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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十五章 旅路の果てに
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163話 弱者と強者3

 その洞窟は雪深い山中のてっぺん近くにあって、そこまでの道のりですら、何度も死の危険を感じるほどだった。――()()()()()()()()だが。


 サロモンを案内する者たちは決死行の覚悟をにじませた顔つきをして、分厚い防寒具と登山用の装備で身を固めていた。


 なんとなく聞こえてきた話によれば、その洞窟の中では良質の魔石がいくらか発見されたようなのだ。


 エルフの森は魔石がとぼしい。


 アレクサンダーの文明圏において魔石の利便性を経験してしまった彼らは、そちらの文明に居残ることを選んだ者たちを『街エルフ』と見下しながらも、その利便性を手放しきれないようだった。


 ……たしかにこんなことを説明されては、気勢も削がれよう。


 道中でぺらぺらとしゃべりかけてくる若いエルフたちにじゃっかんうんざりしながらも、サロモンはなんとなく洞窟の重要性を認識し、そして、その重要性をやはりどうでもいい、自分には関係がなく、心も沸き立たないものだと判断した。


 サロモンは軽装だったけれど、他の者と違い、魔法により防寒ができた。


 アレクサンダーは魔法をずいぶん広めたけれど、魔法は広めるにあたり――『誰でも使えるようにする』にあたり、いくらかの細やかさを失っていった。


 アレクサンダーの広めた魔法は呪文を唱えることで現象を起こすものだが、本来、魔法には呪文など必要ない。

 明確なイメージと、イメージを実現する魔力さえあればいいのだ。


 だが、通常の者は、見たことのない現象の明確なイメージを抱くのが難しい。

 そこでアレクサンダーは『こう入力すればこう出力される』という定型を作り上げ、それを学問化し、広めたのだ。


 その弊害というのか、アレクサンダーの主な文明圏において使用頻度の少ない、まだ呪文化・定型化のすんでいない魔法は、使い手がほぼいない。


 魔法の一般化において広まった『呪文が必要だ』という思い込みのせいだとサロモンは見ている。


「サロモン様は、あのアレクサンダーとともに旅をなさったのですよね。我々若年のエルフ一同、その冒険譚を親や師からよく聞きますが、やはり、生き証人であるサロモン様からも、お話をちょうだいしたく」


 目的地までの旅程は、多くの休憩を挟むことになった。


 平たい場所や物陰を見つけてはすぐに休憩し、火をおこし、食事をとる。


 そうしないと案内人の体力がもたないのだ。


 そして、休憩のたびに、こうやって話を要求された。


 サロモンはさっさと寝たふりをしてしまってやり過ごすのだけれど、相手はあきらめず、しつこく食い下がってくる。


 こうなるともう語ってしまったほうが面倒ではないような気もしてくるが……


 サロモンは、語るべき言葉をもたなかった。


 ジルベールなどと違い、自分の経験を他者に聞かせるべき言葉に直せない。直す必要も感じない。

 あれは自分たちの記憶で、経験だ。それを言葉にして人に伝えれば、どうしたって変質してしまう。……その変質を、サロモンはことのほか嫌っている自分に気づいた。


 だから、しつこい相手に、これだけ述べた。


「アレクサンダーは、我の機嫌を損ねてまで話しかけようとはしなかったな」


 そうすると相手が黙った。


 静かにする方法を見つけたサロモンは、好きなだけ目を閉じ、無言のまま、たきぎの爆ぜる音だけが聞こえる環境を手に入れた。


 そして、思い出した。


 あの冒険を。

 けっきょく殺せなかった、あの男のことを。

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