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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
五章 打ち手と竜
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41話 名もなき彼女

 ある日のことだ。彼は炎に呑まれ、(すみ)となった。


 そうしてダヴィッドの人生は、村の平均寿命よりもずっとずっと短く終わった。


 幼少期、彼は神童だった。


 若年期、彼は周囲と交わらぬ孤高の天才だった。


 青年期、彼はようやく村のみなとの交わりを覚え、人に愛される『最高の職人』となり……


 晩年、彼はまた、『わけのわからない男』に戻ってしまった。


 子供が物心つく年齢になったころに妻を追い出し、村外れに構えた工房に引きこもってしまった。


 それからはもう、工房から出てくることがなかった。


 素材や道具の調達は娘に任せて、本人はずっとずっと工房の中でなにかをやり続けたのだ。


 だから晩年の彼がなにを考えていたのか、まるでわからない。


 ある日、彼の娘から「オヤジは死んだ」と告げられた村人たちは、このわけのわからない、けれど史上最高の打ち手の死を悼み、盛大に葬儀をとりおこなった。


 そうして、ダヴィッドの血と技術を受け継いでいるはずの娘を、打ち手として、村でも名のある工房に入れた。


 みな、期待したのだ。

 この娘が次のダヴィッドであることを。その技術を、発想を受け継ぎ、進化させ、村にもっとよい鋼をもたらすことを。


 ところがこの娘は、打ち手としての才能がぜんぜんなかった。


 どうやらダヴィッドは基本さえ教えていなかったらしい。鎚のふるいかたさえ知らない。火の入れ方もわからない。

 そもそも、鍛治というものを、ぜんぜん知らないようだった。


 この村は腕のいい打ち手は尊敬され、ある程度の奇行でさえ前向きに解釈される。


 ダヴィッドは変人だったけれど、その史上稀に見る打ち手としての能力で村人から尊敬を集めた。


 その娘には、打ち手としての力がぜんぜんなかった。


 ……だからだろう。その娘が工房を出て、ダヴィッドが晩年を過ごした場所に帰っても、工房長も、村の老人たちも、同世代の打ち手候補たちも、誰も、気にすることがなかった。


 打ち手になれず、その助けにもなれない者に対して、村は興味を抱かない。


 だから、村人たちが彼女の名前を知らないのだと気づいたのさえ、それから数年後のことだった。


 みごとな、けれど既存の鍛治技術ではとうてい作れない作品を持ち出した彼女は、その特異な発想力と、想像さえつかない技術力と……

 晩年の父親同様、人との交わりを嫌う変人的性分から、こう呼ばれることになる。


 ダヴィッドジュニア。


 名前のない、ダヴィッドの血と技を受け継ぐ、謎多き打ち手。

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