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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
五章 打ち手と竜
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50話 叶うと信じられなかった夢/新しい夢

 だから、その集落に鋼を打つ音は今日も響き続ける。


 トンテンカンテン、トンテンカンテン。


 あたりいっぱいの村人たちが、使えるだけの台座を全部使って、のぼれるだけの高さにみんなのぼって、そこらに立つ柱という柱をよじ登って、村を覆う天蓋をひっぺがしていく。


 一枚剥がしては、じいさんのことを思い出す。

 一枚剥がしては、父さんのことを思い出す。


 一枚剥がして、母を思い、一枚剥がして、若かりしころのことを思い出す。


 それは天蓋を崩す作業であり、同時に、思い出をはぎ取る作業だった。

 職人かたぎの連中は、みんな、無口に、真剣に、わきめもふらずに、天蓋を剥がし続けていく。


 ここは、竜と鋼の村だ。


 最初にこの場所に集落を構えた者たちの意思は、おとぎ話の中に垣間見ることができる。


 ドラゴンがいた。

 そいつの吐く炎があって、近場に鉱物のとれる山があった。

 だから、ここを集落とした。よりよい鋼のために、命懸けでも住まうことにした。そういう度胸のすわった連中がこの村をおこした。


 その物語はきっと、この村の連中の気質を知らない者には、たった一つの真実に聞こえるのだろう。


 でも、この村で育った者は知っている。

 この村にいる連中はひどく意地っ張りで、弱みを見せるのを嫌う。

 だからきっと、物語には語られていない『裏』がある。『ここに住まうことにした』んじゃなくて、『ここに住むしかなかった』背景がある。


 格好をつけたいのだった。

 情けない話なんざ語りつぎたくないのだった。


 屈辱的な真実があったのかもしれない。悲嘆に暮れた背景があったのかもしれない。

 ここに村をかまえるなんていうのはまさに命懸けの決断で、多くいたであろう人たちの中には、不満を持っていた人だっていたのだろう。


 それでも最後には、笑うのだ。


 ぶっとい腕で、でっかい(つち)をふるいながら、でっかい背中にいっぱいの汗を浮かべて、つらいことも、悲しいことも、なんもかんも忘れたかのように、鋼を打ち続ける。

 あかあかと燃える炎に向き合って、炎よりも真っ赤になった鋼を打ちながら、赤熱したそれに映るはずもない自分をにらみつけて、作品作りを続ける。

 長く長く黙り込んで、体力も気力も注ぎ込んで、そんでもって作品が仕上がったら、たらふく酒を呑んで、ガッハッハと笑うのだ。


「……そういやさ」


 村の真ん中にある広場には、天蓋だったモノがうずだかく積み上げられていた。


 ダヴィッドはそれを目の前に『これから生み出すモノ』のイメージを固めている。


 彼女のそばには、老いたドワーフが一人きり。

 顔のほとんどをモジャモジャの毛に覆われた、片目と片腕のない老人――この村の、長がいた。


 その、話したこともないような相手に、ダヴィッドは話しかけようとしている。

 ……だって、しょうがないだろう。

 誰かに話したいことをおもいだしてしまったし――

 アレクサンダーたちは、『作品ができるまで時間を稼いでくる』と言って、ドラゴンの方へと行ってしまったのだから。


 それに。

 ……この話は、きっと、この老いたドワーフにすべき話なのだろうとも、思う。


「オヤジはアタシに『お使い』しかさせなかったし、それ以外の言葉はかけなかった。……と、思ってたんだが、どうにも違ったみてェなんだ」


 老いたドワーフは聞いているんだか、いないんだかわからない。

 あんまりにもジッとしているもんだから、そういうかたちの置き物かと思ってしまう。


 かまわず言葉を続ける。

 口を挟まれないのは、ちょうどいいと思った。


「勘違いかもしれねェから、じいさんに判断してほしい。……オヤジはさ、創り上げたモンで、アタシとの会話を試みてたんじゃねェかなって、思うんだよ」


 少しばかり、夢を見過ぎた解釈かな、とも思うけれど。

 ちょっとばかり、親の愛に飢え過ぎた見方かな、とも思うけれど。


「あいつは親としてはまあ、クソだったと思うけどさ。……なんとなくわかるんだ。すべてを作品作りに懸けすぎて、それ以外の部分を育てられなかった職人の末路が、あのオヤジなんだろうなって。……『こうなるな』でも、『こうなれ』でもなくって、その姿勢を貫くことで、アタシに一つの見本を見せてたんじゃねェかって……なんとなく、そんなようなことを思うんだよ」


