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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
三章 イーリィと花香る聖域
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21話 意思

 一人で抱えるにはあまりにも重いけれど、誰かに話そうとは思わなかった。


 アレクサンダーが村を出て行く。


 それは、イーリィ以外には誰も知らないことだった。

 きっと知られたところで彼は困らない。予定を早めるだけだろう。でも、誰にも明かさないつもりでいる。二人だけの秘密のまま、重すぎて抱えきれないまま、過ごす。


「アレクサンダーになにかを言われましたかな?」


 ……けれど、態度には出てしまうらしい。


 生まれた時から自分のことを知っている代行者にはわかってしまって、朝にはそのことを問い詰められそうになった。


「べつに、なんでもありませんよ」


 そう言ってみるのだけれど、神殿の小部屋で向かい合う代行者の目はあまりにも鋭く、すべてを見透かされているような気持ちになってくる。


 じっと黙って見つめられ続けると、だんだん居心地が悪くなってきて、このままでは視線に負けて洗いざらいぶちまけてしまうのではないか、と思えてきた。


 ぶちまけたい気持ちも、ある。


 抱え切れそうもないのだ。アレクサンダーが出て行くことは、村にとっても早めに知っておくべき大事件なのだ。

 彼がもたらしたものの多さを思えば、彼を引き留めたがる村人は多いだろう。

 というか、代行者がまず、絶対に出て行かせたがらない。だって十五歳になった者を一人前と認める儀式――第二成人式で、アレクサンダーに神殿勤務を任せる、と告げることになっているのだから。


 絶対に教えるべきだ。


 ……だからこれは、アレクサンダーの意思を選ぶか、代行者や村の者の意思を選ぶかという二択なのだ。


 イーリィだけに与えられた究極の選択だ。

 この選択一つでイーリィの立ち位置が定まってしまう。アレクサンダーを冒険に出すことを推奨するのか、それとも、アレクサンダーを村にとどめることを推奨するのか。


 イーリィの胸中はしかしもうちょっと複雑で、アレクサンダーの味方ではあるのだけれど、出て行ってほしくはない、というものだった。


 アレクサンダーと対立したくはないけれど、出て行ってほしくはない。


 出て行かせない、という目標のために無心で行動できるわけでもない。


 どっちつかずのままだった。なにも決められないままだった。

 自分にゆだねられているものは多いのに、なに一つ、選び取れない。


 部屋から出られないのと同じように、一人で踏み出すことができない。


「なんでもないです」


 いじけたようにそう言った。


 実際に、いじけるしかなかった。


 代行者はまだイーリィをにらんでいたけれど、それ以上視線を向けてもなにも情報が得られないと理解したらしい。

 額に手を当てて、ため息をついた。


「……少しだけ、父親として話をしてもよろしいでしょうか?」


「……えっ、な、なんですか?」


「アレクサンダーは、だいぶ、村の常識から外れている。あれの思考は、他の村人と、階層が違うのです」


「……階層?」


「はい。階層、位階……ともかく、ズレています。そして、ズレていて、優秀な者は、排斥される」


「……」


「だから、あれには、特別な立場が必要なのです。神のご意志を賜るという、立場が必要なのです。子供の時代には無邪気に遊んだ同年代が、大人になって急に『理解』してしまい、異常であり優秀な者を排斥するというのは、実際に起こることなのです。その時に彼を護れるのは、神だけなのです」


「それは、あなたの実体験ですか?」


「……そうです。そうして、私には、あなたの母がいた。意思が強く、気高い女が、私の味方でいてくれた。だから私は今、この村に来て、こうしていられる。心折れずに、自分たちが生きていく方法を模索し、実践できている」


「……お母さん」


「……イーリィ、自覚なさい。あなたも、アレクサンダーも、普通ではない。あなたたちが生きていくのには『神』が本当に必要なのです。『理解できぬ、けれど自分たちに恩恵をもたらすと無邪気に信じられる、大いなるなにか』が必要なのですよ。けれど……」


「……?」


「もしも、村人たちが、『神』という心地いい夢から目覚める日が来たら」


「……」


「あなたが、アレクサンダーを支えてやってください。……同じような話をアレクサンダーにもするつもりです。あなたを支えられる者は、この村にはアレクサンダーしかいない。アレクサンダーを支えられる者も、この村にはあなたしかいない。あなたたちが、ええと、『ケッコン』をするのは、必然なのですよ」


