67話 願望成就/これからが力の見せ所
異常者は七人いた。
ダリウス。
エルフの少年。
ドワーフの少女。
獣人の少女。
他に人間の少年と青年、それから、女性。
彼らは迷宮夫の足の引っ張り合いが真白なる種族の仕掛けたものだと見抜いた。
そして、その目的が『自分たちに連帯感をもたせないためだ』と考察した。
さらに思考を先に進め、『なぜ、自分たちに連帯感を持たせたがらないのか』を分析した。
そうして、結論にいたった。
ここが迷宮で、自分たちが、そこから素材や道具を集められる能力を持っているからだ。
自分たちには、この過酷な状況で生き抜き、戦利品を持ち帰るほどの力と胆力と忍耐力と知恵があって――
その自分たちが、もしも迷宮でとれるものを地上に渡さずに独占し、革命をくわだてたならば、それは、真白なる種族でも止められない脅威となるからだ。
それはまぎれもない大発見だった。
『祝福され、優れ、何者も及びもつかない、神に愛された、真白なる種族』という思い込みを生まれた時から叩き込まれ続けた彼らが、『真白なる種族も、自分たちと同じく、人にしかすぎない』と気づけたのだ。
それは『神』という『枷』からのブレイクスルーだった。
長いあいだ、思考によりこの結論にいたった者が『でも、それは思い込みで、本当に真白なる種族にはかなわないかもしれない』と勇気のなさのあまりふみこえられず――
勇気ある者が生涯囚われたまま気づくこともできなかった、思想教育からの脱却だった。
「俺たちは弱くねぇんだ」
七人の異常者――この真白なる種族の支配する集落における、思想的異端者たちは、みな、平等だった。
けれどなんとなく代表者みたいなものはいた。
切り込み隊長であるダリウスと――
参謀役にして、実質的リーダーの、エルフの少年だった。
そうして、充分に素材を集め、武装を整え、いよいよ革命決行が翌日となったその夜。
同意しない迷宮夫の制圧を終えて、それが地上にばれるまでのわずかな時間。
ともすれば尻込みしそうな『最後の待ち時間』に、檄を飛ばす役割は、切り込み隊長ダリウスの役割だった。
「この穴から抜けて、真白なる種族をぶっ倒す。それは不可能じゃない」
成長したダリウスの体にはがっしりとした筋肉がつき、その肩幅は広く、手にした迷宮産の曲刀は、もはや彼の姿を思い浮かべれば必ず片手に握られているほどに使い込まれていた。
目の細い黒髪の青年で、その顔立ちはどことなく女性的なところもあった。
けれど、剣を握った腕を掲げるその姿、腕に刻まれた無数の傷跡は、革命に臨む仲間を勇気づけ、『ダリウスがいればきっとできる』という、確信を抱かせた。
そして、その隣で控えるエルフの少年も、語る。
「私たちは『文字』を発見した」
どことなく怜悧な印象の声だった。
「迷宮の壁に刻まれていた規則性のある傷跡でしかなかったそれは、あらゆる技術と、あらゆる学問と、あらゆる知識を我らに与えてくれた。……そして、あの傷跡は、我らが地上に戻り、あの白い連中を追い落としたあと、新しい世界作りで、必ずや役立つことだろう」
青年の革命成功を疑ってさえいない様子は、ダリウスや仲間たちに対する信頼を言外ににおわせた。
その信頼を読み取れない者はこの場にいない。
ダリウスもまた、読み取ることが、できていた。
愚かだったダリウスはもういない。思い込みと『自分は特別だ』という幻想にすがりたいだけのダリウスは、もう、いなかった。
仲間たちのすごさをさんざん見せつけられ、自分の小ささと弱さに嫌気がさし、いっときは腐ったこともあった。
でも、仲間はダリウスを支えた。
ダリウスは己を鍛えて、仲間に応えた。
そうして出来上がったのは、生まれ持った才覚こそないものの……いや、才覚がなかったからこそ、隙のない、鋼のような男だった。
自分の『足らない』を知り、それを埋めるための努力に人生の大半を費やし、等身大の人や自分をそのまま受け入れる度量をもった、鋼の男が、できあがっていた。
エルフの少年がダリウスを見る目には、まぎれもない信頼があった。
「やってくれるな? ダリウス」
エルフの少年は問いかける。
ダリウスもまた、信頼をこめてうなずき、
「ああ、やってやるよ。まかせろ」
剣の切っ先を、高く高く、さらに高く、天井を突き刺すようにかかげ、
「さあ、革命だ。天井の向こうには新しい世界が広がっている。俺たちを阻むあの分厚い天井は、俺が斬り裂く。――ついていこい」
たった七人で始めた革命。
日の差す地上を求めて始まった大冒険はこうしてその果てにたどりつき――
革命成功という、ハッピーエンドをもって終わった。
めでたし、めでたし。
と、いうように、世界の時間がそこで終わってくれたら、どれほどよかったかと思うぐらい、それはそれは見事な結末で――
――そのあとに続いた物語は、蛇足以外の何者でもなかった。




