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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
三章 イーリィと花香る聖域
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19話 兄にした日

 十二歳になった日、同世代の成人の儀を部屋の中で聞いていた。


 みんなで神様にお祈りを捧げている。

 ここまで生きてこられたのは神様のお陰で、これから生きていくにも、神様のお力が必要だから、ああして祈るのだという。


 なんで、神様なんだろう。


 自分と同じなのに、自分とは違うみんな。

 イーリィの特別な力は神様から授かったのだと言う。

 みんなはできないらしいことがたしかにイーリィにはできて、だから特別なのだという。


 でもイーリィは神様に祈ったことなんかなかった。

 神様の声を聞いたこともないし、存在を感じたこともない。


 ああして熱心に祈ったって意味はないのだとなんとなく察していた。

 みんなが祈りを捧げたところでイーリィみたいな力は得られないし、イーリィがご神体を蹴っ飛ばしたところで、力を失うことはないのだろうという確信がある。


 この力は、そういうものだ。


 くわしいことはわからない。ただ、確信だけがある。この力はそういうものだ。自分という存在に紐づいている自分の力だ。神様は関係ない。

 それは理由のない確信だった。思い上がりではなくって、そういうものだと思うと、ストンと胸に落ちる。


 切り離せないこの力を、切り離したい。

 切り離せたらきっと、みんなと同じように、いろんなことができるだろうに。


「よお」


 物思いに沈み込んでいた意識をヒョイッと引き上げるような声がする。

 そこにはいつものようにアレクサンダーがいて、彼は「ノックはした」と言い訳みたいに言ってから、近寄ってくる。


「行くぞ」


「……どこへ?」


「表でやってるだろ? お前も十二歳じゃん。……いや十二歳? ほんとに? ついこないだまでお前、もっとこう、平べったくて、小さかったよね? 実は十五歳ぐらいなのでは?」


「十二歳です」


 むすっとしながら答える。


 小さなアレクサンダーは、ちょっとだけ背伸びをして、イーリィの頭をぽんぽんとなでた。


「で、十二歳のイーリィさんは成人の儀とかよろしいの? みんな着飾って参加してるけど。あ、今ね、代行者さまがありがたいお話をしてくださってるところ」


「……私には必要ないんです」


「なんで?」


 そんなの、こっちが知りたかった。


 代行者は『みんなと同じように』させるのを嫌う。

 特別なイーリィは、特別だから、普通の人と同じことをしてはいけないのだと言う。

 だから成人の儀にも出られない。


 ……言いたいことは、わかる。

 けれどそれは代行者の都合であって、イーリィの都合ではないのだった。イーリィの願望はなに一つ反映されていない、ただの押しつけなのだった。


 押しつけだけれど、逆らえないのだった。


「しょうがねーなあお前はホント。よし来い」


 アレクサンダーはイーリィの手を握る。


 そうして乱暴に、けれど痛くないように、引っ張られた。


 イーリィは慌てる。


「あの、本当に、ダメで、絶対に出ちゃいけないって、代行者さまが……」


「それに従う筋合い、ある?」


「筋合いって……」


「ああ、親だから子に従うっていうアレ? まあまあ、人生十二年ぐらいじゃあ、親は世の中の正解を全部知ってて正しいことしか言わない、みたいな幻想持っちゃうよね。でもな、大人はけっこう間違えるんだぜ。代行者だって間違えることもある」


「あの人は、代行者さまです。神様の意思を代行する人だから……」


「お前はなんだよ」


「……え?」


「聖女じゃん。神様の寵愛を一番受けてる的なのなんだろ? 代行者より下なわけ?」


「でも、わたしは、神様の声を聞いたことなんかないですから」


「その神、ホントにいると思ってんの?」


 ……それは。

 ずっと心に秘めていた問いかけだった。いるとは思えないと、思い続けていた。


 でも、口に出してはならない気がして、誰にも言えなかった、言葉。


 代行者が神を語る。みんなが神を信じている。

 そんな村で、神様の実在を疑うなんて、できない。疑っているなんて、口に出すことはできるはずがない。


 それはなにか、大きくて大事なものを壊してしまう気がする行動だった。

 言葉一つで壊れるものなんかあるのかどうか、わからない。でも、その言葉は、それだけの威力があるような気がして、おそろしくて、放てなかった。


「俺は神様に会ったことあるけどさ、少なくとも、ここの神様はそいつじゃねーよ。いたとしても誰かを幸せにすることもできないクズだ。熱心に祈ってくれた子を見殺しにするゴミだ。捧げられた信仰に応えない神なんか、たとえ実在したっていないのと同じだろ?」


「でも、私の力は、」


「お前の力はチートスキルだ。正しい神様が正しく与えた力に『ずるい(チート)』だなんて冠はつかねーよ。つーかさ、どうでもよくね?」


「……なにがですか?」


「お前、出たがってんじゃん、成人の儀」


「……」


「まあいいんだ。それさえどうだっていいんだよ。俺が、お前は成人の儀に出たそうだと察した。それが事実か思い込みかはわからないが、俺は事実だと思ってる。だから、誘拐して成人の儀の場に連れ出す」


