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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
八章 ダリウスと六人の仲間たち
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73話 盤石なる街を

 それからのダリウスはといえば、統治のための装置になったかのようだった。


 たった一人ですべてを決めた。


 禁止事項を容赦なく増やした。


 すべてを管理し、管理から漏れる者を処断した。


 それはかつて真白なる種族がやっていたような支配だった。


 今は大多数が住み良いと感じているから、なにもない。

 エルフの男が遺した政策は、最初からダリウス用にあつらえられていた。禁止事項を増やしても、それに倍するほどの自由を民に錯覚させたのだ。


 なによりダリウスは絶対的な強者として人々の心に刻まれていた。


『最後に残った自分以外の区画長を殺し、すべての区画を支配下においた男』


 それがダリウスの評判だった。

 ……この不器用な男は、友の最期の願いをそうやって叶えたのだ。


 政治の重責や絶望から死ぬのではなく――名もなきあまたの民に殺されたのではなく。

 自分が殺した。

 自分が殺して、区画を奪った。


 その事実をダリウスははっきりと民に向けて語った。


 もちろん、民のあいだでは『ダリウスは欲深い』『他の区画長の死もダリウスの仕業なのではないか』『支配者たちのあいだで内乱があったのだ』などと、おもしろ(・・・・)おかしく(・・・・)騒ぎ立てられた。


 ダリウスは反論をしなかったし、無責任に騒ぎ立てる大衆を粛清もしなかった。

 なぜなら、『区画長を悪く言うのを禁じる』という法がないからだ。


 それは杓子定規、というより、不器用な性質をもっていたからでもあっただろう。


 けれどそういった些末(さまつ)ごとに対応している時間が、そもそも、なかったのだ。


 たまっていくタスクを処理することに明け暮れる人生だ。

 まだ幼い実子と、そろそろ成長してきた真っ白い子供、そして伴侶との時間も確保せねばならない。


 特に白い息子の優秀さはおどろかされるばかりで、彼が人種の問題で表立って働くことができないのは、ダリウスにとって非常に悔しいことだった。


 今さら表に出すわけにもいかないのは、よくわかっている。


 真白なる種族への差別は年々ひどくなるばかりだった。

 あの美しく有能な種族を支配下における喜びは、旧支配者たちの時代を知らない者にさえ、魅力的だったようだ。


 ――我々は、生まれつき優れているものが、大嫌いだ。


 才能が憎い。地位が憎い。既得権益が憎い。

 けれど、そこには努力があり、苦労があるのだ。

 才能を持ちつつ向上していくための熱意。地位に応じて増える責任を背負いきる努力。既得権益だなんだというが、それを守るためにどれほどの汗を流せばいいのか、想像さえできないはずがないだろう。


 でも、考えたくなんか、ない。


 ――立場なりの苦労? 才覚ゆえの努力? そんなものは知らないし、知りたくもない。

 ――ただただ、この優れて美しい連中が永遠に上に行けず、無能で浅慮で努力を惜しむ自分たちの下に封じ込められているという、胸のすくような現状を精一杯楽しめたらそれでいい。


 ――自分より上にいる者は、みな、運と生まれに恵まれただけだ。

 ――努力は嫌いだし、苦労などしたくもない。けれど優越感は覚えたい。いや、自分だって運さえあれば、きっと、なにかすごいもの(・・・・・・・・)になれるに決まっている。


 でも、現実は、そう、うまくいかない。

 だから、美しく、優れた彼らをいじめ、いびり、踏みつけることで、我慢する。


 そんな、今の、この世界。


 ……こんな世界を望んだことなんか、なかった。


 ただ幸せになりたかっただけだ。

 ただ、日のあたる地上で生きていきたかっただけだ。


 もちろん真白なる種族たちの支配には気に入らないところが多々あった。

『真白なる種族に生まれただけで、調子にのりやがって』という若い考えを抱いたことはないわけがない。


 でも。

 真白なる種族に生まれただけで、死んでほしいとか、不自由になってほしいだなんて、そこまでは、若いあの日でさえ、思わなかった。


 けれど、差別政策はうまくいっている。

 支配者になって初めて『最底辺』を意図的に作ることの便利さを知った。

 上へ逆らいたくなるほどの不満をためこませないためには、いじめがいのある弱者がいるべきなのだった。


 比喩でもなんでもなく、最底辺が人々の重さを支えて、今の街がある。


 もう、どうにもならなかった。


 一度、すべてが壊れない限り、この街はずっと、このままだろう。


 そして、街を壊さずに維持することは、ダリウスの使命だった。仲間たちから負わされた、人生を費やすべき目標なのだ。


 だから。


「君には、街にはびこる『真白なる種族』をまとめあげてほしい」


 成長し、屈強になった息子に、頼んだ。


「被差別種族である彼らが、反逆をせぬよう、そして、差別によって減りすぎないよう、その数を一定に維持してほしいのだ」


 それは為政者として当然配慮すべきことだった。

 被差別種族は絶滅しては意味がない。

 たとえば真白なる種族を産んだ親が、全員、生まれた我が子が被差別種族だからと殺してしまっては、絶えてしまう。

 最底辺は、最底辺のまま、数を維持してもらわねば困る。


 反逆も困る。

 当然だ。為政者として今の政局がひっくり返るなどということを認められるわけがない。

 配慮はしていても、真白なる種族の優秀さをダリウスは肌で知っている。それらが力をつけすぎないようコントロールするための人材が不要なはずがない。


 息子にやらせるというのも、至極必然と言えた。


 そろそろ大人と呼んで差し障りない息子を、ただ館の中に閉じ込めて養っているだけというのは、あまりにももったいない。

 この息子は優秀だけれど、残念なことに真白なる種族だ。政治にかかわらせることはできない。

 と、なれば彼の能力を活かし、彼との関係性を活かすためにふさわしい職分はなにかと考え、たどりついた結論が『真白なる種族の管理』だった。


 この上ないほどの適任だろう。


「拝命します。僕の力で、この街の『真白なる種族』を適度に生かし、適度に夢を見せ、適度に操作し、適度な数を維持していきましょう」


 息子が役割を負ってくれたことに対して、ダリウスは安堵した。


 常ににこやかな表情を浮かべる息子は、あいかわらず、なにを感じ、なにを考えているのかわからなかった。

 けれどこの子ならきっと、あらゆることをうまくやるだろうなと、そう思った。

八章 ダリウスと六人の仲間たち 終

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