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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
五章 打ち手と竜
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48話 生きる意味

 拘束して拉致して集めて並べる。


 その状態で『啓蒙』とやらを始める。


 自由を奪われた人たちはおびえた。なにをされるのか、自分たちはどうなるのかと困惑をあらわにした。


 けれどアレクサンダーの話が『天蓋を差し出せ』というものだとわかると、人々は二種類の反応を示した。


 一つは、自分たちを暴力的に従えたアレクサンダーどもへの恐怖だ。


 天蓋は誇りだ。天蓋は今まで自分たちを守ってくれた。

 なればこそ(・・・・・)、自分たちを守るために、あの天蓋を差し出すべきだ……そういう考えにいたった者たち。


 そしてもう一つは、強い、強い強い反発だ。


 天蓋は誇りだ。天蓋は今まで自分たちを守ってくれた。

 なればこそ(・・・・・)、その天蓋にこめられた職人たちの誇りを、歴史を軽んじてはならない。あの天蓋は命を賭してでも維持すべきものだ。

 ただの防衛機構ではない。象徴であり、歴史そのものだ。自分たちがここで死んでも、天蓋さえ残れば、自分たちの魂は後世に残るのだ。


「面白いなあ。命を差し出せば天蓋を守れるっていうロジックはどこから生じるのかね? 『天蓋をよこせ』ってやつらに抵抗したら、自分たちが殺されたうえに天蓋も奪われるっていう発想がわかないのは、本当に人の脳の不思議だよなあ」


 アレクサンダーは本当に面白そうに笑った。


 ……今さらながら、ダヴィッドの胸中に『とんでもねェやつらに加担したんじゃないか?』という疑念が浮かぶ。


 だが、それはあらゆる意味で手遅れだ。

 ダヴィッドはすでに、修理した『ゴーレム』という物量を使って、村人たちを集めるのに加担してしまっている。今さら村側に立つことなど許されない。

 それにダヴィッドは『覚悟』や『決断』を重いものと認識するタイプだった。自分がそう決めたのだから途中でひるがえすのは『逃げ』だ……そう彼女は考えてしまう。


 それに。


 そう悪い方向には転がらない予感があるのだった。


 ついさっき出会ったばかりだというのに、アレクサンダーという男は妙に信用してしまうなにかがある。

 実直だとか慎重だとか誠実だとか、そういった雰囲気からは遠いこの少年には、それでもなお信頼をあずけたくなる、なにかがあった。

 その『なにか』の正体は、ダヴィッドには、わからないけれど。


 だからダヴィッドは、きっと、アレクサンダーはここからどうにかうまくやるのだろうなあと思って、成り行きを見守ることにした。

 するとアレクサンダーが、拘束された村人たちに向かって、言うのだ。


「あんたらに、ダヴィッドから言いたいことがあるんだってさ」


「はあ!? アタシかよ!?」


 いきなり振られてびっくりした。


 事前相談とかそういうのは、もちろん、ない。

 本当にいきなりだった。


 アレクサンダーは救いようのないぐらい性急なのだった。

 思い立ってから行動するまでに、思考や迷いを差し挟む時間がぜんぜんないのだった。

 だからその行動は常に奇襲の属性を帯びていて、その奇襲は敵対者のみならず、味方まで巻き込むのだった。


 奇襲を受け、呆然とするダヴィッドに向けて、アレクサンダーが顔を寄せて、こっそりとささやく。


「あんたの気持ちをぶちまけりゃいい」


 その声は、頭の奥の奥、自分でさえのぞいたことのない、真っ暗な場所に向けて響くようだった。


「あるんだろ、理不尽に対する怒りが。『当然こうあるべきなのに、そうでない』ということに対する、やるかたない憤懣(ふんまん)が。空飛ぶ脅威にさらされていながら、飛び道具の一つも生み出そうとはしない、この集落のありかたに対する疑問が」


