161話 弱者と強者1
スピンオフ4
弱者と強者
人生を蝕むもっともひどい病は、退屈だ。
ところが多くの者は望んでこの『退屈』に身を置こうとする。
まったく理解ができない。いや、理解は適わなくもないが、共感は不可能だ。
足を止める弱者ども――
いや。
それは、弱者だの、強者だのといった、一元的な区別ができるものではないのかもしれない。
サロモンは自分を強者だと思っていた。
これは本当にゆるぎない評価だった。なにせ、誰と戦おうが勝つ自信があり、その自信は過剰ではないと旅路の中で証明し続けたからだ。
たいていの者には勝てる。たいていの者は、気分一つで殺してしまうことができる。
これを強者と言わずなんと言おう?
強者は自由でいられるはずだった。
気分一つでなんでもできるはずだった。
……けれど、くだらないことで足を止めて、わざわざその強い力を気ままにふるうことをやめて、そうして弱者に押し潰されていく物好きもいた。
理解も共感もできない。
けれど――その『物好き』が、サロモンにとって『絶対に勝てる相手』ではないという無視できない事実があった。
だから、サロモンは旅をすることにした。
アレクサンダーが足を止めてしまってから、次の旅路だ。
かつて大陸を東から西へと渡ったのとは逆のルートで、移動する。
……かつての、この自分が一目おく実力者ばかりのパーティではなく、大量の弱者を抱え、それを守りながら、新天地を目指す旅路だ。
「お前がまさか、私についてきてくれるとはな。なににせよ、助かるよサロモン」
……ジルベールはそう言うが、力をふるう機会はなかなかなかった。
この旅路は途中まで本当に退屈だったのだ。
あちこちにある宿場は『旅』の労力をかなり減らしたし、『アレクサンダー大王』に公式に認められて東方開拓に向かうのだという証書を出せば、宿場や、その他の街でさえも、このエルフの大集団を歓待した。
また、百名を超える規模の集団だというのに、食料や宿泊場所なども、まったく問題がなかった――事前に通達され、準備をされていたのだ。
これはおおよそ、サロモンにとって『旅』と呼べるものではなかった。
だが、アレクサンダーの故郷だという集落を越えてからは、違った。
人の拓いた場所がだんだんと減ってきて、モンスターの脅威がそこらじゅうにはびこっていた。
宿泊施設はなく、食料も貯蓄してはあったが、それを節約する目的で、自分たちで用意せねばならないことが増えた。
旅がいよいよ旅になってくると、いくらかのエルフたちが、この集団を抜け始めた。
アレクサンダー大王の勢力圏での『人間以外』の扱いは微妙な居心地の悪さもあったが、そんなものなどささいに思えるぐらいに、魅力的な『文明』にあふれていたのだ。
新天地を見つける旅の途中、冷たい土の上で眠り、食料がとぼしくなる不安を抱くたび、一人、また一人とエルフたちが抜けていった。
集団はいつしか旅を開始したころの半数となる。
ジルベールのもとに残って新天地を目指すエルフたちは、文明のともしびを思いかえし、それが恋しくなるたびに、途中で抜けていったエルフたちをあざけるように『街エルフども』と呼び始めた。
新天地に向かう気概をもった自分たちと違い、文明に毒され、アレクサンダーに恭順し、社会に隷属する道を選んだ、意志の弱い者たち――
『街エルフ』という呼び名には、そういった響きが込められていた。
弱者は、いつだって、自分より弱い者を探している。
弱者はいつだって、好きなだけ攻撃してもいい相手を探している。
弱者はいつでも、堂々と、自分たちが正義であるかのような怒りを燃やしていい、責められるべき悪を探している。
この集団において、街エルフがその『悪』の役割を担った。
「くだらん」
新天地を目指すのは、なにも、尊い決断というわけではない。
居心地の悪い場所を出て、居心地のいい場所を探す。それだけのことだ。
なんにも気高くはない。けれど、それを気高いと思わなければやっていられないほどに、多くのエルフにとって、旅は過酷だったようだ。
サロモンはこの旅の中で、多くのモンスターを倒した。
すると、エルフたちが自分を慕う。
心底気色悪いと思った。
「ジルベール、こんなものが、貴様が率いようとしているものか。こんなもののはびこる新天地が、貴様の作りたがった新しい場所なのか。あんな弱者どもを、わざわざ背負うのか」
倒したモンスターの前で、独り言のようにつぶやいたことがある。
するとジルベールは困ったように笑って、述べるのだ。
「お前は変わらないな、サロモン」
「変化など、弱者に必要なものだ。ただ、単体で存在できる強者ならば、環境だの周囲だのに合わせて自分を変える必要がない」
「……ああ、いや、少し、変わったか。お前は、よくしゃべるようになった」
「……」
「にらむな、にらむな。私にとっては、嬉しい変化だ。なにせ、私たちは、たった二人きりの兄弟なのだから」
「ふん。心底、くだらん」
……それでも、サロモンはジルベールの旅路についていくのをやめなかった。
自分にとって、とるに足りない木端。路傍の石。――弱者ども。
これをわざわざ背負いたがる者の気持ちが、サロモンにはわからない。
だから、そこが、自分とアレクサンダーを分かつものなのかもしれないと――
そこを理解できたなら、あの不死の男を殺せるのではないかと、サロモンは、考えた。
殺す価値もないあの男を、殺せるのではないかと――
だから、旅をする。
そして――
ようやく、新天地にたどり着いた。




