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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
六章 真白なる種族
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58話 いらつき

 言ってみれば『真白なる種族』たちに余裕を作ることが目的の組織だった。


 互助会(ギルド)とはようするにそういう場所だ。

 つらい時につらくなりすぎないように、苦しい時に苦しくなりすぎないように、悲しい時に悲しくなりすぎないように、そういった程度の相互扶助をするのが役割の組織だった。


 泣き顔を笑顔にはできない、その程度の力しかない集団。


 けれど、それだけでもだいぶ心には余裕ができるようなのだった。

 余裕ができすぎて、今までそんなにも恵まれたことのなかった人たちの中に、『思想』とか『信条』とかが芽生える余裕ができてしまったのだった。


 多くは『このまま、つらいながらも、つらすぎないで、ちょっとでも楽に生きていけたらそれでいい』と思っているようだった。


 けれど一部に『過激派』と呼ぶしかない思想の持ち主があらわれた。


 それは革命を断行し、街の支配者を追い落とし、今の権力構造をぶち壊し、虐げられていた自分たちこそが次の支配者になってやろうと、そういう思想を持つやつらだった。


 放置した。


『真白なる夜』の頭目――全員が欠かせない『器官』たる集団の(あたま)となった彼にとって、過激派というのは都合のいい連中だったのだ。


 なにせ集めた資産や自衛のための武具……ようするに『力』を勝手にかっさらって、革命行為を繰り返してくれるのだ。


 その革命は決して達成されない。


 頭たる彼が街の支配者に密告するからだ。


『真白なる夜』という組織は助けあいを主目的としている。

 だが、被差別種族がある程度の自由と生活を維持するためには、盗みもやる。自衛のための力もいる。

 集めた力は効率のいい組織運用をしていれば勝手に増えていき、そうして力を溜め込めば、いずれ組織すべてを蜂起させてしまうかもしれない。


 力がまったくないのもいけないが、力をためすぎるのもいけない。


 その意味で、過激派の連中はよくやってくれた。

 密告なしでも成功しないだろうお粗末な戦術を練り、みんなでためた金や資源を勝手に使って、思想をともにしない同胞たちにまったくなんにも知らせずに勝手に蜂起する。


 その結果、蜂起した回数だけ『真白なる夜』の組織としての力は削がれ、革命なんていうものは夢にも見ることができないほど遠いものとなるばかりなのだ。


 組織は武装蜂起のたびに疲弊し、過激派以外からは厭戦(えんせん)の空気が滲み出る。

 しかし過激派は一定数常に居続けた。


 これにかんして頭たる彼はなんにも働きかけていない。

 どうにも、過激派のような連中は、組織を作ると、一定数必ず出るようなのだった。


 自分たちが組織の力を削いでいるのだと気付かない愚か者。

 行動することがもっとも偉く(・・)、無駄に終わろうが組織を弱体化させようが、命懸けで行動した自分たちが正しくて、行動しなかった口だけの連中(・・・・・・)は間違っているのだという思想の持ち主たち。

 さりとて目標に殉じるほどの覚悟もなく、命は惜しいと毎度逃げ帰って、命懸けの戦いの尊さを熱にうかされたかのようにまくしたてる英雄気取り。


 過激派の中心メンバーは数年経っても変わらなかった。

 ただし構成員の入れ替わりはそれなりに激しかった。


 武装蜂起の愚かさに嫌気がさした者が抜けていき、代わりに、新しく『真白なる夜』に入る若者などが、この過激派の活動内容に魅力を感じるらしく、組み入れられていく。


 つい先日。

 そんなふうに、過激派に組み入れられた男の子が、死んだ。


 街の軍とのやりあいはなるべく死者が出ないようにという密約、暗黙の了解みたいなものを、彼と、彼に『真白なる種族』をまとめさせた街の支配者のあいだで結んでいた。


 けれど、若い少年が死んでしまった。


 ……本当に、過激派はありがたい存在だったんだ。


 なにもしなくても定期的に組織の力を削ぎ、武装蜂起のたびに失敗し、そのたび『真白なる夜』全体に厭戦(えんせん)の気風を漂わせてくれる過激派たちは、本当に本当に、本当に、ありがたい存在だった。


 そのはずなのに。

 過激派連中の、ありがたいものでしかない活動に、どうしてこんなにも、心がざわめくのか?


