45話 契機
孤独な研鑽は続く。
集落になかった『飛び道具』をいちから生み出さねばならない。
もちろん、まったくないというわけではなかった。
村では素材収集のために近くの山に入ることもある。
食材確保のために遠くの森に入ることもあるし、そういった村の外に出る用事のある時には、警戒せねばならないのだ。……『モンスター』を。
もちろん集落の者たちは飛び道具など軟弱だと思っているから、剣や斧を使う。
そう、『軟弱』なのだった。そういう価値観が、いつからか、どこからか、当たり前のように認識されている。
……ともあれダヴィッドにとってはどうでもいいような、その美学ゆえに、飛び道具はあまり好まれない。
とはいえたとえば森に入れば高い高い木々から実をとる時もあるし、足の速い動物を狩らねばならない時もある。
そういったケースで飛び道具が発揮する利便性はさすがに無視できるものではなく、誰でも一つぐらいは、小さな小さなスリングショットを持っているものだった。
これは一撃で獲物を狩るようなものではなく、せいぜい動きをにぶらせるとか、木の実を落とすとか、そういうことにしか使えない。
けれど村ではほとんど唯一の飛び道具なのだった。
だからダヴィッドも、唯一知るその飛び道具をモデルに試行錯誤を重ねる。
彼女の想像は素材さえあればすぐさまかたちになるのだけれど、スリングショットをいくら強くしようとしたところで、空にいる大トカゲにはとどきそうもなかった。
たとえとどいたとしても、威力が足りない。
もっとしなり、なおかつ大型化しても壊れない木だとか、機構だとか、そういうところに力を注ぐことはできたけれど、手に入る素材や、今あるアイデアだけでは、どうしても手詰まりなのだ。
トカゲを殺したい。
けれど、その方法だけが、どうしたって、想像もつかない。
想像さえつけばなんだって造れる彼女にとって、『想像もつかない』ということほど無力感を覚えるものもなかった。
いらだつ日々。
毎日の手詰まり。
殺意をたぎらせ続けるのも簡単なことではない。
『親を殺された』というだけが、彼女のモチベーションだった。
だって、それ以外に生きる目標がなかったのだった。
名前さえもらえず、母親を知らず、父親とは必要最低限以上の言葉を交わすこともなかった彼女にとって、初めて抱いた『自分だけの目的』が、あの大トカゲを殺すことだったのだ。
そのために生きてきた。
もう、そのため以外に、どう生きていいのかも、わからない。
修行を積んで普通の打ち手になる道はもう閉ざされている。
……実際は、まだ若いのだから、やり直せるのだろう。
けれど今さら年下の子供たちにまじって一から修行をする勇気はなかった。
村の外に出て、食料や素材を調達してくる役割を負うことはできるだろう。
けれどそれはすでに、かわいい作品たちに……巨人でも中に入っているかのような、例の勝手に動く鎧たちにやらせている。
それを『自分の役割だ』と思って生きていく虚無には耐えきれそうもない。
彼女は創造をおこなわない人生に自分が耐え切れるとはまったく思っていなかった。
たしかにあの鎧を生み出せるのは自分だけではあるのだけれど、すでに作り方がわかりきった鎧たちを動かし、座っているだけでいい人生というものは、彼女にとって恐怖を覚えるほどのものだった。
創造はすでに日常だ。
その日常が、もうすぐアイデアの枯渇により、終わろうとしている。
その恐怖、焦燥がいかほどのものか、余人にうかがい知れるものではない。
復讐しか、ない。
でも、どうしていいかも、わからない。
このままでは遠くない日に、なにもなせずに終わる人生。
それを変える契機は、あまりにも唐突におとずれる。
「あんたがダヴィッド? 俺の剣、直してくれよ」
そいつは村の外にいっぱいいるという『でかい種族』の子供のようだった。
あまりにも唐突に、人払いのための鎧たちを蹴散らして押し入ってきたそいつの名は、『アレクサンダー』といった。