「……そんなモン、言ったところでどうなるってんだ」


「どうなると思う?」


「無駄だよ。こいつらは、根性なしだ。あのクソトカゲに逆らおうっていう気概がねェ。……言ったはずだぞ」


「言われた。でも、あんたは実際に言葉をかけて、協力を頼んだことがあったとは、言わなかった」


「……」


「やる前からあきらめるのが、この集落の流儀なのか? ドラゴンを殺そうともしないあの連中と、ドラゴン殺しをしようと呼びかけもしないあんたと、その二つはどう違う?」


「それは、それは……」


 ぜんぜん違う、と心が叫ぶ。

 同じことだ、と頭が判断する。


 感情と思考がまったく違う結論を出していた。

 なにが正しくて、なにが間違っているのかわからない。いや、間違っていることなどなく、正しい答えなんてものも、ないのだ。

 心に従うのか、頭に従うのか、それだけの問題でしかないのだ。


 すがるべき『正しさ』など、どこにも存在しないのだ。


「……ア、アレクサンダー、お前はドラゴンを倒すべきと思うから、ここまで意見を出してアタシに協力したんじゃねェのか?」


「おいおい、馬鹿なこと言うなよ。あんたがドラゴンを倒したいっていうから、協力してただけだぜ」


「でも、ここまでしておいて……」


「ああ、責任なら心配するな。あんたがここでやめるなら、この拉致の責任は俺が全部背負うよ。あんたも脅されてたことにすりゃいい。スキを突いたって感じでゴーレムどもを俺にけしかけて、村人を解放しろ。俺はてきとうにやって逃げるから」


「……どうして、そこまでして、アタシに決めさせる?」


「あんたの復讐だろ。手伝いはまあ、剣の修理のお礼」


「……」


「で、村の連中の説得は、俺にはできない。俺はドラゴンに襲われてもないし、打ち手でもない。俺の言葉はこいつらにはとどかない。あんたの言葉ぐらいでしか、こいつらは説得できないんだよ。……って、説明が必要だった?」


 必要に決まっていた。


 でも、それは。

 考えるまでもなく、わかるべきことだったとも、思う。


「……ああ、クソ、クソだ。アタシはクソだ。一人でやる楽さに甘えて、ドラゴン殺しを目指すならやるべきことを、すっ飛ばそうとしてた。ドラゴンの火炎とともにある村から、その火炎を奪おうってのに、倒しちまえばあとはどうとでも転がるとしか、思ってなかった。奪われる側の立場なんぞ考えてもいなかった」


「奪うのは勇気ある決断だと思うぜ。奪わないのは、慈愛ある決定だとも思うがな」


 アレクサンダーの意見は、まったく決断を後押ししてくれない。

 自分で決めるしかないのだ。


 為すべきか、為さぬべきか。


 為して、火炎を奪われた村人たちから糾弾され、この集落を終わらせる責任を負うのか。

 それとも為さずしてあの火炎に怯え続け、死したような一生を送るのか。いったいどちらが……


 自分の信念は、集落のみんなの生活を一変させてなお、貫くほどのものなのか。


「……そこまで、アタシの目的意識は、強固じゃねェ。これしかなかったから。これ以外に生きる意味を知らなかったから、そうしてきただけだ」


「ふーん」


「……でも、アタシは、生きていきたい。死んだようにじゃなくって、生きたように、生きたい。名前もねェ。まともな打ち手にもなれねェ。そのうえドラゴン殺しまで手放したら、アタシは自分がなんのために生きてるか、見失う」


「なにかのために生きる必要なんざないと思うがな。ただ生きてるだけでもいいと思うし、それはそれで立派だと思うがな」


「けど、それは、アタシにはできねェ」


「うん、だと思った。お前らはそういう感じだよな。平穏に価値を見出せない異分子。みんながすがってる安寧に価値を感じることのできない異端者。……あんたらは自分の命の重さをよく知ってるんだ」


「どういう意味だ?」


「俺はそういう連中が大好きだってこと」


 アレクサンダーは、背負った剣を抜き放った。


 そうして地面に突き立てると、刃は轟音を発しながら、大地を穿った。


 しばしの沈黙におかれていた村人たちが視線をアレクサンダーに集める。


 アレクサンダーはダヴィッドを向いて、こう言った。


「ダヴィッド、身勝手な主張をぶちまけろ。俺はそれを全力で肯定する」


 ダヴィッドはうなずき、そして、口を開いた。

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