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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
五章 打ち手と竜
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49話 その職人の名は

 親の意志を継ぐ。

 人命を守りたいという想いがある。

 集落の未来を考えている。

 運命という大きなうねり(・・・)の中で、自分がそういう役割を背負ったのだという確信がある。

 ある日、犠牲になる無辜(むこ)の者を見て、正義の怒りが湧き上がった。あのドラゴンを倒さねばならないと、そういう気持ちが、燃えたぎった。


 ――だなんて。

 そんな立派なものがあったら、どんなによかったか。


「アタシは、ただ、あのクソトカゲが許せねェんだ」


 それは怒りでさえなかった。


 あれを許してしまうことができないだけなのだ。

 許してしまったら、自分の人生が無意味なものになってしまうから、それがおそろしくて許すことができないという、そんな程度の理由なのだった。


 あるのは正義ではなく、使命感でもなく、思考でもなく、大義でもなく、意思でさえない。


 虚無をおそれる心。

 恐怖に突き動かされて、ダヴィッドはドラゴンを倒そうという気持ちを捨て去れない。


「あのトカゲを許せねェ気持ちを捨てたら、アタシはアタシじゃいられなくなる。だから、これは全部アタシのわがままだ」


 言葉にすればするほど、村人たちを説得できそうな感触が遠のいていった。

 これなら部外者のアレクサンダーが、理でさとしてくれたほうが、まだ勝算がある気がする。


 本当に、ここまでするほどのことだったのか?

 村の生活を一変させてまで為すべきほどのことなのか?


 たえず襲いくる自問へ、答えは返せない。

 いや、返したい答えがない。

 だって、絶対に、村のみんなを巻き込んでまですることではないのだから。


 そうやって納得して、みんな、大人になっていったのだろう。


 かつて飛び道具を作ろうとした者がいなかったはずがない。

 あのドラゴンに大事なものを奪われて、復讐の念に駆られた者も、いなかったはずがない。


 でも、みんな、大人になったか、大人にされてしまったのだ。

 挑戦より安寧を。変化より安定を。願望より大多数の幸福を。そういう大人に、されてしまったのだろう。


 あるいは子供のまま、死んだのだろう。

 無謀な挑戦をして、火炎にまかれて死んだ者も、いたのだろう。


 覚悟。技術。タイミング。

 どれか一つでも足らなければ、ドラゴンを倒すことはできない。


 そして今、そのうち二つがそろっている。


 アレクサンダーの発想を具現化する、ダヴィッド自身の能力。

 力のある来訪者たちにより、村の天蓋をまるまる使用できるかもしれないチャンス。

 だからあとは覚悟だけで、ダヴィッドは、話しながら、自分の中にそれを探している。


「アタシのわがままに快く付き合ってくれだなんて、そんなのが通らねェことは、わかってんだよ。村の誇りであり歴史である天蓋をぶっ壊して、馬鹿な夢に懸けてくれだなんて、そんなモンが認められねェことぐらいは、知ってんだ」


 ダヴィッドは、己の()を知っていた。


 名前さえつけられなかった生誕。

 会話もなかった父。

 村の中に居場所がなかった。

 ……作ってくれようとした人たちがいたのは知っている。でも、なじめる気がせず、自分から逃げ出してしまった。


 自分で自分を認められない人生を送ってきた。

 これからもきっと、永遠に自分を認めずに生きていくのだろう。


 だから、自分なんかのために、人に大事なものを賭けろとは言えない。


 話せば話すほど、考えれば考えるほど沈んでいく心。


 それでも。

 ……ああ、自分の価値を認められなくっても、相手の価値を認めていても、村の歴史を重く見ていても、どうしたって、あきらめきれないものを、見つけた。


「アタシは馬鹿なことがしてェ」


 思い描いたものを現実に表現(あらわ)すことだけを、ひたすらにやり続けてきた。


 作品作り。


 ダヴィッドは無意識下で思っていたのだ。

 自分に価値がなくっても。

 自分の生み出すものの価値だけは、おとしめることができない。


「史上類を見ない作品のアイデアがある。アタシの力なら、それを実現できる。でも、そのためには、莫大な量の素材が必要だ。……あきらめるべきなんだろう。巻き込むべきじゃねェんだろう。でも、描いたモノを作れない人生なんざ、アタシにとっちゃ死んでるのとおんなじだ」


 だからきっと、この主張はいつものアレだ。


「アタシは、死にたくねェ」


 創造のない人生など、死と同じだ。

 ダヴィッドは鋼を打たない。けれど生み出すことは彼女の人生そのものだ。

 名前さえ与えられなかった彼女が、唯一、言葉ではなく背中で、親から教えられたことだ。

 自分の価値を認められない彼女が唯一認める、価値ある行為だ。


「アタシの延命に協力してくれ。あのクソトカゲを殺す、とっておきの作品がある。それを実現するために、村の歴史をゆずってくれ。……頼む」


 それはまったく非論理的で、なんら利益を示すものではなかった。

 やっていることは強盗であり略奪だ。『お前らの生活をぶっ壊すから、そのための投資をしてくれ』という話なのだった。


 けれどそれはどうやら、利益でも理屈でもない部分を刺激したらしい。


「あの『ダヴィッド』が、史上類を見ないとまで言う作品を作るんなら、しょうがねェな」


 その信頼は、彼女の作り上げたものではなかった。


 高い技術で革新的なものを作り続けた、彼女の父親と……

 そして、方法こそ鍛冶ではなかったが、その名に恥じない作品を生み出し続けた彼女と、二人で作り上げた、二世代ぶんの、信頼だった。

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