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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
七章 ヘンリエッタと弟
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63話 姉さん

 ヘンリエッタは自分の人生は弟のためにあると思っていた。


 それに今は、弟の行動はすべて、自分を幸せにしてくれるものだと思っている。


 だから、弟が知りたがるなら、今使っているアジトの場所をばらすのに、なんの迷いもなかった。


「……ダリウスのおっさんからはさ、『一時期はアジトの場所を吐く者もいたが、今の連中は連帯感が強くて、誰もアジトの場所をばらさないだろう』っていう注意を受けてたんだけどな」


 弟は戸惑っているようだった。


 ヘンリエッタはその様子を見て笑う。

 そういえば弟には、物事がうまくいきすぎると戸惑う癖があった。

 物事が困難でなければならないというふうに思っていたのだろう。


 やはりこのアレクサンダーという少年は、弟に違いなかった。

『転生』のさいに弟だったころの記憶はなくしてしまっているようだけれど、その性質には、弟の特徴が色濃く残っている。


 ヘンリエッタはふとしたことであふれそうになる涙を止めるのに、かなりの苦労を強いられた。


「あのー、尋問するとは言ったけど、俺、まだなんにもしてないよね? そんなポロポロ泣いて大丈夫? 自律神経壊れてる?」


 こうして弟に心配してもらったのは、いつぶりだろうか?


 最近の弟は、例の『過激派のリーダー』の薫陶を引用するばかりで、すっかりおかしくなっていた。

 記憶がなくなったことにより、あのイヤな教育の影響がすっかり抜けて、弟本来の優しい、姉を気づかう性質が出てきてくれたのだろう。


 ヘンリエッタは「大丈夫」と答えたけれど、それでも、次々に涙があふれそうになるのはどうしようもなかった。


「まあ触れてほしくねーこともあるんだろうけどさ。……にしても、アジトの場所をすんなり教えてくれるっていうのは、正直なところ、罠を疑うよ。ツラを突き合わせて話してるのに、あんたの考えが全然わかんねーわ」


「罠になんかかけないよ」


「なに? 実は組織に不満があって裏切る算段をずっとしてたとか?」


「ううん。『真白なる夜』のみんなは、すごくいい人たちばっかり。私もあなたも、あそこにどれだけ救われたか」


「俺も? どういうこと?」


「…………とにかく、不満はないんだよ。(あたま)も本当にいい人で……」


「ああ、リーダーか。頭目ね。まあ領主に鉄砲玉差し向けておいて『いい人』っていうのもどうかと思うけど」


「てっぽうだま?」


「あーっと……捨て身の特攻を強いられてた、みたいな意味かな。ほら、白昼に堂々と、たった三人で領主を襲ったろ? それともダリウスのおっさんが三人程度じゃどうにもならねーぐらい強いっていうのは、思ってもみなかった?」


「それは、頭は関係ない。死んだ弟の仇討ちのために、三人で勝手にやったことだから」


「一枚岩じゃねーんだな。にしても、弟を殺されたのに、アジトの場所はすんなり教えてくれる? 自暴自棄って感じでもねーんだよな。むしろめちゃくちゃ望んで教えてる感じが気色悪い。やばい、ぜんぜん考えがわからん。俺の仲間ぐらいわかりやすくなってほしい」


「仇討ちはもういいの。弟に止められたから」


「???」


 混乱する弟を見て、ヘンリエッタは微笑む。

 そして、寂しさも覚えた。


 記憶が戻らないうちにすべてを明かしてしまえば、きっと、ますます混乱させてしまうだろう。

 それは仕方のないことだけれど、それでも、せっかく目の前にいるのに、あのころのように『姉さん』と呼んでもらえないのは、寂しい気がした。


 ヘンリエッタは、思いつく。


「ねえ、アジトを教えるのが不思議だっていうなら、条件があるんだけど」


「お、わかりやすい話になってきたな! よし、司法取引といこう。そっちの条件はなんだ? 自由の身ぐらいなら、ダリウスのおっさんを説得してどうにかしてやるぜ! どうなるかはわからねーけど」


「『お姉ちゃん』って呼んで?」


「ごめん、意味がわからない」


「……お願いだから。それだけでいいから。そうしてくれたらきっと、私の願いは叶うから」


「……んあー……あー……んー……? 死んだ弟の代わりを俺に求めてる?」


「代わりじゃないよ」


「…………よしわかった。わかんねーってことがわかった。ようするにそれが、あんたの教義で神様なんだろう。『人の宗教観には口を出さない。自分と関係がない限りは』っていうのが処世術だもんな。まあ旅をしながら色々ぶっ壊してきた気はするけど、それはそれ。あんたの教義に合わせるだけで情報が手に入るなら、よしとしましょう」


「……?」


「お姉ちゃん……うわなにこれ恥っず。姉さん……ヘンリエッタ姉さん……姉さん。姉さんか。『姉さん』あたりで手を打てる?」


「…………うん、それがいい」


 それは。

 イントネーションも、音の高さも、そのまま、死んだ弟と同じ呼び方だった。


 確信はますます強まり、疑う余地はどんどん減っていく。

 弟だ。それ以外ありえない。


 ――その確信うち、どのぐらいが、都合のいい記憶改竄(かいざん)なのだか、もう、判断するほどの理性が、ヘンリエッタにはない。


 だけれど、彼女の望みは、ようやく、叶いそうだった。


 彼女はこうして、仲間を売った。


 かけがえのない大事なもののために、さんざん助けてくれた、『この人たちに恩を返さない限りは死ぬことさえできない』とまで思っていた仲間を、売ったのだった。

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