59話 アレクサンダー
過激派は消滅した。
青年はアレの特性については本当に感謝をしていたのだ。勝手に組織の力を削いで、組織が強くなりすぎないようにしてくれる、便利な機能だと思っていたのだ。
これからはどうやって組織の力をうまく削いでいくかに悩まなければならない。
それはじゃっかん面倒で、あの場面で過激派のリーダーを粛清して過激派を解体してしまったのは早計だったかな、とやや後悔していた。
効率のいい組織運営。
強くなりすぎず、弱くなりすぎず、あくまでも互助会としての『真白なる夜』の運用。
その観点から言えばやはり過激派は必要だった。あの場はまるくおさめて彼らにはもっともっと活躍をしてもらうべきかなと返すがえす思うし、あの状態からでも穏便にことをすますことはできたなと反省もしている。
少年たった一人が死んだ程度の損失はいかようにもなった。
過激派なんていううさんくさい連中の薫陶を受けて、その気になってしまう子供だ。
同年代の他の者と比較しても愚かだった。それが死んだところで組織そのものの損害はいかほどのものか。息の長い互助会として『真白なる夜』を存続させるためには、少年は死んでもまあそれはそれとして過激派を存続させるべきではあったのだと、考えれば考えるほど、そういう結論になる。
でも、気に入らなかったんだから、仕方ない。
彼は自分の心のありようを常に探していた。
基本的に効率的に、無駄なく、完璧に、無心に物事をおしすすめ――
まれに自分の中に生じる『制御の難しそうな欲求』の中から、自分の想いを探っていく、という人生を送っていた。
だから。
ダリウスを殺す必要なんかないのに、それでもあの鋼の男の殺害を試みる自分の行動についても、制御を放棄していた。
大きな恩のある義父だ。
もちろん、最初の一回は自衛のための、本気の殺意を抱いた。
自分はたぶん、基本的には死ぬつもりがないのだと、自分の行動から分析できる。
種族的に厄介者でしかない自分は、いずれ、ダリウスがその真の厄介さに気付いた時に殺されるさだめにあるのだろうと思っていた。それを避けるための……自衛のための先制攻撃としての、本気の殺意をダリウスに向けたことがある。
けれど、幼い子供だったとはいえ、本気の殺意をむけた自分を、ダリウスは許した。
それどころか、命を狙われるのはかまわない、ただし他の者に迷惑をかけるな、などと、とんでもない許可を与えた。
……そのころからだろう。ダリウスを殺すために準備をする時間が、人生で一番楽しい時間になった。
手練手管を考案するのは楽しかった。罠の改良には心が躍った。
己を鍛えるために色々やって、迷宮や街の外に出るモンスターを狩るのがもっとも効率的だと予想した。
だって、ダリウスらはそうやって強くなったのだという。
だから、それを行うために、こっそり家を抜け出し、誰にも見つからず迷宮まで行き、そこでモンスターを狩ることが必要になった。
戦術。罠術。隠形術。そして、戦闘技術。
生物の弱点が色で判別できる不可思議な視界が自分にはあった。それはモンスター討伐でおおいに力を発揮したし、どの色がどの程度の弱点なのかを、実戦の中で学んでいくのは快楽でさえあった。
自分が強くなっていくのは楽しかった。強くなってもなお殺せないと確信できるダリウスに憧れていた。
鋼の男は、鋼のままであり続けた。
だから、安心して殺しに行くことができたのだ。
死なないのがわかっている相手を殺そうとする行為を殺しあいなどと彼は呼ばない。
それは、彼にとって、父親との遊びの時間だった。
けれど。
「ダリウス、お疲れのようですね?」
『真白なる種族』の管理を任された彼は、定期的にダリウスへと状況の報告をする義務があった。
ダリウスの家は多数の兵に守られた、街で一番高い位置にある石造りの家だ。
その書斎に誰にも見られず忍び込むのは簡単なことではない。
まして警戒のきつくなる夜ともなればなおさらだ。
しかし、『真白なる夜』の名を冠するこの青年にとって、難しいことではなかった。
霧にまぎれ、なんの痕跡もなく書斎まで侵入し、そこで勝手に部屋にある資料をあさり、机に腰掛けて読んでいく。
紐を通されてまとめられた、分厚く、ごわごわし、さりとて強く引っ張ればすぐに破れてしまう、この『紙』というものを、青年は好いていた。
実父の発見した『文字』というものが大量に記された、この頼りない情報のかたまりに、青年は実父のことを思い出したし、なによりこの紙というものは、なんだか『人』に似ているなと感じていた。
青年は『人』のことを好いていた。
彼らの表情の変化や意見などを見聞し、読み込んでいく作業が好きだった。
人を解読していくにつれて、特殊な視界を持つ自分にも、多くの『人』と同じものを見る機能が備わっていく感じがあって、快かったのだ。
さて、本日の報告会もいつものように始まってしまいそうだった。
ダリウスは鋼だった。
青年がなんの前触れもなく部屋で待ち構えて、自分が入室したとたんに「お疲れのようですね」などと声をかけてきても、おどろいた様子もなく、当たり前のように、自分の席に着いたのだから。
「……そういえば、『過激派』のリーダーが死んだようだね」
おそらく今日の本題となるべきものをいきなり切り出される。
青年は肩をすくめて、読んでいた資料をテーブルに置いた。
「ああ、はい。殺しておきましたよ。あなたのためにね。……なんちゃって」
