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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
八章 ダリウスと六人の仲間たち
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68話 慌ただしい毎日/あの日解決したはずのモノ

 その後の集落の発展は実に異常な速度だった。


 潮の香りがする枯れた平原は、いつの間にかモンスター除けの石壁で囲まれ、石の家屋が立ち並ぶ港町へと変化した。

 漁業がさかんになり食べるものに困らなくなった。

 少し離れた土地では農耕も始まったし、それは嘘みたいにうまくいった。


 街はいくらかの区画に分けられ、ダリウスと六人の仲間たちはそれぞれ、区画長として担当地区を治める立場となった。


 最初、その区画には滞在していい人種の制限はなかった。


 けれど、区画の長と同じ人種だと居心地がいいらしい。ダリウスの治める区画にはいわゆる『人間族』が集ったし、長耳(エルフ)の青年のところにはエルフ族が、太短(ドワーフ)の少女のところにはドワーフ族が、獣人の少女のところには獣人族が集った。


 最初、区画は七つあった。


 けれど、区画長の一人であり、ともに革命を成し遂げた同志の一人が死んでしまった。

 七人の中では二番目に年長の青年だった。


 その青年は同じ人間族であるダリウスに自分の区画の管理を託し、亡くなった。

 反対する者はいなかった。

 みな、それほど『自分の治める区画の広さ』を重要視していなかった。

 それに、『区画長と同じ種族のほうが居心地がいい』という様子は知っていたから、人間族の区画は人間族が引き継ぐのがいいだろうという暗黙の了解もあったのだ。


 反対意見が出なかったのには、彼らが忙殺されていたのも大きいだろう。


 本当に忙しかったのだ。

 迷宮の壁に刻まれた傷跡――先史文明の文字と、それにより記された技術による街の発展は、彼らの思惑すら軽々と飛び越えた速度だった。


 どこから噂を聞きつけるのか人口は爆発的に増え、人口増加にともなう種々の問題がひっきりなしに起こった。

 彼らはそれを解決するために奔走し続けるしかなく、また、問題の多くは、革命を成し遂げた彼らにはまったく意味のわからないものだった。


 愚かさから生じる問題。


 人の頭というのはまったく理路整然としてはいないものだった。

 道理というものが通ることは少なく、真相よりも『納得』だの『気持ち』だのが優先された。

 また、街を大きくするために――一度人口を受け入れてしまうとそのために街を大きくする必要にかられ、街を大きくするためには人手が必要になり、そのためにまた人口が増えるという循環の中にあった――人口流入を止めないことにより、様々な思想や宗教が流れ込み、それもまた、問題を複雑に、そして大きく、あるいは血生臭くしていった。


 先史文明の文字は本当にいろいろなことを記していたけれど、こういった人口増加にともなう問題の発生については記していないか、まだ、その記してある箇所を解読できていない状態だった。


 あるいは先史文明もまた、人口増加により滅んだのかもしれない。だから記述がないのだ――冷静なエルフの男がそんな考察を落として、顔を合わせた革命の同士たちは暗い顔になった。


 統治は思考を止めてはならない日々の連続で、様々な問題が彼らの肩にのしかかり、彼らは疲れ果てていた。

 だから、彼らの思考が楽な方に流れ出したのは、自然なことだった。


「宗教を禁じよう」


 この街で暮らす者に条件をつけることにした。


 人々のあいだに起こる問題を解決するのに、宗教を持ち出されると面倒でかなわない。だから、禁じる。この街に入るなら手放してもらう。


 ……この決定がされた数十年後、ある巡礼団が「宗教? 知らないよなあ? なあイーリィ!」などと嘘をついて街に入ることになるのだが、今の彼らは、嘘をついてまで入った者について考慮したいほどの余裕がなかった。


