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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
四章 狩人たちと不毛の荒野
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30話 ままならぬ日々/なにもない平和な一日

四章 狩人たちと不毛の荒野

 世界は謎に満ちていて、サロモンは毎日そんな謎と直面するのをうとましく思っている。


 だって狩猟民族のはずだ。狩りができる男こそがもっとも偉大なはずだ。狩りの腕前でこそすべてが決まるはずだ。


 だというのに周囲はサロモンにうるさく文句を言うばかり。たたえようともしない。


 きっと兄が悪い。ジルベール。あいつは男のくせに本当に細かくてうるさい。神経質なのだ。いや、ジルベールだけではなくって、村全体が、病気かと思うぐらい、神経質だ。


 サロモンが主張する。『自分は腕のいい狩人だ。だから、強い獲物以外には興味がない』


 すると猛烈な勢いで周囲が色々言うのだ。

 そのあまりに言葉数の多い『注意』は、まとめてしまえば『普通の狩りにもきちんと参加しろ』という話なのだが、それだけを伝えるのにどうして普段の生活態度からネチネチと言われなければならないのかが理解できない。


 サロモンが主張する。『自分は単独行動でこそ真価を発揮する。弱い周囲と肩を並べて動くなどやってられない。だから、一人でやる』。


 するとまたお説教だ。

 口数は相変わらず多い。連中は一つのことを注意するのに十も二十も『注意したかったけれど今まで言えなかったこと』を思い出し、それをついでとばかりに並べ立ててくる。

 サロモンは閉口するしかない。連中は口から生まれたに決まっていた。弓の腕を至上の評価基準とする狩人のはずが、連中はよくしゃべる。口で語る。語るなら弓の腕で語れ、といつも思う。


 サロモンは主張する。


 説教をされる。


 サロモンは主張する。


 また、説教をされる。


 最初のうちは『周囲が誤っていて、自分は正しい。ならば、いずれ愚かな周囲の連中も考えを改めて、正しいのがどちらか気づくはずだ』と思っていた。

 それは親切心のつもりだった。間違いを正してやっているつもりだった。善意からの行動だ。サロモンは『正しい意見』を言い続ける。


 けれど周囲はネチネチとわけのわからない過去の事例まで持ち出して、サロモンがいかにダメかを語る。

 いや、実際にダメかどうかなんて、連中の中ではどうだっていいのだろう。『サロモンはダメ』という結論にたどり着けるならば、途中の道行きも――真実さえも、どうだっていいのだ。


 サロモンは、主張しなくなった。


 勝手に行動する。勝手にやる。無言のまま、好きなようにやる。


 すると説教をされる機会は減った。

 どうしようもないからだ。

 周囲が気づいた時にはすでにサロモンは行動を終えている。無事に帰ってきているし、それなりの成果だってあげている。


 だから周囲はなにも言わなくなったし、サロモンとの会話さえ、試みることがなくなった。


 村もだいぶ、居心地がよくなったと思う。


 しかし――それでも、ジルベールが、うるさい。


 なにかにつけて文句を言ってくる。こっそり出て行って、こっそり帰ってくる。あの神経質そうな顔の男が待ち構えている。


「サロモン、お前、その長すぎる外套はなんだ」


「サロモン、お前、その髪もいい加減に切れ」


「サロモン! 単独行動ばかりするな!」


「サロモン!! 村のみなと足並みをそろえろ!」


「サロモン!!」


「サロモン!!」


 ――うんざりだ。


 こんな村を出て行ってやるというのは、もうずいぶん長いこと、胸に秘めていた誓いだった。


 自分の力を活かせる場所はここではない。同じ『狩人』とされている村の連中はあまりにも弱すぎる。そいつらと集団でおこなう狩りはもどかしいにもほどがある。


 満足いく、強い獲物を求めたい。


 命をすり減らすような、スリルがほしい。


 ――闘いだ。


 闘いとはもっともシンプルでもっとも『己』を試すことのできるものだった。

 細かな生活態度をネチネチ責められようが、いつも一人でふらふらしていることをグダグダ責められようが、いい加減嫁を持つことを視野に入れて女どもと接点を持てとかいう戯言をグチグチ言われようが、闘争が可能であれば、ただの一矢で相手を黙らせることができる。


 だが、村の相手は弱すぎた。


 一方的な虐殺など獣相手に飽きるほどおこなっている。

 それに、相手が闘う気でないのに『グチグチうるさかったから』という理由でいきなり矢を射かけては、こちらの気が狂ったみたいではないか。


 すべてが闘いで決まる、そんなシンプルな世界ならばよかったのに。


 そうしたら誰にも負けなかったし――


 いや。


 自分が負けてしまうほどの相手だって、闘争だけが唯一の価値観なら、そこらじゅうにごろごろいたはずだ。


 自分より弱い村の連中に、わけのわからない文句で従わせられるのではなく、もし、自分よりも強い相手に、闘争の結果として従わせられるなら、まだ納得がいった。


 やはり闘争だ。

 闘争こそが、あらゆる物事を解決する最良の手段だ。


 しかし村は平和だし、ジルベールはうるさいし、他の連中はかかわらないようになったからいいようなものの、ジルベールがそういった連中とどうにか接点を持たせようとしてくる。


 ままならない鬱屈した日々は続く。


 それをぶちこわす者が現れるまで。

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