「彼には利用価値があると、君からはそう聞いていたのだがね?」
「価値を不快感が上回ってしまいましてね。さて、どうしましょうか。うまい口実で組織の力を削いでくれる存在がいなくなってしまいました。これは困ったことですよ、お互いにとってね」
「すでに考えてあるのだろう?」
「過分な評価、恐縮です。しかしねダリウス、ご期待に添えないようですが、僕はなにも考えてはいないのですよ。だって、どうせ、似たようなものは生まれるし、たった一撃で過激派の息の根を止められるわけがない。今は脅しがきいているから従っているようなフリをしているだけで、そう遠からず『亡きリーダーの意志を継ぐ!』とかいうやつが現れるに決まっているのです。だから、次の過激派にはうまくやってもらいましょう」
「それを『考えてある』と言うのではないかね?」
「あっはっは。予想しているだけですよ。この程度の精度でいいなら、考えるまでもない」
「君は聡いな。君の実父のようだよ」
「僕はむしろ、あなたに似ていると言われたいところなのですがね」
「……」
鋼の男が細い目でどこかを見て黙り込むと、その内心は『真白なる夜』にさえうかがえない。
いくら観察しても、この男が地金をさらすことはなかった。人の解読は青年の趣味だったけれど、それは、いくら見ても内心のうかがえないダリウスの中身を見るために身につけた趣味だったのかもしれない。
ただ……
「ダリウス、お疲れのようですね」
「……君はそう言うがね、私は普段と変わらんよ」
「ああ、そうか、なるほど、なるほど。……あっはっは。では、こう聞きましょうか。『なにかいいことでもありましたか?』。浮かれているようですよ」
今のダリウスの心理状態は、青年にも、なんとなく読み取れた。
――鋼の男に、剣を突き立てる隙間が見えている。
となると、疲れ切っているか、でなければ、浮かれているに決まっていた。
ダリウスは、「ふむ」とあごをなでて、
「見所のある若者に出会った」
「ほう。あなたにそう言わせるとは」
「歳はまだ十一か十二なのだがね。この過酷な時代に、仲間と旅をしているらしい。しかも、年上ばかりのその一団を率いる立場のようだ」
「で、種族は『人間』ですかね?」
「……そうだが。知っているのか?」
「いえいえ。初耳ですよ。ただ――あなたは後継者を探しているでしょう? そしてこの街には種族の時点で階級が定められてしまっている。あなたが浮かれるほどの相手なら、それは、若く、知性ある、人間族に違いないと思いましてね。他の種族だと、能力があっても後継者にできないでしょう?」
「なるほど。言う通りだ」
「うっかり仲間が襲わないように、特徴と名前だけでも聞いておきましょうか」
ダリウスはしばし、思い返すように黙り込んで、
「剣だな」
「剣?」
「身の丈ほどの、巨大な剣を背負っている。身長や体格からしてとても振れそうにないように見えるが……あれは、かなり、自在に振れるだろうな。私の感覚はそう読み取っている」
「なるほど。持ち物ではなく、本人の身体的特徴は?」
「……髪は、黒いな。背はまあ、年齢相応といったところか。あるいは少し低いかもしれんが、この街の者は大きいからな。外から来たなら、あのぐらいで十二歳程度ではあるのだろうと、そうは思う」
「なるほど」
「これが変わった文化圏で育ったようでな。特殊な価値観と、特殊な見識と、あと、特殊な……単語を使う」
「単語?」
「たとえば、自分たちの一団を『冒険者パーティだ』などと表現していたな。あと……」
沈黙し、耳慣れない言葉を思い出し、
「そう、あと、『異世界転生者』と、己のことを表現していた」
「……異世界転生者?」
「まあ、もっと重要な問題についての意見を求めたので、どういった意味の言葉なのかまで聞き出す余裕はなかったのだがね。ともかく……面白い子だよ。街をにぎわす『真白なる夜』を滅ぼすにはどうすればいいかと聞いたら、兵を与えてくれるなら七日でやってみせると豪語した。やらせてみるのも面白いかね?」
それは、鋼の男にしては珍しい、ジョークだった。
『真白なる夜』は少しばかりのいらつきを感じていることに気付いた。
ジョークが笑えなかったからではない。このいらつきは、その『異世界転生者』に対するものだ。
自分とダリウスは、こうして密談をするぐらいには協力関係にあるし――
そもそも、『真白なる種族をまとめろ』と指示をしたのはダリウスだ。『真白なる夜』をつぶすなどと、ダリウスが許すはずがない。
にもかかわらず具体的な方策をダリウスが明かさないというのは、その少年が具体的な方策を口にしなかったということなのだろう。
それでも、ダリウスに期待させてしまうなにかがあったという、ことだろう。
この鋼の男を――
ただ少し会話しただけで、鋼一色ではなく、一筋の弱点をあらわさせてしまうぐらいの、力を持っているという、ことだろう。
自分以外の誰かが、この鋼の男に、わずかなりとも、殺せる隙を生じさせた、ということ、だろう。
それは――
ひどく、つまらないな、と思った。
「それで、少年の名は、なんというのです?」
青年はいつものように笑顔の仮面のまま問いかける。
ダリウスは表情の中にわずかな喜びを見え隠れさせながら、答えた。
「アレクサンダー。異世界転生者で、冒険者パーティを率いる、アレクサンダーという名の、少年だ」
六章 真白なる種族 終




