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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
五章 打ち手と竜
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43話 /ただ一つの夢

 奇行は時間の経過によって『いつものこと』になっていく。


 ダヴィッドにまつわるあらゆることもそうだった。


 全身鎧しかない(・・・・)存在が街を闊歩(かっぽ)し、お使いをするのも『いつものこと』。

 そいつらに外出が必要な用事を任せ、ダヴィッドが村に顔を見せないのも『いつものこと』。


 だからダヴィッドがたまに顔を見せる『その時』は、いつも、ダヴィッドの顔を見る数少ないチャンスとして、村中が家から外に出て、目を光らせていた。


「大トカゲが出たぞ!」


 警鐘とともに野太い声が響き渡り、村人たちは手に手に道具を持って家を出てくる。


 それは様々な形状ではあったが、どれも大トカゲの炎を持ち帰るためのものだ。

 ただの木材だと一瞬でケシズミにされてしまうものだから、冷めにくい金属だとか、あるいは特殊な気体を発する植物だとか、準備ができていなければなんでもいい、とにかく炎をかすめとってこれるものを、みな、手にして出てくるのだった。


 そんな中で、ダヴィッドだけが、なにも持っていない。


 例の金属鎧たちを十も二十も従えて、ただ、天蓋ごしに空をにらみつけている。


 ダヴィッドがひきこもってから物心ついたような若い連中なんかは、そういう時に初めてダヴィッドが女性だと知る者も少なくない。

 金属鎧の正体をあばいた悪ガキたちもそういったやつらで、連中はダヴィッドの職人らしい精悍(せいかん)さと、若い女らしいみずみずしさに、目を奪われたようになっていた。


 無理もない。

 このダヴィッドという女は美人の条件をことごとくそろえていたのだ。


 鮮やかな真っ赤な髪に、浅黒い肌。

 鍛え上げられて太い胴部に豊満な胸。

 背は村の中では少し低い部類に入るが、特徴となるほどの小ささではない。


 なにより、気の強そうな目がたまらなく、見る者を惹きつける。


 まるで炎のような。

 燃え上がるような、でも、どこかに影を宿したような、目。


 ああ、打ち手は炎に見入ってはいけないと、最初に教わるはずなのに。


 悪ガキたちはダヴィッドという炎に魅入(みい)ってしまった。


「天蓋が溶けるぞ!」


 その声に反応して彼らが天蓋を見上げた時にはもう遅い。


 経年による劣化か、あるいは大トカゲの吐く炎が強化でもされているのか。

 かつて『史上最高の職人』と呼ばれた男が製作した部分の天蓋が、ボコボコと泡立ち、どろりととろけ落ちてきた。


 それはゆったりと降下してくるように見えた。


 けれど実際は、回避の間に合わない速度だった。


 とろけた金属をまとえば人なぞ生きてはいられない。苦しい苦しい最期を迎える。


 その恐怖さえ想像する余裕もないまま、悪ガキたちは金属に呑まれかけたところを、ダヴィッドの操る金属鎧によって救われた。


 その救いかたはずいぶん乱暴で、そのせいで悪ガキたちはケガを負ってしまったけれど、一命はとりとめたのだ。


「ボケッとしてんじゃねぇ! 死にてェのか!?」


 ダヴィッドにされたあまりにも荒っぽい一喝を、悪ガキたちは忘れないだろう。


 彼女はしかし、助かった彼らにはもう興味がないとばかりに、溶け落ちてできた天蓋の穴から、空を悠々と舞う大トカゲをにらみつけて、つぶやく。


「クソトカゲが。あたしがぶっ殺してやる」


 炎を求め、あるいは逃げ惑い、もしくは治療のために奔走し、騒がしい周囲には決して届かぬ声で、彼女は憎々しげにつぶやく。


 それが親から継承された憎悪(ゆめ)なのか、彼女自身が自分の意思で抱いた目的(ゆめ)なのかは、余人にはわからない。


 あるいは、彼女自身にも、わからない。

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