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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
二章 ロゼと神
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16話 かくして神は生まれた

 神のない村に彼がたどりついた時、気を張り続けなければならなかった旅の過酷さから、彼の頭髪はすっかり抜け落ちていた。


 大きかった体はますます大きくなり、旅で繰り返されすぎたモンスターとの戦いは、彼によりいっそうの強さを与えていた。


 日に焼けた肌。垢じみた衣類。


 桃色の瞳には若かりしころのぼんやりとした雰囲気はない。油断なく周囲を見回すクセのついたその眼光は、初対面の者を射すくめ、『ただものではない』と思わせるに充分だった。


 未だ十代の彼はもう三十か四十に見えた。


 彼がその村の信頼を得た方法はきわめて簡単で、圧倒的な力を見せつけ、村の食糧事情を解決するだけでよかった。


 年寄りと子供の多い村だった。若い世代があまりにも少なすぎた。

 近くの森に入った若者たちが、モンスターに襲われてだいぶ死んでしまったのだという。


 息子をなくした老人と、親を亡くした子供たちの姿に、ロゼは心を痛めた。


 もちろん、ロゼにとって都合のいい環境ではあった。けれど彼はそれを素直に喜ぶ気にはなれなかった。

 人の死はいたましいものだ。

 つがいの女のような気高い者がいたかもしれない。自分のように物事を思慮する者だっていたかもしれない。イーリィのような特例中の特例がいた可能性だってある。それら可能性が潰えたのは、村にとって間違いなく損失だった。

 ロゼは有能なる者たちがいた可能性を思い、彼らというすばらしい存在が亡くなってしまったかもしれないということを、とてもいたましく思ったのだ。


「けれど、これからは大丈夫だ。私は、神の力によって強さを得た。この子もまた、神にえらばれた聖女なのだ。これからは、我らが、我らの神が、あなたたちを救いましょう」


 私は神の意思を代行する者です、とロゼは述べた。


 ロゼは自分を神とはしなかった。あくまでも代行とした。


 それは、失敗した時のためだ。


 神を名乗って失敗すれば、そのまま聖女まで連座で不信感をもたれる。

 けれど代行者を名乗って失敗すれば、それは神の意思をうまく代行できなかっただけのこと。正しき神の意思をより正確に代行できるあとがまを立てればいいだけで、イーリィの持つ『神の力』の聖性(せいせい)は失われない。


 ロゼは活躍により信者を増やした。


 それはもちろん実際に狩りや村内整備による活躍もあったのだけれど、彼が重点を置いたのは『神にすがっているだけでうまくいく』と村人を教化することであった。


 なにも考えなくていい。

 神がすべて、教えてくれる。


 なにもこわがらなくていい。

 信じるだけで、救ってくれる。


 判断なんか、しなくていい。

 神に従うだけで、ほら、すべてうまくいくだろう?


 ――想像力のない者に、想像をさせてはならない。


 人はいくつになっても乳飲み子だ。頼るべき親がいれば頼る。すがるべき者がいればすがる。

 人はみな、本心では『なにも考えず、責任をとらず、判断せず、ただぼんやりと生きていたい』と思っているものなのだ。


 だから、神という絶対者を広めた。


 急速に広がる信仰。

 ロゼは興奮を覚えていた。


 生まれ育った村で、ああまでうまくいかなかったものが、神の名を騙るだけで、こんなにもうまく運ぶ。

『自分たちを人知のおよばぬモノから護ってくれる庇護者』などと、そんな存在、いるはずがないのに、みな、いると信じて疑わない。


 ロゼは己のイメージ作りがうまくいっているのを確信する。


 村でもっとも大きな建物を得て、そこを神殿とした。

 ありもしない神のご神体を作りあげて、それに祈りを捧げさせた。

 子供に聞かせる物語は随所に神をちりばめたし、十二歳で成人する者たちには神への感謝を述べさせた。日々の狩りもそうだ。出発前と帰還後に、神への祈りを捧げさせる習慣を生み出した。


 そして、聖女を『触れ得ざるモノ』として、神域に入れた。

 花の香りがする小部屋は、イーリィの力とあいまってより強く人々に『神』を感じさせることだろう。


 なにもかも、うまくいっている。

 神という存在にすがっただけで、こんなにも楽に、上手に、やれている。


 歓喜に満ちるロゼは気づかない。


 皮肉にも。

 誰より神の存在を信じていない彼が、誰より強く、神を感じている。


 神というものを扱うだけですべてうまくいくという彼の気持ちこそが、まさしく信仰そのものだということに、彼だけは、気づかない。

二章 ロゼと神 終

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