26話 村暮らしの終わり/冒険の始まり
旅立ちまでの期間、アレクサンダーはロゼに色々なことを教えたようだった。
それは主に教育だ。けれどアレクサンダーの知る教育についてそのままは使えないようなので、二人して連日ほぼ夜を徹しながら、すりあわせたり、応用したり、していたようだ。
ある空も白み始めた時刻、ヘトヘトになった代行者が耐えきれずに気を失い倒れ込んだあたりで二人の話し合いは終わった。
そうして、ちょうどのタイミングで、アレクサンダーが村の鍛冶を総動員してやらせていたことが終わったらしい。
男が四人がかりでなにか板のようなものを運んできた。
あまりにも巨大な、金属の板。
アレクサンダーは差し出されたそれの、持ち手のような部分を片手で握ると、頭上にかかげた。
男四人が、決して長くない距離を、それでも息をきらせながらはこんできたものを、アレクサンダーは軽々と持ち上げ、調子を確かめるようにふりまわしたのだ。
「うーん、持ち手に布とか巻いてほしいな。まあでもおおむね希望通りのデザインだ! よくやった! これで我らの村にはいっそうの幸福があることでしょう! 知らんけど」
最後の一言だけぼそりとつぶやき、アレクサンダーはその物体を、背中に背負っていたホルダーにおさめる。
「兄さん、それは?」
たまらず聞けば、アレクサンダーは答えた。
「剣」
「……剣? そんな、兄さんの背丈より長いものが?」
「背丈よりは長くないよ。……おんなじぐらいでは? あのな、前に言ったじゃん、ダンジョンマスターみたいなの倒したって。そいつってば黒く輝くオオカミもどきだったんだけど、そいつを倒した時に拾った、金属の毛皮があったんだよ。それを加工して剣にしてもらった」
「重くないんですか?」
「俺とみんなではレベル差があるっぽいからな。まあ、俺自身のステータスは見えないけど、ごらんの通り、俺の主観では羽のように軽い。実際に他の金属よりだいぶ軽くはあるはずだ。それでもここまでのサイズなら重いんだろうけどさ」
そう言いながらアレクサンダーは、納めたばかりの巨大剣を再び抜いたり、振り回したりする。
そばでそんなことをされるものだから、剣を持ってきた男たちは慌てて飛び退く。
そうしてまた、背中に剣を納め、何度か抜き差しし、具合を確かめ始める。
相当、気に入っているようだった。
イーリィはそのあまりに子供っぽい様子にくすりと笑ってしまう。
「なんだよイーリィ、お前も振るか?」
「私には無理ですよ!?」
「いや、そうでもねーって。少なくとも今のお前、剣持ってきた連中より腕力あるし。ほら、俺と一緒に森でレベリングしたじゃん? この村で一番強いのは俺だとして、二番目か三番目がお前だから」
「いえ、でも、私はそんな重いものなんか持ったことないですよ」
「筋肉の太さとSTRは関係ないし、今まで重いもの持ったことあるかどうかはもっと関係ない。……まあ、いいならいいけどさ。カッコよくねえ? 大剣。ロマンあるよな。大剣。俺はデカイ武器が好きだ。大好きだ! 巨大ロボットとかも好き。今度話をしよう。人が乗っかって戦う人型の巨大機械の話だ」
「私は旅だということで、父……前任代行者さまに杖をいただきました。歩き疲れた時などは便利ですし、荷物をひっかけて持つこともできますし、いろいろなことに使えるようですよ」
「魔法とかな」
「火熾しは別に、杖がなくとも……」
「……この世界の魔法のショボさも、俺の不満要素だ。道々改善していこう」
ファイアーボール! とアレクサンダーは叫んだ。
別になにも起こらない。
意味はわからない。以前までは『アレクサンダーだから』と言われていたこういった行為も、今は『神のお告げかもしれないな』と言われるようになった。
アレクサンダーにまつわるあらゆる『不思議』が、今、村では『神』で説明がつけられている。
彼が操る奇妙な言語やら、どれほどケガを負っても死なないことやら、あるいは魔法をまったく使用できないことまでもが、神に選ばれたゆえの特別さとして人口に膾炙するようになったのだった。
「じゃあ、行くか。世界を見に」
「あの、代行者代行をきちんとみなの前で任命してから……」
「わかってるよ。ノリだよノリ。今すぐ行きたいって気持ちがあふれ出してんだ。わかんねーかなあ」
「はあ、なるほど」
「まだ見ぬ文明を目指して!」
「もしもなかったら?」
「盛り上げていこうよ! ネガティブなのよせ!」
「いえ、気持ちはわかるんです。私も同じ気持ちです。でも……兄さんはちょっと、計画性がないから……行き当たりばったりなところ、ありますし。私がしっかりしないと」
「まあ、『ない』ことが証明できりゃ、それはそれでいいさ。……うし、そうだな。どうせなら『果て』まで行こう。世界の果て! そこまで行けば、なくってもあきらめがつく!」
「果て……」
「あったら嬉しい。なかったら――その旅路が、俺の娯楽になるはずだ。語って聞かせる価値のある、冒険譚になるはずだ。つづりに行こうぜ、冒険譚。まずは、俺とお前、二人でだ」
アレクサンダーの心はすでに、旅路にあるようだった。
このままでは走り出しかねないので――
イーリィは、アレクサンダーの手をしっかりとつかむ。
「私と二人で、ですからね。置いていったらダメですよ」
「わかってるよ聖女様。お前はまあ、俺が守るさ。そういう役割だからな。だから手を放せ」
「今にもどこかに走り去りそうなので、つないでおかないと」
「……あーのーなー……俺が倫理観と前世の記憶と現在の体とのあいだで揺れてるの、お前は知らないからそういうことができる」
「どういう意味ですか?」
「うるせぇ聞くな」
アレクサンダーはむしりとるようにイーリィの手から手を離した。
少年少女は旅に出るのだった。
その旅路の果てにどういう末路が待ち受けるか知らない彼らは、どこかはにかんで、幸せそうに、旅の経過を思い描くのだった。
これは建国の物語だ。
いずれ祭り上げられ神格化され、都合の悪いことは忘れ去られるような彼らが、まだ生きていたころの話。
五百年先まで名を遺す者たちが旅をしたり、笑ったり、泣いたりする――
そういう、結末の決まった、物語。
三章 イーリィと花香る聖域 終
次回更新 8月8日(来週土曜日)午前10時