 言っているうちに、自分でもなんだかわからなくなってくる。

 ハイになっているのかもしれない。気まぐれが起きているのかもしれない。

 こんなに誰かに心をさらけ出したい瞬間なんか、今後の人生でもう二度とこないかもしれない。


「聞かせてくれよ、じいさん。アタシのオヤジは、どんな野郎だった?」


 老人は……

 腕を失った方の肩をぐるりと回してから、正面に積まれていく金属を見たまま、口を開いた。


「オレぁ、凡人でよ」


「……ああ?」


「テメェのオヤジみてェな、天才の考えなんざ、さっぱりだ」


「……そうかよ」


「アレのこたァ、本当に『忌々しい』と思ってたんだぜ」


「……アンタらが勝手を許したから、うちのオヤジはあんなんだったんだろ?」


「許せねェわけあるかよ。天才のことがわかんねェんだ。オレらが余計なことして、あいつの天才性が損なわれたらどうする」


「……」


「けどな、アレぁ、本当に忌々しいガキだったぜ。オレより二十も年下のくせしやがって、オレより五十年は上の技術を持ってやがる。そのくせ、誇るでもねェ。とんでもねェモンこしらえて、そンで、ガッカリしたツラぁしやがんだ。……たまんねェよなァ。忌々しいよなァ。憎々しいよなァ」


「……」


「そんでもってよ……たまらなく、格好いいったらねェ」


「……」


「ああ、チクショウ、思い出しただけでムカムカしやがんぜ。あのクソガキがさらりと作り上げてのけるモンを、オレらがどんな気持ちで見てたかわかるか? できることなら、ああなりてェと思ったモンだ。難しいことを当然のようにやってのける。オレらが一生に一回とどくかどうかの完成度のモンを、ただの通過点としか思ってねェ。ああなりてェ。あんな職人になりてェ。でも、なれねェから、忌々しいったらねェよ」


 老人の眉毛に隠れた目の中に、炎が見えた気がした。

 それは憎悪だった。

 それは恐怖だった。

 そして、憧れだった。


 老人が肘あたりから下の喪失した腕を見下ろしながら、言う。


「腕が残ってりゃあ、オレはまだ、あいつを目標に鋼を打ってたろうよ」


「……」


「いいか、テメェのオヤジはな、そういう野郎だった。この年寄りさえたきつける、でっかいでっかい炎だった。職人なら憧れて、目標に据えずにはいられない、オレらの誇りだった」


「……そうか。それは……」


 誇らしい、と言いたかった。

 でも、言えなかった。

 だからダヴィッドは目を閉じて、言葉を探して、


「それは、マジで忌々しい(・・・・)な」


「おうよ。それでこそ、テメェも職人だ」


「……いや、アタシは」


とんてんかんてん(・・・・・・・・)ってェ音なんざ、鳴らなくたっていいのさ」


「……」


「オレらは『打ち手』だ。その呼び方が(いき)だから、そう呼んでる。けどなァ、もう、ちいっとばかし、そう呼び始めてから、時間が経ちすぎた。新しい時代の打ち手には、新しい(いき)があるべきなんじゃねェのか?」


