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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
五章 打ち手と竜
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52話 /先に行く者/見送る者

 トンテンカンテン、鋼を打つ。


 この一族がいつからこんなことをしているかは知らないけれど、ここで産まれる連中はといえば、自分の産声よりも先に金属を叩く音を聞くのだった。


 彼女もそんな一人だった。


 母親の顔を知らない。父親の声さえ満足に知らない。


 それでもたくさん、鋼の打たれる音を知っていた。


 ずるい自分を責めさいなむように聞こえたその音は、今では誇らしいものとして受け止められる。


 彼女の名は『ダヴィッド』という。


 念じただけで作品を作り上げてしまう異能者だ。

 打ち手の村に生まれて、打ち手になれなかった異端者だ。


 それでも、職人なら誰しもが憧れ、誰しもが夢見て、誰しもが嫉妬し、誰しもが忌々しいと舌打ちしながらも認めざるを得ない作品を生み出す天才だ。


 多くの凡人は天才を理解できないが、この村は『理解できない天才』を理解できないまま認める度量があった。


 ここに住まい、創意工夫をこらして作品作りを続ける限り、きっと彼女には安泰な暮らしが約束されているのだろう。


 でも、彼女は村を出て行く。

 全部投げ捨てて出て行く。


 荷物は多くなかった。めちゃくちゃになった村のために、巨人の素材でリメイクしたゴーレムくんたちを置いて行く。

 持って行くのはでっかい(つち)と、わずかな荷物だけ。


 まだ見ぬ素材と技術を求める旅が始まる。

 絶対に折れず、曲がらず、切れ味は最高で、刃こぼれなんか絶対にしない、そんな、馬鹿みたいな、夢のような剣を作るという目標を抱いてしまったのだ。


「ああ、本当に忌々しいぜ。生身の腕より調子いいじゃァねェかよ。しかも自在に動く。こんなモンをほんの数秒で作っちまうんだから、神様ってェのは不公平だよなァ」


 長老は義手を動かしながら、去って行く旅人たちを見送り、嘆いた。


 この老人の人生は嘆いてばかりだった。

 だって、決して一番になれなかったのだ。


 同世代にも天才と呼ばれた男がいた。

 下の世代には『ダヴィッド』なんていうものが生まれてしまった。

 そのさらに下の世代にはやっぱり『ダヴィッド』がいて、そいつも忌々しいことに天才だった。


 それでも、自分は生きて、村の長なんかをやっている。


 ずいぶん歳をとった。誰よりも早く大人になった。


 クソトカゲをぶっ殺そうぜ! なんてはやった時代もあった。

 でも、それはすぐに終わった、苦々しい青春の一幕でしかなかった。


 自分にはそんな才能なんかないと、同世代の誰よりも早く気付いたからだ。


 そうして歳をとっていくうちに、いつのまにか、『ドラゴンを倒すほどの才能なんか誰にもあるはずがない』と思い込む老人になっていた。


 その考え方は大人だった。

 その判断は賢かった。


 でも。


 老人は、去って行った者たちを思い、つぶやく。


「ああ、オレも、馬鹿なこと(・・・・・)がしてェ」


 長らく立たなかった鍛冶場に立つ時が来た。

 そうしてきっと、理想と現実の差にうちのめされたり、天才と凡人のあいだにある壁に悩まされたりして、『あきらめた方が負担が少ない日々』を死ぬまで過ごしていくことになるのだろう。


 それでも、死ぬ前に、一個ぐらい、馬鹿なことがしたい。


 自分の名など遺らなくて構わない。

 誰もが自分を忘れた果ての果てに、自分の遺した道具か技術が、自分の遺したものとは知られずに生きていれば、それは素晴らしいことだと思う。


「凡人には凡人のやり方があらァな。天才どもめ、てめェらが名を遺すなら、オレぁ仕事を遺す(・・・・・)ぜ。後の世に生まれる凡人たちが、当たり前のように見本にする、当たり前のモンを遺して死んでやらァ」


 ――トンテンカンテン、トンテンカンテン。


 大人も子供も鍛治をする。

 男も女も鍛治をする。


 いい物を仕上げるヤツは、いい音で打つ。


 だから、この集落では一人前の職人を『打ち手』と呼んだ。


 古い時代の(いき)だけれど、まだしばらくは、そう呼ぶことになりそうだった。

五章 打ち手と竜 終

次回更新 8月22日(来週土曜)午前10時

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