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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
三章 イーリィと花香る聖域
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25話 さる黎明

 巡礼の旅に出る。


 それは村公認の事業なのだった。万全のサポートが約束されているのだった。

 しかし旅は危険だ。それゆえに責任をもって代行者が旅立つこととなったし、聖女もまた、神からもっとも恩寵を賜っている身として、もっとも過酷であろう第一巡礼団に組み入れられる。

 そのあいだ、村を守るのは前任の代行者の仕事だ。今までの経験がある彼が守り、若い次代の代行者が旅をする。とても自然だ。


 不自然でも問題はない。

 さも自然であるかのようにカバーストーリーが作られるから。


「あとさー、おっさん、やっぱ思考力奪うような教育はまずいって。この村、俺じゃなくても簡単に乗っ取れるもん」


 神殿で前代行者と現代行者が話し合いをするので、そこには他の誰も近づけないし、その話し合いに聖女が同席するのもまた自然なことだ。


 イーリィは今回起こった色々なことを振り返って、思う。


 自然か、不自然かは、全部、演出によるのだった。


『本当に論理的整合性があるか?』『本当に必要な事情があるか?』なんていうことを、多くの人は考えない。

 なんとなく、気持ちよく信じられるストーリーを提示されれば、それを信じるのがどうやら普通らしい。


 信じる者を救うのは、神でもなければ、信じさせる側でもない。


 信じた者自身が、頭の中で、都合良く、自分は救われているかのように錯覚するだけだ。


 テーブルを挟んで向かい合う二人の男を、イーリィは少し離れた場所から見ている。


 代行者の執務室はあまりにも簡素で殺風景だった。

 木造のそこを構築する木々はところどころささくれだっていたし、ベッドも硬い木の寝台があるだけで、柔らかくするための仕掛けがなんにもされていない。


 テーブルだって『ただ、ある』だけだ。一人分の食事が乗るか乗らないかという程度の大きさで、ぐらぐらしていて、体重をあずければすぐにでも壊れそうだった。


 前任の代行者――ロゼは、わずかに重心を前にかたむける。


 彼の座った小さな椅子はそれだけでギシリと不安になる音を立てた。


「……しかし、半端に考える余地を与えるのは、よろしくない。想像力と思考力のない者は、すぐに余計なことを考える。であれば、教えのはしばしに『考える必要はない』と忍ばせ、思考力を奪うのが最良だ」


「問題点一。外からの『思考力がある』やつに対応できない。問題点二。俺みたいなイレギュラーに対応できない。問題点三、そもそも、思考力を奪えてるわけじゃない」


「……問題点三について、解説を」


「ヒマな人間が『考えること』をやめるかよ。『考えて』『自分なりの答えを出す』ってのは、創造主が人類に最初から装備させてる機能であり快楽だぜ。どれほど不自由でも頭の中は自由だ――ってまあこれはおっさんが知るはずもねーキャラクターの言葉だけどさ。人から思考力を奪うことはできねーよ。平和だから無駄なこと考えてるだけだ」


「平和でなければ?」


「そりゃあ、自分が苦しいのは誰のせいなのか? を考える。たいていは『自分のせいだ』にはならねーな。指導者側への不満をためこんでいくのがオチだぜ。『自分よりあきらかに強く、自分を幸福にすべきもの』への文句を言うのは何千年経とうが大流行を続ける娯楽だからな」


「しかしそうあったとしても、それは神の代行がまずかっただけのこと。神の権威は揺らぐまい」


「本気?」


「……違うのか」


「思考力に期待してるのかしてないのかどっちなんだよ。そんな責任の所在を細分化して考えられるような思考力があるんなら、とっくに神っていうペテンに気づいてるわ」


「……」


「神が選んだ代行者だぜ、俺ら。で、神が力を与えた聖女だぜ、あいつ。で、神はどこ?」


「それは人が触れられぬ場所に……」


「そう、触れられないんだよ。ってことはさ、神が選んだ俺たちの治世がまずったら、村人は誰を殴りゃいい?」


「……いや、しかし、それは……」


「とりあえず目の前で神を代行してるヤツを責めるだろ。偉いヤツが奥に引っ込んでたら『偉いヤツを出せ!』って下っ端につかみかかるんだぜ、人は」


「しかし、出しようがない」


「なら今の神関係を処理して新しい神か、指導者をもり立てるな。『処理』は場合によるが、まあ殺処分が妥当かな」


「……」


「わかったかおっさん、この村はな、新しい神に弱いんだ。災害とかが起こって、今の神への不信が高まって、そんな時に村の外、あるいは中から野心を持ったやつが現れる。そいつらが新しい『すがり先』を用意する。『自分たちを救うべき新しい神』を提示された村人たちは迷わねーよ。だって迷うなんて発想がないんだもん」


「……」


「村の外から来たおっさんがうまくいったのはな、最初っからそういう村だったからさ。そしておんなじ理由で、新しく村に入ったヤツがうまくいく可能性もある。それを防止するためにはやっぱ『教育』ですよ。騙されている時に騙されていると考えられる思考力か、騙されることもあるという知識をつける。たいていのことは知識か想像力でどうにかなるんだ」


「……言っていることは、わかる」


「マジかよ。学校教育も受けずにわかるのか」


「だが、だが……私には、荷が重い。私は、思考力もなく、神を信じればすべてうまくいくと信じ切っている連中を、教育するなど、やれそうもない。……アレクサンダー、お前が、やってはくれないか?」


「おっさん、俺はな、まず、第一に、最初に、俺の目的を叶えるために動く」


「……」


「それ以外は、『できたらやりたい』程度なんだ。俺の旅立ちを邪魔するなら、この村も、おっさんも、イーリィも、『どうでもよくなる』可能性は否定しない。俺は手荷物なしでも村を出て行けるってことを忘れないでくれよ」


「……わかっている。わかっているが、どうすれば……」


「学校教育の始まりとか知るかよ。まあ俺の知ってる初等教育であれば概要を教える。一定の効果は出ると思うけど、具体的な内容はあんたが考えてくれ。まず文字とか。その結果文明が発展して、娯楽ができてくれたら超嬉しい」


「……わかった。きっとそこが、ぎりぎり、譲歩できるところなのだろう。今さらお前が知りようがあるはずもない知識を持っていることは……多くは聞くまい。今から村でやることを思えば、そこを理解するために割くほど、思考力に余裕がない」


「あ、カリキュラムの教導は有料です」


「有料?」


「……ようするに対価がいるってことだよ。ちょっとやってほしいことがあってさ。村の鍛冶を総動員するレベルなんだけど――」


 むしろそこからが本題とばかりに、アレクサンダーはうきうきと話し始める。


 最初は注意深く聞いていたロゼはだんだん怪訝な顔になり、最後には、


「……使い物になるのか、そんなものが?」


 眉をひそめて、首をかしげていた。

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