 その禁止事項の整備は、楽をするためのものなのだ。

 楽をするためのもので、新しい考察をしなければならないのは、本末転倒だ。


 そうして宗教は禁じられた。

 禁を破った者に対する罰も制定された。


 すると、統治はぐっと楽になった。

 日々に考えるべきことが十も二十も減り、彼らはみな、心が軽くなったのを感じた。


 次に革命の同志たちが顔を突き合わせた時に、ドワーフの女がこう切り出した。


「区画を自由にまたぐのを禁止したい」


 その理由についてドワーフの女はいくらかのことを語った。

 それは納得できる、あるいは納得したいものだった。


 ……この時から、区画の長たちの中には、とある、『語りたくない問題』に気づいている者もいた。


 けれど、語りたくない問題をわざわざ論じるほどの余裕は、まだ、誰にもなかった。

 宗教禁止によりできた余裕はもう、先送りしていた別な問題を解決するためにあててしまっているのだ。新しい問題を増やすことなど、誰が好むだろう?


 結果として、区画を自由にまたぐのは禁じられた。


 次に彼らが集まった時、また、誰かがこう切り出す。


「禁止にしたいことがある」


 その次も、同じような提起がなされた。


 その次ぐらいになるともう、このように切り出すのが当然となっていた。


「さあ、次はなにを禁じようか?」


 区画の長たちの顔にはだんだんと生気がもどり、彼らは彼らの人生を過ごす余裕を取り戻しつつあった。


 不平等な為政者であった『真白なる種族』を倒し、光ある地上に出られたのだ。

 これから幸せになってよかった自分たちを悩ます問題に忙殺されるのは、彼らの本意ではなかった。

 むしろ、革命を成し遂げ、『真白なる種族』に支配されていた者たちの立場を引き上げたのに、為政だなんていう苦労を背負わされている。


 彼らは責任感からその役目を引き受けてはいたものの、それは実に旨味の少ない役割だった。

 ところが禁止事項を設けた途端に、自分の生活が豊かになっていく。革命を成し遂げたかい(・・)がようやく出てきたのだ。


 禁止することを手放せない。


 そのおかげで余裕ができた。そのおかげで生活が充実し、区画の長たちの中にはようやく、子を身篭った者もいた。

 年齢的にはすでに遅いぐらいの時期ではあったが、参謀役のエルフの男と、仲間の中でも最年長だった人間の女性のあいだに子ができたことを、仲間たちは心から祝福した。


 ……そういえば。


 ダリウスは、ようやく、思い出す。


 そういえば、『真白なる種族』たちはどうなっただろう?


 閃きがあるわけでもなく、頭が回るわけでもなく、また、仲間たちの中でもっとも広い区画を治めるダリウスは、もっとも余裕のない区画長だった。

 それを根気と体力でどうにかこうにかやっていたところ、仲間のめでたい報告でようやく『一区切りついた』と感じた彼は、ふっと、懸案事項を思い出したのだ。


『真白なる種族』は別に、絶滅させたわけではない。


 当時の長などは殺すしかなかったが、まだ幼い子供たちなんかは殺さなかったし、それに、あの種族の特性上、この多種族混合の港町では、必ずどこかでまた生まれているはずだ。


 区画には区画長と同じ人種が集まる傾向がある。

 だが、真白なる種族の区画長は存在しない。


 となると彼らはどこにいて、なにをしているのか。

 ダリウスの中にもはや幼い反抗心はなく、最近では多忙すぎることもあって、とにかく能力のある者が部下にほしかった。


 真白なる種族の能力について、ダリウスはよく知っている。

 彼らは美しく、賢く、器用だ。

 ならば仲間として迎えればどれだけ心強く、どれだけ仕事を減らしてくれるだろう――そんなことを、ダリウスは考えた。


 だから、少し手が空くことがあれば、探してみようと思った。


 この、宗教の禁じられた街で、『神に祝福された』という名目で生まれる、『親とは違う種族の子』が、どうなったのか。

 この、区画移動の禁じられた街で、どの区画の長とも違う種族のである彼らが、どうなったのか。


 この、たくさんのものが禁じられた、平等なる街で。

 今『平等』に過ごしているあまたの種族を、かつて押さえつけていた、『昔、支配者であった種族』は、どうしているのか――


 実情を知って、思い知らされることになる。


 ……本当に。

 革命を成し遂げたあの日、世界の時間が止まってしまえばよかったのに。

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