 わからない。

 ある夜――

 武装した過激派連中に取り囲まれるまで、本当にわからなかった。


「これからは俺が『頭』をやる。あんたはもう、降りろ」


 どうやら過激派連中は酒がまわりすぎているようで、この『真白なる夜』という組織全部を巻き込んで、街の支配者に特攻しようと考えているらしかった。


「なるほど」


 彼は微笑んだままうなずいた。


 脅威には感じなかった。恐怖もまったくなかった。

 剣を手にした十二人に夜の暗がりで取り囲まれても、『だからなんだ』という程度でしかなかった。


 だから彼が思ったのは、


「ああ、そうか。なるほど。どうやら僕は……君を殺す理由ができるのを、ずっと待ちわびていたようだ」


 自分の心を発見する。

 それは長く胸にあったつかえ(・・・)がとれるような、気持ちのよさを伴った。


 ようするに、不愉快だったのだ。


 夢を騙るのはいい。それは統治に必要なおためごかしだ。

 気炎をあげるのもいい。たまにはハレの日も必要だ。じっと息を潜めるだけでは組織だって息切れしてしまう。

 みんなで集めた資産や武装を持ち出すのは、むしろ、ありがたかった。そうやって組織を定期的に弱体化させてくれる過激派の存在は、彼の仕事を一つ減らしてくれたのだから。


 ただ。

 調子のいいことを言って、言っている本人は命も懸けず――

 なにも知らない若者を引きずりこんで、彼らに『英雄になれ』とささやきかけて死地に向かわせ――

 革命のためと言いながら、みんなで集めた資産を浪費して、酒宴を行う――


 行動の伴わない大義。

 ただのふわふわした夢を、利己的な欲望のために騙る、その醜悪さ。


「僕は案外、君に、前から、いらついて(・・・・・)いたらしい」


 鮮やかな黄色の服の懐から、大ぶりなナイフを取り出す。

 過激派連中はそれを開戦の合図と受け取ったらしい。

 過激派の中心に居座る男から、「殺せ!」と合図があった。


 剣を持った十人が迫る中……

 彼は、真っ暗な空に浮かぶ真っ白い光をながめて、つぶやいた。


「霧が出るようだ」


 この街の霧は本当に深くて、夜の霧ともなれば、あたりが真っ白に染まって、少し先でさえも見えなくなる。


 彼の姿はだんだんと霧に溶けていく。

 黄色い衣装をまとっていたはずだ。

 赤い帯を巻いていたはずだ。

 鮮やかな赤と青の瞳は、この暗い夜でもハッキリと見えるほどだったはずだ。


 だというのに、見えない。

 彼は霧に溶けるように、消えてしまった。


 過激派のメンバーは周囲にせわしなく視線を走らせた。


 それでも、たった一人を、すぐ近くにいるはずの一人を見つけることが、できない。


 出どころのわからない、奇妙に反響した声が響く。


「これからはきちんと仕切るよ。ふわふわした夢とか、展望のない未来とか、そういったものに誰かが殺されない程度には、きちんとやるよ。それで――僕は、君たちをどうすればいい?」


 困惑ばかりが広がっていた。

『真白なる夜』が、そのにこやかな笑顔が想像できる優しい声で、付け加える。


死んだ彼(・・・・)に殉じたい者はそのままでいい。僕に従う者は、武器を捨てるといい。三つ数えるまで待つよ。殉じる者は、その選択を尊重して、同じ最期(・・・・)を迎えさせてあげよう」


 瞬間。

『過激派』たちのリーダーだった男の、首が落ちた。


 誰一人、首の断たれた瞬間を見ることがかなわなかった。

 ただ、頭部を失った死体が血を吹き出し、よろめき、倒れる光景を見るしかなかった。


「三」


 霧に潜む者が、生命の残り時間を数え始めた。


 リーダーを失った過激派たちは、気付かざるを得なかった。


 ――どうやら、ひどい勘違いがあったらしい。


 十人を超える武装した者で取り囲んで、ただ、武器で脅して、『頭』の地位を奪い取るだけの、簡単なことのはずだった。


 あの、アジトの奥でヘラヘラ笑っているだけの、たかが『組織の発起人』なんか、問題にもならないと思っていた。武器を持って囲んでしまえば、情けなく命乞いをして、すぐに頭の座を明け渡すと考えていた。


『脅そう』と考えていたこちらと。

『殺す』と決意するまで瞬きの間さえいらなかった相手と。


 武器を持って取り囲んでいたと思い込んでいたこちらと――

 こちらを取り囲む、港町の夜の霧そのものとなった、相手。


 ――自分たちが相手にしているのは、ヘラヘラ笑う情けない男ではない。


 その男は『真白なる夜』と、組織名そのもので呼ばれる、都市伝説。


 自分たちを取り囲む夜の街の霧そのものだと、過激派たちは、ようやく気づいた。


「二」


 カウントが進んでいることに気づくまで、一瞬あった。

 生物としての強さの違いに打ちのめされていた過激派たちは、自失状態から立ち直る時間が必要だった。


 絶対に勝てないと理解した彼らは、慌てて、投げ捨てるように、剣を地面に投げ捨てた。


「一。……ああ、全員、武器を捨てたようだね」


 声とともに、霧そのものが人型に凝固するかのように、その男は過激派たちの視界に現れた。


 彼はすでにナイフを持っていなかった。

 けれど、その片手はくつろぐように、服のふところに入れられていた。武器が納まっているはずの、ふところに。

 赤と青の目で過激派を見回す彼は、武器を拾う者が現れるのを待ち望んでいるかのようだった。


 しばらくして、つまらなさそうに肩をすくめる。


「これからは仲良くしていこうね。あまり迷惑なことをしないなら、僕の能力の及ぶ限りにおいて、君たちの生命は保障するよ。もともと僕ら『真白なる夜』は、弱い僕ら(・・・・)が助け合うための組織だからね」


 頭は微笑んでいた。

 見慣れた表情のはずなのに――


 もう、過激派だった連中は、知ってしまったのだ。


『弱い僕ら』と彼は言う。

 けれど、その中に、彼自身はふくまれていない。


 あの微笑みは霧のようなもの。

 奥にあるものの姿を完全に隠してしまうもの。

 そして――その奥にあるのは、やはり、夜のような闇なのだろうと、彼らは知らしめられてしまったのだった。

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