6話 英雄願望の有効利用
アレクサンダーは己の役割を『タンク』と定めた。
ヘイトを稼いで攻撃を釣る役割である。相手の一撃から仲間を護る立場でもある。
そうしてタンクが敵を食い止めているあいだに他の連中が攻撃を加えていくのだ。
きわめてゲーム的な役割分担だったが、狼もどきの群れとの度重なる戦闘によってある程度効果がある戦術であることはわかっていた。
だから問題は、アレクサンダー以外の者たちの攻撃が通るかどうかと、攻撃が通った場合のヘイト管理がどの程度の難易度になるかだった。
夜までのパワーレベリングで仲間がどうにか攻撃が通る感じのステータスになってきたような気がするのを確認し、一、二戦ほどヘイト管理の練習をした。
狼もどきどもはすでに百匹ぐらい狩っているのだけれど、不思議と絶滅することはなかった。
これだけの数がずっと森の中にいたとも考えにくい。もしそうならもっと遭遇率が高く、森の外にももっともっと多くの狼もどきが出ているはずだからだ。
だからきっと『わいている』のだと思った。
どこかに、あるいはこの世界そのものにモンスターをリポップさせるシステムがあって、それをつぶさない限りモンスターは無限わきするのだろう。
ただ、わく頻度はあからさまに減っているので、一度にわく数と、いったんわいてからまた次にわくまでの間隔と、あと『最大数』があるのだろうというのはなんとなく予想できた。
再び夜が来て、あたりは暗闇と雪に閉ざされる。
仲間たちはとっくに限界だった。
話をする時の表情は笑顔のように見えるのだけれど、それは極寒によって表情筋が凍り付いているだけといわれたほうがまだ納得できる、こわばった顔だった。
アレクサンダーのほうはといえば、寒さも空腹も感じていなかった。
正しくは『感じはするのだが、それらは活動に支障をまったくおよぼさない』。やはり、周囲の人類となにかが違うようだ。
子供たちを連れて木の化け物がいる空間に入る。
そこの暖かさと美しさに子供たちは一瞬呆然とし、それから歓喜した。
森の奥には本当に恵みがあったのだ。
夜なのに暗闇はなく、それどころか木漏れ日が差し、吹雪なんてないかのようにぬくもりある空気があって、花が咲き、小動物がいて、泉には綺麗な水がたくさんある場所が、本当にあった……
油断する子供たちに、アレクサンダーは「おい」と呼びかける。
それだけで全員が傾聴するのがわかった。
数戦、命懸けの戦いをした。指揮を執り続けていたアレクサンダーの声に耳をかたむけないと見捨てられるし、見捨てられれば結果的に死ぬだろうというのは、全員が魂にすりこまれていた。
烏合の衆がチームになっている。
連帯感があった。死線をともにした仲間意識もある。今ならば多少のわがままを笑って許せるような信頼関係がある。
「目の前のデカイ木がモンスターだ。木の化け物……『トレント』と呼称しよう。あいつがこの楽園の番人で、あれを倒せばとりあえずは安全に採集ができるものと考えている」
全員の視線がいっせいにトレントへと向かう。
いい集中力だ、とアレクサンダーは笑った。
「メインアタッカーにマシな剣を回せ。俺が突っ込んで攻撃を釣る。二人、アタックに回れ。残った三人はアタッカーの補助だ。味方の剣が折れたらすぐに交換しろ。特に俺の剣の安否には注目しろよ。俺がヘイトを集められないと、お前らの中の誰かが死ぬ。アタッカーが疲れたらスイッチするのも役割だ。わかってるな?」
失敗できない作戦を前に、全員が緊張しているのがわかった。
緊張は心身をかたくし、いらない失敗を誘う。
アレクサンダーはなぜだか、こういう時にどうやって子供を騙せばいいのか、知っていた。
「前を見ろ」
見ているのに、という困惑の気配が上がった。
かまわず続ける。
「花が咲いてる。凍っていない泉がある。小動物がいる。草木がある。木の実がある。……食い物と水があるんだ。今の村に乏しいものが、全部ある。持って帰れば英雄だ」
全員が、思い出したらしい。
自分たちがなんと言われて、ここに送り出されたのか。
英雄候補。
神様に選ばれた、英雄の、候補。
「勇気を示して英雄になれ。村が英雄の帰りを待っている」
……他者を騙す時には、騙す相手への綿密な調査が必要になる。
だから今のおためごかしには、ちょっとばかりリサーチが足りなかった。
蛮勇を勇気と思う彼らに『勇気を示せ』は暴走する危険性を上昇させるワードだったかもしれないが、他にそれっぽい言葉がなかった。
とりあえず勇気のお陰で恐怖はマヒしてくれたらしい。
仲間たちからはこわばりがとれた。
代わりにやる気が満ちた。
あとは勇気というまやかしに騙されているあいだに、トレントを倒しきるだけだ。