 ダヴィッドの工房にはいつだって静寂があった。


 それは彼女が『打ち手』ではないからだ。

 卑怯な手段で打ち手たちが苦心しておこなうことを、一瞬で済ませてしまうからだ。

 なにより、その便利さに甘えて、自分を打ち手たらんとする気概がなかった。


 自分の怠惰を、許せなかった。

 許せないのに一念発起できないことが、ますます、許せなかった。


 面倒ごとを避け続けた人生。


『自分一人でも』なんていうのは、気高さでもなんでもない。

 そうするのが楽だったからそうしていただけの話。


 新しい夢を見るのさえ面倒くさくて、親から受け継いだ夢にすがりついて生きてきた。

 作品を生み出す喜びを知ってしまって、それ以外に生きている意味を見出せなくって、ドラゴン殺しという目的を失ったら死んでしまうだろうという恐怖に怯え続けて生きてきた。


 でも、それは、どのみち、終わりの見えた目的だった。


 叶った夢は夢でなくなる。

 今、ダヴィッドの夢は、消え去ろうとしている。


 ドラゴンと時を同じくして、死のうとしている、たった一つの夢。


 ……空を見上げる。

 天蓋のなくなった村の空。ずっとずっと向こうまで見渡せる夕暮れの景色。

 遠くのほうにはドラゴンらしい影があって、それは、空で、なにかと戦っているようだった。


 空を飛び、炎を吐くあのクソトカゲに――

 生身のまま、ぶつかる、とんでもねェ馬鹿がいるらしい。


「悪ぃ、じいさん、村中をふんづかまえてアタシの作品作りを手伝わせてる最中だってェのに、アタシはもう、ドラゴンを倒した気でいる」


「ケッ、だろうな」


「……わかるのかよ」


「わからねェわけあるかよ。……テメェらはな、いっつもそうだ。一度作り始めちまえば、もう、出来上がった気でいやがる。そんで、実際に、望んだ通りのモンを作っちまう。……天才どもめ。『完成品が予定通りに出来上がるかどうか』なんてェ不安、てめェらは生涯感じることなんざねェんだろうよ」


「そりゃあ、アタシは、そういう力を持ってるからさ」


「関係あるかよ。『自分は完璧な仕事ができる』ってェ前提で、実際に完璧なモンを仕上げちまうのは、天才なんだよ。手段も道具も関係ねェよ」


「……」


「まったく、忌々しい親子だぜ。テメェを見てると、馬鹿みてェにたぎる(・・・)。オレに腕がありゃァなァ」


「腕なら、そのへんの端切れで作ってやるよ」


「……!?」


「生身のころより調子のいいヤツをな。アタシならできる」


「ケッ! 忌々しいガキだ! ……で、オレぁ、テメェの仕事になにを払えばいいんでェ?」


「新しい目標を見つけちまったんだ」


「ほぉ」


「剣を、作りてェ」


 持ち込まれたアレクサンダーの剣を思い出す。


 見事な素材。

 仕事は見事とは言えなかったけれど、それでも、及第点ぐらいは与えられる仕上がりの鋼。


 そしてなにより――

 見事な、ぶっ壊れっぷり。


 あの剣はたしかに直した。

 けれどまた遠からず壊れるだろう。

 そんな予感がするのだ。自分の仕事は現在できうる中で完璧だったけれど、『現在の完璧』程度では、絶対に、近々、あの剣はまた折れる。


 現在よりなお、進んだ先の技術が、素材が、必要で――

 それをかたちにできるのは、きっと、自分以外にいないし、いてほしくもないと、思う。


「絶対に折れず、絶対に曲がらず、よく斬れて、どんだけ乱暴に、どんだけの馬鹿力で扱っても、刃こぼれ一つしない、そんな剣だ。そのために、全部ほっぽり出して、あいつらについて行きてェんだよ。こんなありさまにしちまった村に対してとるべき責任を投げ出して、剣を作るために、あいつらと行きてェんだ」


「へっ」


 老人は口髭を揺らして笑い、


「そいつァ――馬鹿みてェな夢を見たモンだな」


 しばらく体を揺らして笑って、


「行ってこい」


「……悪ぃな」


「ケツはオレが拭いてやる。その代わり、最高の剣を作れよ。オレらは『ダヴィッド』をどこまでも追いかけるぜ。追いつかれるようなザマァ見せたらぶち殺すぞ」


 あまりにも物騒な、けれど、職人らしい言葉に、ダヴィッドは笑った。

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