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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
八章 ダリウスと六人の仲間たち
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69話 慌ただしい毎日/幸せになってもいいはずの自分たち

『真白なる種族』について調べれば調べるほど、奇妙な感触があった。


 みな、まともに答えようとしないのだ。


 特におかしなことを聞いているわけでもない。

『真っ白い種族をどこかで見なかったか』――ダリウスはそのように聞いたし、ダリウスが仕事をさせている連中も、同じような聞き方をしているはずだ。


 だというのに、ある者はヘラヘラ笑うばかりでまともな答えをよこさず、またある者は不自然なほど急激に話を切り上げる。


 そこには確実に『答えたくない真実』があった。


 仕事合間の休憩時間を使っての、気軽な捜索のはずだった。

 けれどここに根深い問題を感じたダリウスは、信頼できる者をみつくろい、市井に混じるようにして秘密裏に『真白なる種族』について探らせざるを得なかった。


 後回しにしてもいい問題だと、理屈ではそう導き出される。

 けれど、早く手をつけないといけない問題だと、心がやけに焦りを感じている。


 そして答えを知った時、ダリウスは『すでに遅かった』ことを知った。


『真白なる種族』は差別されていた。


 ここはあらゆる種族が平等に過ごせる場所のはずだった。


 というよりも、平等になるだろうと思っていた。


 政策によって差別を助長したことはない。そして、政策により平等を強いたこともない。

 普通に過ごせば、それは、平等になるだろうと思っていたのだ。人間も獣人もエルフもドワーフも、真白なる種族だって、みな、平等になるはずだと思っていたのだ。


 でも、違ったらしい。


 真白なる種族は過剰な労働を強いられたり、過酷な環境を強いられたりしていた。

 口に出すのもおぞましい『趣味』のために飼われているというケースも見られた。


 どうしてそんなことをするのかわからなかったが、これは放置できる問題ではないと感じた。

 ダリウスは今でこそ冷静で動揺しない鋼の男と見られていたけれど、もともとは直情型ですぐ熱くなる性分の持ち主だ。

 勢いこんで区画長たちを集め、真白なる種族たちの苦境についてうったえた。

 このようなひどい問題、かつてともに戦った仲間たちなら放置しないだろうと思っていたのだ。


 だって、今の真白なる種族は、かつての自分たちのようじゃないか。

 穴蔵に閉じ込められ、地上に出ることを許されず、命がけの毎日を強要されていた自分たちそのものじゃないか。


 だから――


「だから、なんだ?」


 ……一番の親友だと思っていたエルフの男が、もう十年近く前の、あの革命の夜と同じ若さの容貌のまま、あのころとは全然違う、死んだ瞳で、述べた。


 ダリウスは会議場に集まった者たちを見回した。


 みんな、疲れ果てていた。

 真白なる種族の話題が始まったとたん、目から生気が失われ、触れるのもいやだというように、顔を背けた。

 ダリウスはテーブルを叩いて叫ぶ。


「おかしいとは思わないのか!? 許されると思っているのか!? 俺たちが命懸けで戦ったのは、こんなことを許すためではないだろう!?」


「冷静になれ、ダリウス。私たちが命懸けで戦ったのは、こんな世界のためだ」


 信じられないことが述べられた。

 エルフの男は、淡々と続けた。


「真白なる種族の現在について、気づいていないわけではない。みな、知っている。だが、文明はもたらされた。苦労をした私たちは富を手に入れた。私と彼女のあいだには子もでき、そろそろ、生まれようとしている。……命懸けで戦ったかいがあった。私たちはもう、幸せになっていい」


「それでも……」


「ダリウス、頼むから、もうやめてくれ」


「……なにを、だ」


「誰かのために、私たちの幸福を後回しにするのは、やめてくれ」


 疲れ果てたエルフの男は、ダリウスを見ず、テーブルに視線を落としたまま続ける。


「新しい問題はもうたくさんだ。どうして『なにもわからない、苦労も知らない、命も懸けていない馬鹿ども』のために私たちが人生を棒に振らなければならない? いいじゃないか。真白なる種族が差別されることでうまくいっているところもある。民の憎悪があちらに向いているから、我々はなにをしても恨まれない。ちょうどいい敵意の向けどころとして、旧支配種族(シロ)どもは役立ってくれている」


「お前、本気か?」


「ダリウスこそ、本気か? 真白なる種族の差別、酷使、被虐を止めさせることでなにが起こるのか、予想もつかないのか? かつて私たちがそうだったように、いじめどころ(・・・・・・)は為政に必要なのだと、その歳になっても理解できないのか?」


「それでは、やっていることが、あの旧支配者たちと一緒じゃないか!」


「それで何が悪い」


「…………」


「いや、一緒ではないさ。私たちは、もっとうまくやる。連中のようなミスは犯さない。我らのような革命者は、二度と現れない。この支配は盤石で永遠だ」


「……どうしてだ? お前は本当にそんなことを望んでいるのか? お前は……お前たちは、もっと、自由で平等な世界を望んでいたのではないのか?」


「ダリウス、繰り返すが、これが私たちの望んだ世界だよ。私たちはただ――『正しい自分たちが報われたい』と思って行動していただけなんだ」


「……」


「ちょうどいい。集まったので、一つ、法を増やそう。『真白なる種族を人扱いすることを禁じる』。みなの意見を聞きたい。反対はあるかな?」


 ダリウスは反対をした。


 でも、他のみなは、反対しなかった。


「決定だ、ダリウス。……私たちはな、もっと、自分の幸福を謳歌したいんだ。お前もそうしろ。お前だって、もう、幸せになっていい」


 それは心底からの善意だった。

 いまだに使命感と責任感にかられて空回りする仲間に、『休め』と言いながらそっと肩を叩くような、そんな優しさだった。


 けれど、ダリウスはたった一人、会議場で、呆然としていた。


 その後、新しい法は広く受け入れられ、現政権の人気は上がった。


 みなが幸せになったのだ。ダリウス一人と、真白なる種族を除いて。


 その無謬(むびゅう)の幸福は、しばらく続いて、唐突に終わった。


 エルフの男と、革命の同士の中で、最年長だった女の子供が、いよいよ、生まれた。


 生まれたその子は、白かった。


 ――多忙は心身を疲弊させ、正常な判断力と知力を奪う。


 誰にだって、自分の先行きには幸福が無造作に転がっているのだと思い込みたい気持ちはある。その気持ちは疲労により判断の機会を失われ、まるで必ず来るはずの決定事項として思いこまれることは珍しくない。


『苦労したのだから、報われていい』。

 それは、全人類が思うことだった。


 だから、わからなかったはずがないのに、忙しすぎる日々が彼らに失念させた。


 真白なる種族は、異なるふたつの種族同士のあいだに、たまに生まれる。


 ならば、自分たちのところに生まれる可能性もある。


 これはようするに、そういう、ありえる確率を見落としただけの、単純なミスだった。

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