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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
幕間 その少女
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27話 すべてはよりよき未来のために

幕間 その少女

 その日、穴蔵の中にいる一柱の少女の生存を誰しもが忘れていた。


 その村には予言者がいた。村の危機を予言する者だ。

 力ある者は歓迎された。その力を活かす方法をみなで考えて、村が平和に栄えるためにどうしたらいいか、全員が必死で悩み抜いた。


 その結果、予言の力を持った少女を地下に監禁することにした。


 だってそうだろう。

 この強い不思議な力をもし他の村の連中に奪われたら? もしモンスターどもに食い殺されたら?

 そんなことは許されない。あっていいはずがない。


 だから、少女は地下にかくまわれた。天井に一つあるだけの穴以外の出入り口のない場所に閉じ込められた。

 その穴だって普段はふさいでおけば、少女の身柄は完璧に安全だ。完璧なる安全と村の幸福のためであれば、少女のいる場所にいっさいの光が入らないことなど、ささいな問題だろう。


 誰かがいると悟られては困るから、その地下空洞には定期的な入れ替えが必要な消耗品の一切を置かない。

 調度品もない。かたく冷たい岩肌が彼女の寝床であり、彼女の机であり、彼女の椅子だ。多少は不便だろうがそれも仕方のないことだ。すべては彼女の安全のためだから。


 食事はサッと投げ入れるだけとする。


 だってそうだろう、丁寧に食事を運んでいる姿を、誰に見とがめられるかわからない。うやうやしくお世話をする姿を、どこから見られるかわからない。

 ならば目撃されることにそなえて、あらかじめ、『ここに価値ある者などおりませんよ』という態度を普段からとっておくことが大事だ。


 すべては彼女の、安全のため。


 いやしかし、こういう想像もできる。人は、忘れる。人は、変わる。世代をまたげば、記憶は薄れる。

 少女に『まるで価値のない存在であるかのような』態度をとり続けているうちに、村人たちは、本当に少女に価値がなくって、少女の予言に耳を貸さないことが自然だと思ってしまうようになるかもしれない。


 それは困る。だって、少女は本当の本当に大事な存在なのだ。

 光のいっさいない場所で、硬い岩肌の上で、投げ入れられる食事だけで生命をつながせているのも、すべては大事な彼女が大事だから守ろうとしてのことだ。


 だから村人に彼女の大事さを忘れないでいてもらうために、なにができるか?


 そうだ、彼女が『我らとは一線を画す者』であることを明に示せればいい。


 まずは見た目だ。

 汚く暗く場所にいても、服装だけは整えよう。それらしい――神の言葉を降ろす者らしい服装をさせておこう。

 次に言葉遣いだ。

 やはり、日常的に耳にする言葉遣いでは、ありがたみが薄れてしまう。なにかもったいぶったような、いかにも神が語りかけているかのような、そういう言葉遣いを、徹底していただこう。


 すべては彼女の、保全のため。


 彼女が神のもの以外の言葉を操り始めた。どうやら食事を投げ入れる村人との会話から覚えたらしい。

 困った。神以外の言葉を、神の言葉のように語られては困る。このままでは予言が予言たり得なくなってしまう。

 たくさんの小石の中に輝く美しい石を混ぜても、素人には見分けがつかない。たくさんの『それらしい言葉』の中に混じった『本物の予言』を見抜くには、どうすれば……


 ああ、そうだ。


 予言以外の言葉をしゃべってはならないということにすればいい。


 彼女の口から出る予言以外の言葉は、すなわち呪いの言葉だ。当然だろう、さも予言のように語られた言葉が、予言でなかったら、予言自体の価値が薄れてしまう。


 まったくもって腹立たしい。彼女の特別さを示すために覚え込ませた言葉遣いが裏目に出てしまった。

 どうして彼女は人なのか。どうして彼女は予言を語るだけのモノにならないのか。腹立たしい。憎らしい。どうしてこんなにも手をかけているというのに、大きくなればなるほど、彼女は人らしくなっていこうとするのか。


 いっそ、彼女の『人』の部分だけを殺せればいいのに。


 予言の機能だけを取り出すことができたなら、こんな手間はいらない。その力だけを抽出できたならば、こんなにも手をかけて彼女を保全する必要なんかなくなるのに。


 ああ、そうだ。

 そうすればいいんだ。


 彼女が人らしいことをするたびに彼女を罰すればいい。彼女が予言者である以外の己を獲得しそうになるたび、その個性をすりつぶせばいい。

 やりかたはしらないが、これはしつけの範疇だろう。怒鳴られ、時にぶたれて子供はわがままを是正していくものだ。

 だから、予言者がもし『人でありたい』という気持ちを見せたならば、そのように正してやればいいのだ。


 完璧だ。


 これで、完璧な予言者ができあがった。


 穴蔵の中の名前のない少女は、人を超えて神になる。


 光のない場所で育ち、夜空を照らす明かりが差し込んでさえまばゆそうに目を細める彼女。予言以外の言葉を吐くことはなく、村の外から見れば『価値のないもの』に見えるその存在。


 ようやくこれで、完全なる幸福が村におとずれる。


 すばらしい力を持ったこの存在のお陰で、村は長く長く救われ続けるだろう。


 ありがとう。本当にありがとう。

 生まれてくれてありがとう。予言で村を守ってくれてありがとう。

 万感の思いを込めて祈りを捧げます。


 どうぞこれからも我らをお救いください。


 末永く、末永く――



 その日。


 村がモンスターの大規模な襲撃を受けた。


 予言はなく、村人たちは逃げ惑うだけで――


 穴蔵の中の予言者を助けようとした者は、誰も、いなかった。

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