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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
一章 アレクサンダーと森の奥地の恵み
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1話 英雄たち/追放者たち

一章 アレクサンダーと森の奥地の恵み

 その村は『村』でしかなかったし、その森も『森』でしかなかった。


 固有名詞なんていう贅沢品は全然いらないのだった。なにせ村はここらへんでこの一つしかなかったし、森だって一つしかなかった。

 ただし村民たちにはそれぞれ名前があって、その中でも『アレクサンダー』というのはちょっと大仰というか、長いというか、いかにもなにか成し遂げそうな、そういう名前だと思われていた。


 ところがこのアレクサンダーはなんにも目立つ能力がない。


 悪い点はなかった。いい点もそれほどなかった。

 なにをさせても村の同世代の中では真ん中ぐらいで、村民が彼の特徴を挙げろと言われたならば、みんな困ったように笑いながら考えたあとに、『優しくて、いい子だよ』とでもひねり出すことだろう。


 何年かして、みんなが大きくなって、そのころにようやく、アレクサンダーにも特徴が出てくる。

 チビだった。


 同世代と比べてあきらかに背が低いのだった。

 ふわふわの黒髪と気弱そうな面立ちは女の子のようにも見えた。腕力は肉体なりで、脚力も肉体なりで、それからやっぱり、気が弱くて、押しが弱かった。

 平均的だった男の子は、こうして、平均未満の少年に成り下がった。


 この時代のこの村に職業選択の自由があったならば、きっと彼は女の子に混じって針子でもしていたのだろうけれど、残念ながら今の世界は男女でキッパリ役割がわかれている。

 男に生まれたなら狩りに出なければならないし、狩りのできない男は『不要』とされる。


 村人は多くなかったけれど、食糧事情は常にカツカツなのだった。


 ぐるりと木製の壁に囲まれたその村の周囲には『モンスター』という異常存在がうろうろしている。

 これが一般野生動物と違うのは『倒すと消える』ことと、『異常な敵意を持って人類を襲ってくる』ことだ。

 狩りをする男たちはこの『倒すと消えるから食えもしない』生き物をすり抜け、『森』の入口あたりにいる食べられる動物やら木の実を狩ってこないとならない。


 幸いにも村から森まではそう遠くなかったし、モンスターどもは昼のうちはそう活発でもない。

 力自慢の大人たちはモンスターに対応するために粗末な剣を手に警戒し、まだ力の弱い子供たちが木の実を集め、若者が野生動物を狩るという分業で村はどうにか食料を確保していた。


 温かい季節はそうやっていればなんとか食料が尽きることがなかったけれど、問題は寒い季節だ。

 雪深くなるその時期には村から森への移動さえ困難だし、森へ入ったところで動物も植物もとれやしない。


 だから寒くなる前にはたきぎ(・・・)の確保と保存食の確保で男たちはいそがしくなるのだけれど、最近どうにも、森でとれるものが減ってきている。

 いよいよ雪が降り始めた時になっても充分な冬越えの準備はできていなくって、たきぎ(・・・)が足りなくて誰かが凍え死ぬだろうし、食べ物が足りなくて誰かが飢え死ぬだろうとみんなが噂した。


 きっと、森の奥には手つかずの恵みがたくさんあるのに。


 けれどその森の奥には入ってはならないのだった。

 入った者が、一人も帰ってこないのだった。きっとたくさんの食料があるはずなのに、そのあるかもしれない宝を、指をくわえて見ているしかないのだった。


 雪がちらついても続行されていた狩りはいよいよ続けるのが難しくなり、今年の冬を越せるかどうか、不安が村人たちの中に広がっていった。


 この不安を払拭すべく、村から何人かの『英雄』が選ばれた。


 村を救うため、森の奥へと踏み行って、手つかずの自然から恵みをちょうだいする役割だ。


 親のない子が選ばれた。

 素行に問題のある子が選ばれた。

 能力が低い子が選ばれた。


 そうやって選出された英雄候補の中にはアレクサンダーもいて、彼は大人たちが使い倒してくたびれた、ひとふりの剣をもらい、その重さと、にぶい光沢に目を輝かせた。


 村人はみんな歓声をもって英雄たちを送り出した。

 本当に期待していたのだ。森の奥で食料をとってくることができたならば、こんなにいいことはないと、その夢みたいな未来を心の底から期待していたのだ。


 そうなるといいな、とはみんな思っていた。

 そうはならないだろうな、とも、みんな、思っていた。


 ようするに口減らし。


 英雄たちはボロボロの身なりで旅立った。

 うっすらと雪の積もり始めた曇天の下、村人たちの笑顔に送り出されて、英雄たちは死地へ向かう。帰ってこないだろうと思われながら。

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