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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
七章 ヘンリエッタと弟
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61話 /死ぬ資格

 どうやらヘンリエッタは、呼吸をすることも忘れてしまい、倒れ込んだようだった。


 硬い寝台で目覚めたあと、彼女の頭の中は真っ白で、なんの思考も感情も浮かんではこなかった。


 しばらくそうやってぼんやりしたまま日々が過ぎていく。

 彼女にとって幸運だったか不運だったかをうかがい知ることは難しいのだが、『真白なる夜』という互助会(ギルド)は、被差別種族が残飯あさりをしなくても、盗みを働かなくても、ある程度生きていけるだけの世話をしてくれた。


 たった一人の弟を(うしな)った彼女のつらさは、大事な者のいたことのない『真白なる夜』構成員にとって想像さえできないものだったらしい。

 また、彼女自身もみんなに愛されていたから、その『想像さえできない心痛』が癒えるまで構成員たちは世話を焼いてくれた。


 しばらくして彼女を動かした感情は『申し訳なさ』だった。


 自分なんかのために、みんなが、活動し、食料や場所を維持してくれている。


 こんな、価値のない、自分なんかのために。


 だから彼女はみんなの役に立ちたかった。


 けれど彼女にはまだまだ熱意が足りなかった。

 がんばるための原動力である弟がもういない。

 能力以上の力を発揮するための鍵である弟がもういない。


 どこにも、いない。


 力が、出ない。


 生きている理由が、もう、ないことにようやく気付いた。


 けれど彼女は極めて卑屈な理由で死ぬこともできなかった。

 自分がこうして放心しているあいだに、みんなに助けられてしまった(・・・・)

 自分なんか(・・・・・)のために費やさせた労力や時間をしっかりみんなに返すためには、今、楽に死ぬのは許されない(・・・・・)


 役立ってからではないと死んでは(・・・・)ならない(・・・・)


 だから、


「俺たち『革命派』のリーダーは(あたま)に粛清されて、俺たちは服従を誓わされた。でも、革命のために死んだ若者の復讐を成し遂げるまでは、死ねない。命懸けで、ダリウスを襲撃して、革命の刃をあの支配者に突き立てることこそ、死んだお前の弟の供養になるのだ。だから――」


 ――ともに行こう、ヘンリエッタ。


 そう言われて彼女はうなずいた。


 弟のためならば、無理ができる。

 弟のためならば、能力以上の力を発揮できる。


 弟はもういないけれど――

 ダリウスを殺すことが、弟のためになるというならば、きっと、そうなのだろう。


 それはどこか違和感があるのだけれど、きっときっと、そうなのだろう。

 だって、自分はいつでも間違っていて、自分じゃない人のほうが、いつだって正しいのだから。


 自信を持つ機会はもう、永遠に失われてしまった。


 弟のためにダリウスを殺しに行こう。


 そこで、斬り捨てられて、死のう。


 ……原動力を手に入れた彼女はようやく動き出す。

 完全なる停止を目指して、心に最後の火をくべた。

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