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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
一章 アレクサンダーと森の奥地の恵み
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5話 仲間(いらない)

 この時期に雪が晴れるのは奇跡のようなことらしい。


 アレクサンダーには雪の降る時期に村の外に出た記憶がなかった。

 だけれど村の中でも体がしっかりしていて、そしてヤンチャな男の子なんかは、度胸試しと称してこっそり冬に村を抜け出したりもする。

 そのお陰で『この時期の雪の晴れ間』をたいそう珍しいものだと知っていて、それを興奮気味に語ってくれたのだった。


 ちなみに、雪の降る時期に村から出るのは、基本的に自殺と変わらない。


 それでも度胸試しと称して若者が無謀な行為をするのは、度胸というものが命を懸ける価値があるほどのものだからなのだった。


 度胸や勇気を示せば同世代からの尊敬が集まり、逆に勇気がないと見なされれば馬鹿にされる。

 村の男の子たちは度胸によってヒエラルキーを決めているらしい。

 だから無謀な行為は横行し、無鉄砲な蛮勇はたたえられ、年に一人か二人ぐらいは度胸試しで度胸以上のものを試されて普通に死ぬ。


 アホくさ。


 アレクサンダーの中にいる彼の感覚では、アホに間違いがなかった。度胸を示すことなんかより、命のほうが大事だという価値観の中で彼は生きてきた。


 ところがちょっと冷静に考えてみると、この世界はそうではない。


 度胸が命より大事なのだった。


『村のために命を捨てられるようじゃないと、生きている価値がない』。


 矛盾している。でも、矛盾していない。

 食料事情がカツカツで、冬が厳しいから危険をおかしてでも準備しないと村自体が死ぬようなこの場所・この時代では、自分の命惜しさにひきこもっているやつに存在価値はない。

 自分の命一つで村の多くを救えるような、勇気があって強い者が必要とされる。


 そしてピラニア池に投げこまれた生肉みたいになっておいて生き延びている彼は、『勇気があって強い者』と認定された。


 森をめぐってモンスターを探し回り、そのついでに一緒に村を出た子供たちを回収し、そのたびモンスターどもを体に食いつかせながらレベリングをおこなった。

 最終的にはバラバラだった英雄候補たちを全員回収する羽目になって、その全員が頼るように彼を見てくる始末だ。


 ぶっちゃけ、迷惑。


 仲間を求めようという考えは全然なかったのだ。英雄候補たちを回収できたのは完全に運だった。幸運なのか不運なのかはノーコメント。

 彼はモンスターを求めて暗い森の中をさまよっただけで、『ついてこい』とは言ってないし、ついてきたからといって特典も用意していない。

 ただ『俺のそばが安全だ』とは言った気がするので、それはまあ、『俺についてこい』と読み取れないこともないかな、なんていうふうにちょっとだけ思った。


 木立の途切れた小さな空間に彼らはまあるくなっていた。


 雪をはらった場所に座らされ、アレクサンダーは今後の方針を発表する流れの中にいる。


 本当に、迷惑。


 勝手についてきて勝手に祭り上げて、勝手にこちらが方針を発表すると決めつけられた。

 まだ十二歳らしい男の子たちの目は期待に輝いていて、これから彼が『うん、実は君らのことはどうでもよくって、俺はモンスターを倒すためにモンスターを倒して、レベルを上げたかっただけなんだ』とか言おうとしているとは全然想像もしていないようだった。


 こんなにキラキラした目で見られると彼も真実を発表するのをためらう。


 愛着がわいてしまったのだ。


 アレクサンダーは他の英雄候補を軽蔑していたようだったけれど、アレクサンダーの中に発生した彼はそうではなかった。

 彼にとって英雄候補の少年たちは、軽蔑にさえ値しない、無関係すぎる他人だった。

 本気の本気でどうでもいい木っ端だと思っていたので、こうして祭り上げて期待した目で見られると『かかわらなくてもストーリーの進むモブABCDE』から『できるなら助けてあげたいサブキャラ』ぐらいには昇格する。


