といろりと、木製の寝台だけがある狭い部屋だった。


 文机の前に座って――文机と思ったが、この村には紙も文字もなかったので、別な用途の台なのかもしれない――侵入者を見ているのが、この部屋の主だろう。


 ぼんやりした表情の子供だった。


 十二歳のアレクサンダーよりも一歳下だという記憶があるが、もう少し幼いように見える。

 布をたっぷり使った豪華な(布自体が貴重なので、布の使用量の多さがそのまま、まとう者の高貴さをあらわす)服を着た、桃色の髪の女の子だった。

 髪と同じ色の瞳でアレクサンダーを見ているのだけれど、どこか焦点が合っていないような感じで、アレクサンダーを見ているのか、その背後に普通の人は見えないものがあってそれを見ているのか、わからない。


 言葉がわからないということはないはずなのだけれど、その子供は全然なんにも反応しなかった。

 アレクサンダーは時間がないのでその子の腕をとって立ち上がらせる。

 なんの抵抗もせずに立ち上がり、その子は首をかしげた。


「治療ですか? でしたら、外から小窓で……」


「小窓からじゃ見えねーんだよ。いいから来い」


「部屋からは出られません」


「なんで」


「出られませんから」


 らちが明かない。


 アレクサンダーはそのまま聖女を引っ張って部屋を出た。

 いちおう魔法のある世界なので神様の不思議パワーで出られない可能性も考慮していたが、そんなことは全然なくって、普通に神殿の外に出ることができた。


 外に出たら、誰かがいた。


「アレクサンダー! イーリィをどうするつもりだ!」


 それは禿頭の大男だった。

 がっしりした体つきをしている。年齢は三十歳かそこらだろうか。二十代だとしても通じるような若々しさがあった。


 さっき村ですれ違った人だなあ、と思って観察して、大男の瞳が桃色なのを発見して、ようやくその正体を思い出した。


 代行者だ。


 つまり、聖女の父親だ。


「悪い、ちゃんと返すからちょっと貸して」


 誘拐のつもりだったが、対面しちゃったのでいちおう断っておく。


 許されるはずがなかった。


 禿頭の大男は怒気で気配をふくれあがらせて、アレクサンダーをにらみつける。超こわい。さっき戦ったトレントよりもよほど強い圧を感じる。


 仲間が命の危機なんですと告白したら許してくれそうな感じがもしあれば説得してもよかったのだが、そんな感じはまったくなかったので、聖女イーリィを抱き上げると、アレクサンダーは再び全力疾走を開始した。


「あ、壁どうやって越えよう」


 村を守る壁は、今のアレクサンダーの脚力では一足で飛べない。

 イーリィを抱えたままではよじのぼることもできない。


 しょうがないので、体当たりでぶち破った。


 腕の中のイーリィが悶絶している。なんか当たったか、それとも衝撃か、もしくは舌を噛んだか。なんにせよ「自分に治癒をかけろ」とだけアドバイスした。

 あと、「口を開くと舌を噛むぞ」と付け加えた。しばらく走ってから「寒いから気をつけろ」と思い出したように言って、最後に「間違って落としたら死ぬから首に腕まわして、しっかりつかまってろ」と忠告する。


 イーリィはその通りにした。


 痛がったり悶絶したりという反応はするのだが、どうにも自分の意思というのが薄いように感じる。人形でも扱っているみたいだ。

 顔立ちが綺麗なだけに、無表情だと余計に人形感がある。


 雪深い森の中を駆け抜けていく。

 目的地はすぐそこで、腕の中の聖女は寒さに震えつつも、とりあえず無事なようだった。

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