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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
三章 イーリィと花香る聖域
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18話 特別でなければいけないもの

 モンスター狩りと『恵みの地』見学を終えた。


 寒い季節ももう終わりかけている。とはいえ、まだまだ冷え込む。

 これまでは外に出ることのなかったイーリィの服には、この季節から厚い上着が加えられた。


 もっとも、厚着はだんだんと村のみんなの家にも加えられているようだった。

 アレクサンダーが『モンスターを倒すと強くなれる』ということを広めたお陰で、みんな、体が強くなった。

 足が速くなって、力がついて、体力もついた。だから冬でも吹雪いていない時なんかは、森の入口まで行こうという動きがあるらしい。


 不思議だ。野生動物も木の実もないのに入口まで行ってどうするんだろう。

 その疑問に彼は「レベリング」と短く答えた。


 レベリング。耳慣れない言葉だった。彼はこういう耳慣れない言葉をよく使う。使ったあと、じっと見ていると、「ああ」と必要性に気づいたみたいに説明をしてくれる。


 ようするにそれは鍛錬のようだ。

 体を鍛える。冬のあいだに体を鍛えておけば、暖かい時期になった時に、より遠くに、より強い獲物を求めに行けるのだとか。


 けれど鍛錬ぐらいみんな冬にはしていると思う。

 その疑問に、アレクサンダーは答えなかった。

 答えなかったというか、


「いや、筋トレじゃ経験値がたまらないから、大して効果がねーんだよ。経験値……あー……レベル……うー……ステータスが……えーっと……まあモンスター倒す方がいいんだ。色々」


 と、明確な答えを語れない様子だった。


 分厚い上着を着て、アレクサンダーと二人で『恵みの地』で過ごすことが増えた。

 まだまだ村の子供たちが真冬にここまで来ることはできないけれど、アレクサンダーは誰の許可を得るでもなく、勝手にイーリィをここに連れて来るのだった。


 代行者はもちろん『やめろ』と強く言うのだけれど、何度も繰り返すうちに言うことに疲れてしまったらしい。いくつかの約束事をさせるだけで、アレクサンダーの行動にだんだんと口を出さなくなってきている。


 実のところ代行者は、アレクサンダーのことを、認めているのだった。


 送り届けられて神殿に帰ると、代行者から、その日にアレクサンダーとしたことを事細かに聞かれる。


 イーリィも話すのが楽しいものだから、一生懸命に、今日見たもの、感じたことを、代行者に伝えようとする。

 けれど彼女にはまだ語彙が足りなかったし、自分の感じたものが、なんという名前の感情なのかも、まだぜんぶはわからなかった。


 たどたどしく、語る。

 楽しく、語る。


 その様子を見ている代行者の顔はなんとも言えない複雑なもので、嬉しそうなのか、不満そうなのか、それともまったく別の感情なのか。

 いつかわかる日が来るのだろうか。

 まだ十一歳の子供だけれど、十二歳で成人したあとには、わかるのだろうか。あの、きらびやかな成人式を超えた先では、見えるものが変わってくるのだろうか?

 イーリィはその日を楽しみにしていた。


「……イーリィ様、あなたが村のみなのように、成人の儀をおこなう必要などありません。あなたは聖女で、特別なのですから。村の者たちとは、同じではないのです」


 代行者は、イーリィの父のはずだ。


 けれど彼はイーリィを聖女様とかイーリィ様とかかしこまった呼び方をするし、イーリィもまた、かしこまって彼と接することを義務づけられていた。


 なんで、なのだろう。


 物心ついた時からイーリィは聖女で、父は代行者だった。


 だからそういうものだと思っていた。それが正しく当然の姿で、それ以外はないのだと思っていた。


 けれど最近は世界を知った。アレクサンダーによりもたらされた情報の洪水が、曇っていた部分を洗い流して、自分たちのおかしさを際立たせる。


 イーリィは、『なんで?』と疑問を抱くことを覚えた。


 なんで、なのだろう。なんで、なのだろう。問いかけても答えはない。『聖女だから』『特別だから』と答えにならない答えが返ってくるだけだ。


 力があるから、というのは、だいぶ正しい答えなのだろう。


 でも、力があったって、普通の子のようにしたっていいはずだ。

 アレクサンダーはそう接してくれる。

 最初は遠慮があった村の同世代の子たちも、アレクサンダーといっしょに話すうちに、だんだん仲良くなっていってる。


 特別な人生は嫌だ。

 花の香りがする小部屋の外には神殿があって、神殿の外には村があって、村の外には世界がある。


 イーリィの見える範囲よりもっともっと大きな世界があるのだと、アレクサンダーは言った。「俺さ、いつか、そこに旅立つんだよ」と声をひそめて教えてくれた。


 いっしょに行きたい。


 アレクサンダーの夢はまだみんなに秘密で、だから、アレクサンダーとともに夢を見る自分の夢も、誰にも言えない。


 特に、代行者には、言えない。

 だって、


「……業腹ですが、私の次の代行者は、アレクサンダーしかおりますまい。あいつ以外にこの役割と聖女様を任せられる者が思いつかない。ですから、アレクサンダーと仲良くするなとは言いません。村のみなと接するのも、仕方ありません。けれど、あなたは、特別です。その線引きだけは、きちんと、心にとめておいてください。あなたとアレクサンダーが、この村をしょって立つことになるのですから」


 代行者は、この村でずっと過ごしていかせたいらしい。


 イーリィは話を聞きながら、閉じられたドアの小窓に目を向ける。


 そこから見えるものは、かつて『世界』だと思っていた神殿の壁だ。


 今はその狭さを知ってしまった。

 心はすでにはるか空の向こうにあるのに、この身だけが、ままならない。

 それがなんだか――『ずるい』ように感じる。

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