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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
六章 真白なる種族
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55話 息子/義父

 彼がその扱いを親の愛だと思ったことはなかったけれど、たぶん、世間が知れば、慈悲深い物語と評されるのだろう。


 たしかに、世間が自分の存在を知れば、『間違って生まれてしまった忌み子』だの、『幸福だった人たちを脅かした悲運』だの、そういって騒ぐのだろう。

 そんな忌まれた自分を引き取って育てた者があるとすれば、それはとんでもない覚悟や慈悲があるのだろうともてはやされ、型通りの美談として、子供に聞かせる物語になるかもしれない。


 彼はそういうふうに、関係ない他人がわかりやすいように型にはめて、彼らが感動しやすいように自分の人生を演出されるのだけは、我慢ならなかった。


 だから、自分が本来の親に忌まれて殺されかけたことも、その本来の親から目の前の男が自分を引き取り育てたことも、世間の誰も知らないのは本当にいいことだなと思っている。


 彼は、街で忌まれている『真白なる種族』だった。


 そして、目の前にいる男は――彼の育ての親は、もはや街で唯一無二となった、支配者だった。


 浅黒い、海の街らしい、壮年の男だ。

 笑顔、というのでもないが、目が細いその面立ちは、眉根を寄せれば威圧感を、目尻を下げれば柔和さをにじませる、二面性のある顔立ちだった。

 背後になでつけた真っ黒い髪を油でビッチリと固めたその男は、頭髪同様、立ち姿にも、歩き姿にも、隙が生じることがない、完璧な人物だった。


 完璧な、義父(ちち)だった。


 鋼のような、素晴らしい、男だった。


 ……他者より優れた才覚を持って生まれた彼が、驕ることなく、自己練磨に余念なく今まで生きてこれたのは、つねに目の前にこの鋼のような男がいたからだ。

 さもなくば彼は己の才覚に甘え、驕り、自己を鍛え上げることなどせずに、浅い見識と半端な実力のまま増長し、愚かな者として、愚かなりの最期を迎えていたことだろう。


 彼は、強く、賢く、感情や欲望を律する能力を鍛え続け、成長した。


 そうすると様々なものが見えてくる。

 この街の(いしずえ)たる『差別』たるもののこと。

 なぜ『真白なる種族』がその差別を受けるのか。

 そして、この街はどうして、こんなかたち(・・・)になったのか――


「君にしか頼めないことがある」


 そんなふうに育ての親から依頼をされた時、彼は常に柔和な笑みを浮かべるようになっていた。

 感情を隠すのは無表情の中にではない。笑顔の中が、一番いいと彼は思っている。


「君には、街にはびこる『真白なる種族』をまとめあげてほしい。被差別種族である彼らが、反逆をせぬよう、そして、差別によって減りすぎないよう、その数を一定に維持してほしいのだ」


 その依頼は清々しいほど『支配者』としてのものだった。

 実際に、この男以外に、もはや支配者と呼べる存在はいない。この栄えた港町の最高権力者は、現在、間違いなくこの男なのだ。


 だから彼は、うやうやしく跪いて、こう述べた。


「拝命します。僕の力で、この街の『真白なる種族』を適度に生かし、適度に夢を見せ、適度に操作し、適度な数を維持していきましょう」


 街の支配者は、楽しそうにはしなかったし、苦々しそうでもなかった。悲しそうということもなく、満足している様子もなかった。


 なにをすればこの男は満足してくれるのか、ずっと考えていた。

 でも、それはまだ見つからない。


 義父は鋼のような男だ。

 自分がなにをしても、怒りも嘆きもせず、笑いもしない、鋼でできた、男なのだった。

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