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アレクサンダー建国記  作者: 稲荷竜
十五章 旅路の果てに
163/171

161話 弱者と強者1

スピンオフ4

弱者と強者

 人生を蝕むもっともひどい病は、退屈だ。


 ところが多くの者は望んでこの『退屈』に身を置こうとする。

 まったく理解ができない。いや、理解は適わなくもないが、共感は不可能だ。


 足を止める弱者ども――


 いや。


 それは、弱者だの、強者だのといった、一元的な区別ができるものではないのかもしれない。


 サロモンは自分を強者だと思っていた。


 これは本当にゆるぎない評価だった。なにせ、誰と戦おうが勝つ自信があり、その自信は過剰ではないと旅路の中で証明し続けたからだ。


 たいていの者には勝てる。たいていの者は、気分一つで殺してしまうことができる。

 これを強者と言わずなんと言おう?


 強者は自由でいられるはずだった。

 気分一つでなんでもできるはずだった。


 ……けれど、くだらないことで足を止めて、わざわざその強い力を気ままにふるうことをやめて、そうして弱者に押し潰されていく物好きもいた。


 理解も共感もできない。


 けれど――その『物好き』が、サロモンにとって『絶対に勝てる相手』ではないという無視できない事実があった。


 だから、サロモンは旅をすることにした。


 アレクサンダーが足を止めてしまってから、次の旅路だ。


 かつて大陸を東から西へと渡ったのとは逆のルートで、移動する。

 ……かつての、この自分が一目おく実力者ばかりのパーティではなく、大量の弱者を抱え、それを守りながら、新天地を目指す旅路だ。


「お前がまさか、私についてきてくれるとはな。なににせよ、助かるよサロモン」


 ……ジルベールはそう言うが、力をふるう機会はなかなかなかった。

 この旅路は途中まで本当に退屈だったのだ。


 あちこちにある宿場は『旅』の労力をかなり減らしたし、『アレクサンダー大王』に公式に認められて東方開拓に向かうのだという証書を出せば、宿場や、その他の街でさえも、このエルフの大集団を歓待した。

 また、百名を超える規模の集団だというのに、食料や宿泊場所なども、まったく問題がなかった――事前に通達され、準備をされていたのだ。


 これはおおよそ、サロモンにとって『旅』と呼べるものではなかった。


 だが、アレクサンダーの故郷だという集落を越えてからは、違った。


 人の拓いた場所がだんだんと減ってきて、モンスターの脅威がそこらじゅうにはびこっていた。

 宿泊施設はなく、食料も貯蓄してはあったが、それを節約する目的で、自分たちで用意せねばならないことが増えた。


 ()()()()()()()()()()()()()と、いくらかのエルフたちが、この集団を抜け始めた。


 アレクサンダー大王の勢力圏での『人間以外』の扱いは微妙な居心地の悪さもあったが、そんなものなどささいに思えるぐらいに、魅力的な『文明』にあふれていたのだ。


 新天地を見つける旅の途中、冷たい土の上で眠り、食料がとぼしくなる不安を抱くたび、一人、また一人とエルフたちが抜けていった。


 集団はいつしか旅を開始したころの半数となる。


 ジルベールのもとに残って新天地を目指すエルフたちは、文明のともしびを思いかえし、それが恋しくなるたびに、途中で抜けていったエルフたちをあざけるように『街エルフども』と呼び始めた。


 新天地に向かう気概をもった自分たちと違い、文明に毒され、アレクサンダーに恭順し、社会に隷属する道を選んだ、意志の弱い者たち――

『街エルフ』という呼び名には、そういった響きが込められていた。


 弱者は、いつだって、自分より弱い者を探している。


 弱者はいつだって、好きなだけ攻撃してもいい相手を探している。


 弱者はいつでも、堂々と、自分たちが正義であるかのような怒りを燃やしていい、責められるべき悪を探している。


 この集団において、街エルフがその『悪』の役割を担った。


「くだらん」


 新天地を目指すのは、なにも、尊い決断というわけではない。

 居心地の悪い場所を出て、居心地のいい場所を探す。それだけのことだ。

 なんにも気高くはない。けれど、それを気高いと思わなければやっていられないほどに、多くのエルフにとって、旅は過酷だったようだ。


 サロモンはこの旅の中で、多くのモンスターを倒した。


 すると、エルフたちが自分を慕う。


 心底気色悪いと思った。


「ジルベール、こんなものが、貴様が率いようとしているものか。こんなもののはびこる新天地が、貴様の作りたがった新しい場所なのか。あんな弱者どもを、わざわざ背負うのか」


 倒したモンスターの前で、独り言のようにつぶやいたことがある。


 するとジルベールは困ったように笑って、述べるのだ。


「お前は変わらないな、サロモン」


「変化など、弱者に必要なものだ。ただ、単体で存在できる強者ならば、環境だの周囲だのに合わせて自分を変える必要がない」


「……ああ、いや、少し、変わったか。お前は、よくしゃべるようになった」


「……」


「にらむな、にらむな。私にとっては、嬉しい変化だ。なにせ、私たちは、たった二人きりの兄弟なのだから」


「ふん。心底、くだらん」


 ……それでも、サロモンはジルベールの旅路についていくのをやめなかった。


 自分にとって、とるに足りない木端。路傍の石。――弱者ども。


 これをわざわざ背負いたがる者の気持ちが、サロモンにはわからない。


 だから、そこが、自分とアレクサンダーを分かつものなのかもしれないと――

 そこを理解できたなら、あの不死の男を殺せるのではないかと、サロモンは、考えた。


 ()()()()()()()()()()()、殺せるのではないかと――


 だから、旅をする。


 そして――


 ようやく、新天地にたどり着いた。

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