31話 あまりにも口うるさい兄/どうしてもままならぬ弟
「サロモン! 今日こそはおとなしく、村の警備任務をこなせ! 狩りだけではなく、外敵から村を守ることも村人の大事なつとめだ。聞いているのか!?」
ふん、と鼻を鳴らして応じた。
最近のサロモンは不思議に思っていることがあった。それは『ジルベールはなぜあんなにも怒り続けることができるのか』ということだ。
だいたいいつも怒っている。
これだけ普段からブチ切れていれば村の連中ともよほどうまくいっていないに違いないと思うのだが、困ったことに、ジルベールは村の連中のあいだではかなり評価が高く、同年代の中では指導者的立ち位置にいるようなのだった。
外面のいいことだ。
サロモンは鼻を鳴らす。
ジルベールは――金髪碧眼で、サロモンによく似たとがりかたの耳をしたその男は、眉間を指でおさえて、ため息をついた。
「……頼むぞサロモン。お前の孤立は、年々ひどくなるばかりだ。男のお前は一生この村で暮らしていかねばならんのだから、村の者との協調を大事にしてくれ」
女は『歩き』に出るのだが、男は村に残るのが通例だ。
『歩き』というのは村に昔からある習慣だ。
その時の村の人口にもよるが、成人した女の半数ほどは村を出て他の村を目指す。
モンスターだらけのこのご時世、生き残る者は少なかろうが、それでも生き残った女は他の村で子をなし、そこで子を産み、産まれた子をおいていく代わりに行った先の村から女を連れてまたこの村に戻ってくるのだ。
だが最近は本当に厳しいご時世のようで、つい先日、百年前に『歩き』に出た女が一人戻ったっきり、新しく戻ってきた者はいない。
……この厳しい時勢こそ、男が『歩き』に出るべきだと思う。
そのあたりをかつて進言したこともあった気がするが――たしかそれも、よくわからない文句をネチネチと言われて、『却下する』の一言さえないまま、却下されたのだろう。
「……ジルベール」
「どうした。任務の拒否は許さんぞ」
「……いや、なんでもない」
「最近のお前はそうだな。なにかを言いかけて、言いよどんで、やめてしまう。……サロモンよ。お前の実力は知っているし、お前が単独行動をしたがる気持ちもわかる。だが……だが、協調をしてくれ。我らは力を合わせねば生きていけないのだから」
弱者の戯言、としか思えなかった。
サロモンは一人でも生きていける自信があった。実際に、生きていけるだろう。
あらゆることを『一人きりで』おこなう想定で訓練している。いつか旅に出るためだ。
いつか。
それがいつになるかはわからない。今すぐでもいい。目的地はない。強いて言えば、この村以外ならば、どこだって目的地たりうる。
いつか。
今でもいい。
ならばなぜ、今、旅立っていないのか。
「……サロモン、お前は間違いなく村で一番の実力者だ。けれど、実力者が実力者として受け入れられるには、みなに認められる必要がある。兄として、お前がみなに認められる実力者たることを、私は強く望むよ」
やはり戯言。
けれどジルベールの戯言には、どこか、耳をかたむけてしまう響きもあるのだった。
一人でも生きていけるし、今すぐ出て行ってもいいが――
ジルベールに黙って、というのは、なにか抵抗があるのだった。
だから『旅立てずにいる』というよりは、『言い出せずにいる』。
この口うるさく、神経質で、いつも怒っている兄に旅を認めさせる何かを、サロモンは探し続けていた。
見つからない。
見つかりそうにもない。
鬱屈した日々が過ぎていく。
今日もなにもない、平和な一日だった。