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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
八章 ダリウスと六人の仲間たち
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70話 慌ただしい毎日/こんなはずではなかった、愛の結晶

 もう三十を超えていた女は、出産の時に死んでしまった。


 エルフの男のもとには真っ白い我が子と、祝福のために集まっていた仲間たちのなんとも言えない視線だけが残った。


 エルフの男はしばし呆然としていたが、ハッとしたように部屋に戻ると、なぜか、ひとふりの剣を持って戻り――


 まずは、産婆を殺した。


 次にその刃が生まれたばかりの赤子へと切っ先を向けた時、そこにいたダリウスがようやく我を取り戻し、エルフの男の刃を止めた。


「正気か!? お前とあいつの子だぞ!」


「どけ! ダリウス! 殺さねばならぬのだ! 我が(たね)とあいつの(はら)から旧支配種族(シロ)が生まれたなどと、誰にも知られてはならぬ!」


 ほかの区画長たちもその場にいたけれど、誰も、二人のやりとりに混じることはできなかった。

 覚悟と信念、現在と過去、為政者としての自分とただの人としての自分。さまざまなものにがんじがらめにされて、まったく動けなかった。


 動けたのは、ただ二人だけ。


 エルフの男と、ダリウスだけだった。


「生まれてしまった子に罪などあるものか! 生まれた種族だけで生きる資格さえ許されないなど、あっていいはずがない!」


「示しがつかぬのだ! 我らの富、我らの自由、我らの権力! すべて、真白なる種族を追い落として得たものだ! その我らが真白なる種族を子として得たなど、ありえてはならない! そんなことを民に知られてはならない! それともお前は、民がお前と同じように寛大だと思うのか、ダリウス!」


「どうしてお前は、そんなにも、人を信じない!?」


「なぜ、お前は、そんなにも『人』を信じる!?」


 お互いに、お互いのことが、理解できなかった。


 ……かつて、肩を並べて支配者に抗った時代があった。

 革命をなしとげ、自由を手にする戦いをともに生き抜いた仲間たち。


 みな平等で、みな大事な仲間だけれど……

 その中で背中を任せられる相手は誰かといえば、エルフの男は迷いなくダリウスを選んだし、ダリウスは言葉にせずともエルフの男に背をあずけただろう。


 理解しあえた仲間がいた。

 その仲間のことが、今はもう、わからない。


「この子は、俺の子ということにする」


 ダリウスはそう述べた。


 エルフの男の動きが止まったので、ダリウスは続けた。


「俺が、俺の女に産ませた子だ。俺の胤でできた子だ。あいつではない胎から生まれた子だ。だから、殺さないでくれ。あの子は、俺が育てる」


「…………よかろう」


「……」


「ただし、決して表に出すなよ。お前は自覚がないようだが、我ら為政者の中に真白なる種族が生まれたというだけで、民はそこをつつく(・・・)ぞ。支配の資質を問うぞ。我が子だけ特別扱いするのかと騒ぎ立てるぞ。連中はな、君臨するものが大嫌いなのだ。我らの苦労を知らぬやつらはな、我らの傷口を引っ掻く機会をいつだって狙っているのだ」


「……お前の意見に従おう。もう、俺には判断がつかない」


「それでいい。そうしてお前も、何年かしたあとに気づくはずだ。『あの時に殺しておけばよかった』と。いや、『すぐにでも殺すべきだ』と」


 こうして、ダリウスには子ができた。


 その子供はダリウスの血縁者として育てられることになったが――


 一つ、誤算があった。


 生まれたばかりの子が、今の会話をしっかり記憶していた。


 真白なる種族の中でも特に優秀な存在であったその子は、生まれた時点からいっさい損なうことなく記憶を保持できた。


 だから彼はダリウスが育ての親でしかないと知っていたし――

 ダリウスや実の父は、いずれ、自分を殺そうとするものなのだと、覚えてしまった。

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