 代行者の言葉に感じ入りながら、イーリィはふと、思った。


 思ったことを、なんとなく、考えもなく、口にしてしまった。


「この村以外なら?」


「……なんだと?」


「この村に、私の相手は兄さんしかいない。兄さんの相手は、私しかいない。……でも、この村以外ならいるんですか? もしも兄さんがこの村以外に行ったら、私よりふさわしい相手がいるんですか?」


「……アレクサンダーは、出て行くつもりなのか」


 代行者の言葉を聞いて、初めて自分が自白同然のことをしたのだと気づいた。


 慌てて撤回しようとするも、代行者の視線があまりにも鋭くて、言葉を呑み込んでしまう。


「……まあそうか。必然ではあるか。階層は合えども方向が違う。あいつは神に懐疑的だった。……神を使ったこの統治に、はっきりと、批判的だったな」


「代行者さま! その、兄さんは……」


「待ちなさい。……少し、待っていただきたい」


 代行者は両手で顔を覆って、しゃがみこんだ。


 それは考え込んでいるようでもあったし、深く気持ちが沈んでいるようでもあった。


「ああ、だめだ。だめだ。あいつを止める方法が、まるで思いつかない。風のように駆けて、片腕で私を振り回して、殴られても蹴られてもまったく堪えないあいつを、いったいどうやって止める? 食料も水もぜんぜん準備のいらないあいつを。寝込みを襲うこともできないあいつを、どうやって……」


 漏れてくる声は絶望的だった。


 イーリィは、戦うアレクサンダーをそばで見ていて、『強いなあ』ぐらいに思っていた。


 しかし代行者は、何度もアレクサンダーと戦っている。

 それはじゃれあいみたいなケンカなのだけれど、それでも、わかってしまうものがあるのだろう。……代行者はかなり強いように思えたのだが、今のアレクサンダーはそれより圧倒的に強いのか、と少しばかり苦笑してしまう。


「……第二成人式まで、あいつはきっと行動しないでしょう」


 そこまでは言っていないのだけれど、代行者は読み切った。

 おそらく、イーリィよりも、よほどアレクサンダーの行動パターンにくわしい。


「ああいう節目の大事なものをぶちこわすのが好きな男だ。しかも唐突に行動して、唐突にぶちこわす。奇襲を趣味にしているんだ、あの男は!」


「……あの、代行者さま」


「……失礼。取り乱しました」


 すっと立ち上がった代行者の顔には、いつものような、厳格な表情が張り付いていた。


「イーリィ様、我々は絶望的な危地に立たされています。あなたの力が必要です。協力していただけますね?」


 逆らえるタイプの声音ではなかった。


「いえ、その、私に協力できることは、なにも……」


「あなたには神から授かった力がある」


 見るだけで、ケガも病気も治す力だ。


 それ以外はできない。イーリィは意識さえあって目を開けていられる状況だったら、その力をいくらだって使えるけれど、本当に、それができるだけなのだ。

 最近は狩りでケガをする者も減ったので、だんだんとお役御免になりかけている力なのだった。


 それを使うとは、つまり。


「第二成人式で、あいつをたたき伏せ、村に残るよう説得します。あの手のタイプは、勝負を挑まれて負ければ、一つぐらいは言うことをきく」


 イーリィはまた違った見解で、『やりたいことはなにしてでも絶対にやる』というタイプだとアレクサンダーを見ている。

 しかし代行者はみょうにアレクサンダーの心を読むところがあるので、あちらが正解かもしれない。


「私の回復をお願いしたい。あいつと殴り合う私の味方を、お願いしたい。あいつを村にとどめるために、神より賜りし力を貸していただきたい」


 はっきりと言葉にされてしまった。


 イーリィは悩む。

 そんなことをすれば、はっきりとアレクサンダーと決別してしまう。

 決別してでも居残ってもらうか、決別せずに出て行かせるか、それはイーリィがずっと悩んでいることだった。悩んだままどちらも選べないままでいることだった。


「……よろしいですね」


 強く言われて、か細く承諾してしまう。


 いつも、こうだ。


 アレクサンダーがしてくれたように、強引に手を引かれると、ついつい流されてしまう。


 その手を引く相手が父親ともなれば、逆らう方法は見つからないし――


 自分が逆らいたいのかそうでないのかさえ、イーリィには判断がつかなかった。

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