 だから彼はシナリオクリア条件を確認する必要にかられた。


 とりあえずこの体の本来の持ち主であるアレクサンダーくんの仇を討とう、というぼんやりした目的意識からあの木の化け物を倒そうとはしていた。

 けれど全員での生還を目指した場合、木の化け物がいるあの場所から食料などを持ち帰って、雪の中を歩んで村へ帰らなければならないだろう。


 一人で全部やるつもりだった時と比べるとなにがまずいって、タイムリミットがまずい。


 震え、空腹をうったえる子供たちは、それほど長い時間、この寒い森の中にはいられないだろう。


 彼の計画では空腹やら寒さやら肉体欠損やらが気にならないらしいこの体で地道にレベルを上げ、じゅうぶんなマージンをとってから、あの木の化け物を倒すつもりだった。

 そのあとのことは考えていない。村に戻ってもいいし、旅に出てもいいだろう。


 ところが仲間ができてリーダーに祭り上げられると責任が発生する。

 全員の生還を目指した場合、最大までがんばっても本日一日程度しか時間がないと考えられた。

 飲まず食わずで極寒の中に放り出された薄着の子供の生命力がどれほどか、彼には類推するのに必要なデータがない。

 けれどそう長い時間はとれないことが明白で、それは実際のところ明後日ぐらいまで大丈夫かもしれなかったし、次の瞬間には目の前でパタリと死ぬかもしれないのだった。


 他人の命なんか背負いたくねーなあ、と彼は思った。


 しかし仲間内での飲み会でもあるまいし、この極寒の森の中で『俺は帰る。じゃ、あとは勝手にヨロシク!』というわけにもいかないだろう。

 それは『お前らは死ね』というのと同義で、彼には勝手に死ぬ子供たちを放っておくことはできても、頼ってきた子供たちを見捨てることはできなかった。

 この先、彼から子供たちへの好感度が下がる『なにか』が起きない限り、彼は子供たちの生還のために力を尽くすことにしていたのだった。


 ガリガリと頭を掻いてプランを練る。

 そうしてたどり着いた答えは、


「しょうがねぇから、お前らも強くなれ。日が沈むまでがリミットだ。強くなって、化け物を倒す。そんで、恵みを持って、村に帰る。正攻法だけどこれしかねーな」


 みんなで、あの、木の化け物を倒す。


 木の化け物がいる空間は温かく、食料も水もある。しかし採集するためにはどう考えたって木の化け物が邪魔で、アレの討伐は必須だと彼は考えている。

 仮に必須じゃなくても『倒す』と決めているので、その予定を曲げる気は全然なかった。目的を放り投げてまで助けてやろうと思うほどには、子供たちへの愛着がない。


 だけれどみんなで協力して木の化け物を倒すには問題があって、子供たちの攻撃は今のままだとあの化け物に通らないだろうということだ。

 どのぐらい攻撃力を上げたら相手に攻撃が通るのかはわからない。

 試行錯誤を繰り返してSTRがどの程度の攻撃力補正で、どういう計算式でダメージが算出されるのか試す時間はない。子供たちのせいで、時間はなくなってしまった。


 だからギリギリまでみんなで鍛えて、夜になったころに木の化け物にいどむ、というギャンブル的方針をとらざるを得ない。


 そのためには全員のレベリングが必須だ。


 彼と違って『普通に死ぬ』っぽい子供たちを命懸けで鍛え上げて、木の化け物を倒して、採集して村に帰る。


 レベリングに使うのはもちろん、そこらじゅうにいる狼もどきどもだ。

 彼が狼もどきどもを釣って、他のみんながトドメを刺す。タンクが引きつけてアタッカーが倒すという伝統的な役割分担だ。


 しかしそうやって提案すると、子供たちはうつむいた。


 あのおそろしげな狼もどきたちを倒せというのは、彼らには荷が重く感じるらしい。

 あるいは、『アレクサンダーについていけば楽して帰れる』という希望を一瞬でも抱いてしまったことが、この消沈したムードの原因なのかもしれなかった。

 わかる。頼れそうな庇護者が現れたとたん、努力をしたくなくなるのはよくあることだ。努力を押しつけられた人から自分への好感度が落ちないなら、いくらでも丸投げしたい。


 実際、「アレクサンダーがやればいいじゃん」と誰かが言った。

 それはこまっしゃくれた言動が特徴の少年で、村では口ばっかりで働かないから口減らしに出されたんだろうなというヤツだった。


 アレクサンダーと呼ばれた彼はその発言を受けて優しく笑った。「そうだな」とうなずき、立ち上がった。


「じゃあな。凍えて死ね」


 慌てたのは全員だった。


 口々にアレクサンダーを止めようとする。罵倒する者もあった。

『自分たちを助けられる力を持っているのに、助けないのか』――少ない語彙と感情が前に出すぎた叫びを総括するにそんな主張だろうか。彼は首をかしげる。


「はあ? 知るかよ。バカじゃねーの? あのね、お前らは『俺の方針に従う』か『自分で勝手にやる』かなんだよ。『俺の方針に従わないけど俺の尻馬には乗りたい』とかいうヤツは話にならねーな。俺には救えない。神様の救いでも待ったらいいんじゃない?」


 なにがなんでも助けたい、という気概は、本当に、全然、まったく、ないのだった。


 不満をこぼしたり文句を言ったり、あまつさえ罵倒したりした『悪い子』をも救ってくれるような、都合のいい存在なんか神様以外にありえない。

 そして彼は神様ではなかった。前世の記憶はぼやけてしまって、自分が何者かさえ満足に思い出せないが、神様でないことだけは確信している。


 すると子供たちはいっせいに黙った。

 彼らはアレクサンダーという人物をよく知っていたのだろう。まさか、アレクサンダーがこんな突き放した物言いをするとは考えてもいなかったようだった。


「お前、本当にアレクサンダーか……?」


 最初に出会った赤みがかった茶髪の少年が、こわごわと口を開いた。


 彼は「うーん」と考え込んだ。

 誰、と言われても困る。記憶はあいまいで、自分がなにものだったかも思い出せない。名前さえわからないし、そもそも、たぶん、自分の名前はこのへんの言語では発音しにくいもののような気もする。


 だから彼は、こう名乗るしかなかった。


「俺はアレクサンダーだ。アレクでもアレックスでも好きに呼べば?」


 どうせ今日でみなさんともお別れでしょうけどね、と笑う。


 結果から言えばそうはならなかったようで、子供たちはみな、アレクサンダーの方針に従うことを選んだ。

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