44話 才能
繰り返される試行錯誤。
積み上がる試作品。
その工房には打ち手を打ち手たらしめるべき音がなかった。
トンテンカンテンと鋼を打つ音の響かない庵の中、今日もダヴィッドは一人きりで殺意をたぎらせる。
なにもかもが足りない。
まずは距離が足りない。
あの大空に翼をはためかせる大トカゲを殺すには、飛び道具が必要だ。
けれど、この村には飛び道具というものがなかった。
剣はある。斧はある。
当然ながら、鎚もある。
けれど、飛び道具だけがぜんぜんないのだ。それを作る技術だけが、まったく確立されていないのだ。
なぜ?
ダヴィッドは考える。
まさかこの集落が始まってから、あの大トカゲを殺そうと思った者が自分だけのはずはあるまい。
絶対に、いたはずだ。
親を、子を、親族を、あるいは誰でもいい、大事な人をあの大トカゲに殺されて、それを受け入れられず、あの空飛ぶ化け物に挑もうと考えたはみだし者が、史上自分だけというのは、ありえない。
だって『あの炎にまかれて死んだ者の命によって、炎はよりあかあかと燃えるのだ』なんていうおためごかし、誰もが納得できるものじゃない。
だというのに、飛び道具が……空を撃つ道具が一つもない。
……ああ、そうだ、この集落は、あのクソトカゲの炎とともにあった。
温度の高い、そして、なぜか鋼の仕上がりがよくなるあの炎なくして、この集落の鍛治はなりたたない。
だからきっと、あの炎を絶やしてはならぬという意図が、どこかにあるのだろう。
あのクソトカゲを殺してはならぬという意図が、誰かから誰かに、脈々と受け継がれている、のだろう。
ダヴィッドはそこまで考えて舌打ちをした。
つまらねェ話だ。
だが、つまらねェ周囲を変えてやろうというつもりは、ぜんぜんなかった。
村があのクソトカゲを殺さないつもりでも、関係がない。
自分はやると決めたのだから、やる。
飛び道具を作ろうとしたら誰かかから圧力がかかるというのなら、気づかれないように、一人でやる。
彼女は誰も、信じていない。
信じるものは、己の力だけ。
作業台の上に並べた素材をながめ、念じる。
それだけで、台の上にあった素材は、彼女の想像した通りの機能を持つ作品となる。
あきらかな異能。
村の誰も、どころか、世界の誰も持っていないであろう、彼女だけの力。
打ち手たちが何年もかけた研鑽ののち、多大な労力を払っておこなうべき作業を念じただけで終わらせてしまう、卑怯なる力。
彼女はこの力を信じている。なによりも頼りにしている。
でも、彼女はこの力を嫌っている。己の生まれ持った能力を誰より軽蔑している。
彼女は打ち手になりたかった。
でも、才能はなかった。
生まれつき念じただけで作品を作り上げてしまう彼女には、鍛治技術の向上にかたむけるべき情熱がぜんぜんなくって……
その後ろめたさから、熱意をもって腕を研鑽する村人たちに引け目があるのだった。