「……」


「お前の意思が介在する隙間はないんだ。代行者がどんな注意をしてようが、お前がどんなふうに思ってようが、俺は万難を排してお前を誘拐する。いつものことじゃねーか。俺がいったい何度お前を誘拐したと思ってんだ。お前はいつもみたいに、変な顔してついてこい」


「変な顔なんかしてませんけど!?」


「してるよ。こう、唇をぎゅっと結んで、目を泳がせて、頬をピクピクさせてる顔だ。こんなの。……頬をピクピクさせるのめっちゃ難しいな。どうやってんの?」


「やってません!」


「とにかく来い」


「……いつもみたいに抱っこして連れて行けばいいじゃないですか。最近しないですけど」


「いやお前、だって、なあ?」


 アレクサンダーが視線を泳がせた。


 頬を掻いて、


「チビの俺から見ると、お前はもう大人の女って感じなんだよな……身長とかも抜かれてるし。メリハリもあるし。その相手を抱っことか……照れるじゃん」


「……」


「お前のこと妹みたいに思ってたけど、見た目はすでにお前のほうが姉になってるし? 俺はほんと全然でっかくならねーし。さすがに過度な接触は遠慮するっていうかさ」


「……私が大きくなったからいけないんですか?」


「端的に言えばそう」


「どうすれば小さくなります?」


「率直に言って無理」


「じゃあ、アレクサンダーはどうしたら大きくなるんですか?」


「俺が知りたいわ」


「私はあなたの妹分でいたいです。あなたが気軽に連れ出せる、妹分のままで」


「いや抱っこできないってだけの話で……うーん、まあ、そうだな。連れ出すのにも遠慮が入るな。近い将来絶対、お前に近づくの避けるようになる自信があるわ。なんせ思春期だからな。思春期男子からすると、お前はちょっと近寄りがたい。十二歳でこれだもんな」


 そう言われた時の絶望感は、すさまじいものだった。


 頭を思い切り殴られたような衝撃が、本当にはしった。ぶつん、と視界が一瞬真っ暗になった気がする。


 だってアレクサンダーが連れ出さなくなれば、イーリィはずっとこの部屋にいるしかないのだ。アレクサンダーが手を引いて、抱っこして外に連れていってくれないと、イーリィはここから出ることもできない。


 自分の意思で出ろ、とアレクサンダーなら言うだろう。


 でも、それができるほど強くないことを、イーリィは自覚していた。


 それができるほど強かったら、代行者になんと言われようと、今日の成人の儀にすでに参加しているだろう。

 代行者の言葉はイーリィにとって、やっぱり、絶対なのだった。逆らうのはおそろしいのだった。


 殴られるとか、怒鳴られるとか、そういうことは、全然ない。

 けれど、代行者をがっかりさせるのが、どうにも、イヤなのだった。


 ……ひどい話だ。それは、アレクサンダーに、代わりに怒られて、がっかりされてほしいと思っているということにほかならない。


 でも、代行者はアレクサンダーを怒らない。

 怒鳴っている。投げ飛ばしたりもする。でも、そのふれあいは――じゃれあいは、イーリィが外に興味を示すたび代行者がため息をつく時の感情とは、まったく違う、楽しそうなものに思えるのだ。


 アレクサンダーだけが、代行者に『しょうがないか』と思わせることができる。


 だから、アレクサンダーがいてくれないと、イーリィは困るし、近寄りがたいと言われると、解決しなければいけないという思いが強くなる。

 でも、解決できないらしい。

 それがなんでかは、わからない。


 イーリィは一生懸命考えた。これほど考え込むのは、きっと、一生のうちでもう二度とないだろうと思われるほど、考えた。


 どうしたら、妹分のままでいられるのか。

 どうしたら、彼は自分を連れ出し続けてくれるのか。

 どうしたら――


「兄さん」


「はい?」


「あなたは、私の、兄さんです」


「なぜそうなった」


「兄さんだから、会ってください。兄さんなので、たまに、外に連れて行ってください」


「……うーん。いや、あのなあ、いきなり『兄さんなので』って言われても、俺は別にお前の兄さんではないし……」


「……」


「兄さんではないのだけれども」


「……」


「……はい! 兄さんです!」


 視線の圧力で兄さんをもぎとった。


 イーリィは口の中で何度も『兄さん』という言葉を転がした。それは、前々からほしかったものが手に入ったかのような、不可思議な充足感を感じさせる響きだった。


「よーし、兄さんお前を誘拐しちゃうぞー。いやもう今の問答で疲れたので帰って寝たいのですが! なんか強い視線の圧力を感じるので! ここは逆らったほうがのちのち面倒だと察した次第であります!」


「成人の儀は今日しかないんですよ」


「もうお前の見た目だけなら『成人の儀は三年前に済ませた』って感じなんだけどな。俺の二次性徴まだ?」


「早く、早く」


「なりは大人なのに中身は子供だよなあ、お前。ほんと扱いに困るわ……まあいいや。ほら行くぞ。しっかりついてこい」


 手を引かれて、部屋から出る。


 不思議なものだ。


 たった一人では、おそろしくて、部屋から出ることさえ、ままならないのに――


 この手に引かれていれば、どこまでも行ける気がした。

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